白銀の双剣の誓いのもとに

兎舞

~プロローグ~

 大聖堂の大扉が、ゆっくりと開かれる。

 ギギギ……、という重苦しい音は、古い時代と今日の区切りをつけるため、楔を断ち切るように響く。


 パアッ、と、外の光が一斉に差し込み、中央に立つその人の全身を包む。

 堂外の歓声が反響して耳が痛いほどだ。

 その中で長い裳裾を引きながら、静かに、優しく、温かく手を振る。


 光しかないその光景が、眩しすぎて目を開けていられなかった。


 今、この時から新しい時代が始まるのだ、と。


◇◆◇


「きゃああ! 兄さま、何やってるの! それ触っちゃだめ!」

「え? だって今日使うんだろ?」

「だからよ! もう何そのきったない手、洗ってきて! そして出てって! これからアメリア様がお召し変えなさるんだから!」


 ぎゃんぎゃん喚く妹のソフィに半ば追い出されるようにして支度部屋を出たカルロスは、目の前でバン、と扉を閉められてため息を吐く。


 そこへ友人のアルヴァが通りかかった。


「何やってんだ、お前」

「アルヴァか。いや、俺、やることなくて暇だからさ、ソフィ達の手伝いしようかと思ったら秒で追い出された」


 情けなさそうに眉を下げながら頭をかくカルロスに、アルヴァは吹き出す。


「そりゃそうだろ。女の着替えの手伝いしようなんて、何考えてるんだ。一歩間違えたらステラに切り捨てられるぞ」

「それは……笑えない冗談だな」


 ついその状況を思い描き、リアルに冷や汗が流れそうになる。

 女ながら国随一の剣士でもあるステラ・ド・ブーランジェならやりかねない。


「今は俺たち男に出番はないさ。ほら、お前も一緒に来いよ……、力仕事なら追い出されることはないだろう?」


 そして苦笑するカルロスとアルヴァは、肩を組んで城の外へ出ていった。


◇◆◇


 コン、コン。

 カルロスが追い出された部屋の扉を、今度は別の人物がノックした。


「どうぞ」


 内側からソフィが答える。開いた扉から、ライラが顔を出した。

 普段は適当に括っているだけの長い黒髪も、今日は丁寧に結い上げられ、品の良いドレスに身を包んでいる姿はまるで別人のようで、ソフィ達は目を丸くする。


「な、なんだよ……、あたいに出来る手伝いがあれば、って、思って来ただけなんだけど……」

「すっごい綺麗! ね、アメリア様」


 同意を求められた、部屋の主でもあるアメリアは優雅に微笑む。


「本当に。いつもそうしていればいいのに、って思うくらいよ」

「い、いや、普段はちょっと……。今日だけ我慢するよ」


 恥ずかしそうに、ちょっとだけ居心地が悪そうに横を向く顔が愛らしく、あとの二人はもう一度笑い声をあげた。


 そしてアメリアは改まった声でライラに問いかけた。


「そういえば……ステラは、大丈夫?」

「大丈夫だ。心配しなくても……あいつは、強いな」


 心配げに眉を寄せるアメリアに、ライラは明るく頷き返す。

 そして、そうね、と頷いて、アメリアは再び身支度に取り掛かった。


◇◆◇


 まだぎこちない動きを、いくらかでもスムーズにしたくて、ステラは自室で体を動かし続けていた。


 今日、やっと、ステラの夢が叶う。

 夢、と呼んでいいのかも分からないほど、儚く脆い願いだった。

 どんなに自分を励まし続けても、どこかでふっと消えてしまう、小さな蠟燭の灯のような夢。


 変わり果てた己の姿を鏡の中に認めながら、ステラはそっと目を閉じる。


 あの日々から、自分たちはどれほど遠くまで来てしまったのだろう。

 そしてやっと、還りつくことが出来たのだ。


 二人があるべき、この場所へ。

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