第一章 呪われた王女

「アメリア様、アメリア様ー」


 広い中庭を囲む回廊を、女官が駆け抜けていく。

 探しているのは国王の第一王女、アメリア姫。

 

「アメリア様、お妃さまがお呼びですー、どちらにいらっしゃいますかー?」


 女官も冷や汗が止まらない。王妃のマリアンヌは癇性で、少しでも待つことが出来ない性分であることをよく知っていた。

 しかも呼んでいるのは、関係が良いとはとても言えないアメリアだ。

 普段から近くに呼ばないアメリアをあえて呼んで来い、というからには、王妃には何か理由があるのだろう。

 そしてアメリアも、母に呼ばれれば何をされるか、折檻か、叱責か、仕置きか、とにかく自分にとって楽しいことではないことは十分に予想できるため、あっという間に姿を消したのだろう。


 まだ五歳にもならない幼い王女が姿を隠せる場所は、広い城の中にはいくらでもある。それをたった一人で探し出さなければならない。しかも王妃の機嫌を損ねる前に。


(絶対無理……。きっと姫様の代わりに私が怒られる……)


 もはや女官は半泣きだった。


◇◆◇


「しーっ……、静かにね、マルセル」


 その時、アメリアは厩舎の隅で小さく蹲っていた。

 父王・サイモス一世の愛馬マルセルは、いつものことだと言わんばかりにアメリアの闖入を許している。


 馬の匂いと牧草の乾いた香りに包まれて、アメリアは小さな膝を抱えていた。


(お母さまは……怖い)


 確かに自分を産んでくれた母なのに、ただの一度も愛された記憶がない。

 

 理由は、分かっていた。

 それはアメリア自身にある。

 アメリアの、銀の髪、青い瞳。

 それが、どうしても母は受け入れられないのだ。


 千年続くメラルド王家の血を引く者は、すべからく金の髪と緑の目をしている。

 事実、父と、二歳下の弟はその通りの容貌だった。

 母は王家の出ではないが、王家に近い血筋のためか、金の髪は同じだった。

 そして歴代国王、女王の肖像画も皆、金の髪と緑の瞳だった。


 しかしアメリアは、髪も目も、どちらの色も異なっていた。


 生まれたばかりのアメリアの髪の色を見た母は、驚きで卒倒したという。

 以来、アメリアの世話は下女や乳母たちに任せ、ただの一度も抱いたことはない。

 そればかりか、アメリアを視界に入れるのも不快とばかりに、近寄ろうとすらしなかった。


 それでもごく稀に、今日のように呼びつけることがある。

 それは決まって、機嫌が悪い時だった。


 気に入りの首飾りが見つからない。

 お茶が冷めていた。

 鳥の声が煩くて午睡が出来ない。


 そんな理由で、不機嫌を紛らわせるために、アメリアを呼びつけて折檻するのだった。

 

 その都度、父王は妃を𠮟りつけ、アメリアを守ってくれる。

 それだけがアメリアの救いだった。


 母は怖い。

 母は好きではない。


 けれど、アメリアは、自分が嫌われること自体は否定しなかった。


(だって、私は……)


 自分の膝を抱く力を、ぎゅっと込める。


(私は、呪われた王女だから……)


 王家に生まれる、銀の髪の子ども。

 それは不吉の予兆だ、という言い伝えがあったからだった。


◇◆◇


 アメリアの名を呼びながらかけ去って行く女官を見送ると、長身の騎士が音もなく厩舎へ入ってきた。


 気配を察したマルセルが、ヒン、と甘えた声で鳴いた。

 その背後を見遣ると、マルセルに庇われるようにして、アメリアが丸まっていた。


 騎士―国王サイモス一世は、苦笑混じりに近寄って、その小さな体をそっと抱き上げた。


 日差しを跳ね返して輝く銀の髪をかき上げれば、柔らかい頬に涙の跡が幾筋も残っていた。

 そこへ優しく口づけを落とすと、一転、顔を厳しく引き締め、厩舎を後にしたのだった。

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