殻を破るように

 翌日、私の足は当然のようにあの店へと向かっていた。

 もちろん、彼女に会うためである。


 彼女は私と出会ったときから、まさに今まで私の心の中から消えてはくれなかった。

 一瞬たりとも、寝ても覚めても、夢の中でさえ。


 これは、他人からしてみればおかしなことなのかも知れない。

 なにしろ私自身、たかが人形一体にこれほど魅せられてしまったということが、不思議でたまらないのだから。


 それでも――。


 店の前に昨日と同じ姿をみとめると、私の心は春の空のようにきらきらと晴れ渡った。


 白くつやのある彼女の肌は、彼女に魅せられるのも無理はないのだと執拗に訴えかけ、きらめいてさえ見える彼女の双眸は、彼女のことを「たかが」とは言わせないほどの美しさを誇っているのであった。


 私はあまりの愛おしさに目を細め、ガラス越しに微笑みかけていた。

 彼女に反応はない。

 彼女は人形なのだから。


「今にも、話しだしそうでしょう」


 いつの間にか、隣にいたのは痩せた店主である。


「私が店から出てきても気づきやしない……いや、気にも留めなかった、というところでしょうか」


 店主は短く嗤うと、「たいそうなご執心ぶりだ」と言って再び笑った。


「執心だなんて。そんなことはありませんよ」


 私は早口に言い返し、店主の方へ逸れた視線を彼女の方へ戻そうとした。

 しかし店主は、


「なあに、隠すことはない」


 大声で言って、私の視線を無理やりにたぐり寄せる。


「昨日、この子が手に入らないと分かったというのに、未練がましく今日もやって来た」


 ケタケタという耳障りな笑い声。


「恥ずかしがることはありませんよ。あなたのような人は、珍しくない」


 色白で、見るからに不健康そうなこの店主ときたら、見た目によらずずいぶんとよく喋る。

 一つ一つ言いふくめるような口調の中には、ふてぶてしい自信が満ちているようだ。


「この子の値段を聞きに来た人は、みなさん次の日からは毎日この子に会いに来ます。よっぽど夢中なんでしょう、そういう人どうしがここで鉢合わせても、お互い見向きもしません」


 店主のくぼんだ目が、ゆっくりとウィンドーの方へ向けられる。


「あなたも、よっぽどこの子に微笑んで欲しいようだ。だけどね――」


 ケタケタ。

 私はなんだか気味が悪くなって、急いで視線を彼女へ逃がした。


「だけどね。この子は私にしか、心を開きはしませんよ」


 すると彼女は、ほんのわずかに――


 わらった。


 彼女は店主と目を合わせ、笑ったのだ。


 私にはそう見えた。

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