風に揺れるように

 そんなことのあった次の日からは、店主の言ったとおり、私と彼女との日々がはじまった。


 いや、私の、彼女のための日々と言った方が正しいか。

 なにしろ、私がガラス越しにどんなに微笑みかけても、彼女は瞬きすらしてくれないのだから。


 だけど私は、それでもかまわないと思っていた。

 彼女は目の前にいるだけで私のことを幸せな気分にさせてくれるのだし、なにより私は、彼女の笑顔の虜になってしまっていたのだ。


 私は、彼女が笑うことを知ってしまった。

 だから、いつか彼女が私のために微笑んでくれるときのことを考えると、彼女のために日々を費やさずにはいられなかったのである。


 日が経つにつれ、気づいたことがある。

 彼女と見つめあう私の周りには、見慣れた顔ばかりが集まってくるということだ。


 会社員風の男に、腰の曲がった老婆。

 頭の悪そうな若い女に、よく肥えた汗臭い男。

 いちいち数える気はないけれど、彼女の前に集まる人間はおそらく十人を超え、顔ぶれも老若男女様々である。


 その誰もが、一様に彼女のことを見ている。

 それも、ただ見ているだけではない。

 彼らは皆、酔ったような顔つきで、熱のこもった視線を彼女のほうへ投げかけているのだ。


 花の美しさを持っている上に綿毛のように気ままな彼女は、私以外にもこんなに大勢の人間を虜にしていたのである。


 競争相手がいるという事実は、私の焦燥感を掻きたてるには充分すぎた。


 これを機に、私は彼女と過ごす時間を従来の何倍にも増やした。

 他の者に彼女の笑顔を、心を先取りされてはたまらない。

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