記憶は廃都に眠る

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「ああ、やっぱり本物はすごいね」興奮した私の声が自然にワントーン上がる。「ほら、あそこなんて崩れそうになってる!」


 車道の真ん中で立ち止まり、曇天をバックにそびえ立つ薄汚れた3階建てのビルの壁に開いた穴を指さして、モバイルのカメラを向ける。ピンチアウトしてビルの穴を拡大表示する。穴の周囲の白い塗装が剥がれて灰色のコンクリートが見えている。中の様子が見えるかと期待したが、光の入り具合が悪くて何もわからなかった。


 カメラの倍率を戻して再びヒキの画でビルを見る。そのビルに生命の気配はなく、ただのコンクリートの塊と化してから随分長い時が経っているようだった。


 生命の気配がないのは何もこのビルだけではない。この街のどこにも――少なくとも私以外に人間の気配は――ないのだ。


 ここは廃都だ。


 ピコン、と通知音とともにモバイルの液晶にこの配信を見てくれている誰かからのコメントがポップアップする。


『左奥の方に何かありますね』


「ん? あの山?」私は視線とカメラを左手の歩道に振った。「金属スクラップの山かな……確かに気になるね」


 近づいていくと、使われなくなったスタンガンや見たこともない機械のパーツが無造作に積み上がり砂埃を被っている。


「おお、見事にガラクタばっかりだ」


 少しくらい汚れたって構わない。手で山を少しずつ崩していく。


 すると、


「あっ」


 ガラクタの中心にはロボットが眠っていた。


 モバイルをジャケットの胸ポケットにしまい、手を伸ばしてそのロボットを持ち上げる。


 約20センチ四方の原始的なテレビのような本体の両脇に、三角クローラが取り付けられている。正面の液晶にはひびが入っており、このままではたとえ電源がついたとしても何も映らないだろう。


 地面に降ろし、モバイルでこのロボットの全容を映す。


「みんな、どう思う?」私は液晶の向こうにいる人々に質問した。「見たところ損傷は少なそうだし修理できないレベルじゃないと思うんだけど、そうする価値があると思う?」


 問いかけにさまざまなコメントが投稿される。その中のひとつに目が止まる。


『かなり古いロボットだね。スクラップかアンティークかは意見が分かれるところだけど、私は直すだけの価値があると思うよ』


 ユーザーネーム『カンタベリー』のコメントだった。彼――もしくは彼女かもしれない――は私の配信の常連だ。ロボットの構造や歴史について詳しいようで、今回のように廃都でロボットを見つけたときは、私やリスナーの知識を的確に保管するコメントを投稿し、私たちを助けてくれた。

 

「なるほどね」私は無意識のうちに呟いていた。


 流れるコメントも、カンタベリーに賛同するものが増えていく。


 結論は出た。私の配信は民主主義を採用しているのだ。


「よし、じゃあこの子を持って帰って直すことにするよ」液晶をピンチアウトしてロボットの正面をアップで映す。「次回はこの子についての雑談になるかな。これにて今回の配信は終わり! SNSで告知するから次回もよろしくねえ」


 終わりの挨拶もそこそこに配信を切る。配信終了の画面に切り替わり、ふう、とため息が漏れる。自発的に楽しんでいる趣味だとはいえ、やはり人前には少なからず緊張する。しかし、私はこのちょっとした緊張感が結構好きだ。


 さて。


 モバイルをジャケットにしまい、そのロボットを持つ。少し移動させる程度なら耐えられるが、研究室まで無事に運べるだろうか。


 小さな心配事とロボットを抱えながら、駅に向かった。


 道中、現在はこのロボットの所有権を主張する人がいないとはいえ、勝手に持ち帰っては何かしらの罪に問われるのではないか、とよぎったが、無視してしまうことにした。


 * * *


 私の所属している考古学部は、アカデミー内でも比較的多くの部屋数が割り当てられている。そのほとんどは資料保管のためであり、教授の数よりも多いせいで見張る者のいない3つの部屋はパスコードさえわかればだれでも勝手に出入りすることができた。


 私が入りびたっている資料保管室はキャンバスの東棟から最も離れたところにある。最も学生の出入りが少なく、私は私物をかなり持ち込んで自室のようにカスタムし、『研究室』と呼んでいた。


 少し傾いた陽光が窓から入り込んで、歴史的価値のあるガラクタをオレンジに染め上げる午後3時。研究室のデスクの上に置いた、廃都から持ち帰ったロボットが違和感を放っていた。


「それで、私はどうすればいいのかな……?」少女は丸い銀縁の眼鏡越しにヘーゼルグリーンの目にロボットをとらえ、困惑に揺らしながら不安げに言った。


「できる限りの修理を」私は言った。「難しければせめてデータだけでも取り出してもらいたい。できそう?」



「どうかな……かなり古そうだし」少女、須崎ユキコは言った。「とりあえず、できるだけのことはやってみるね」


 ユキコはロボットの前に座り、優しく触れた。どの作業が何を意味するのか全くわからない私は、作業台から離れて保管されている古い星図でも眺めて時間を潰すことにした。


 ユキコは機械に非常に明るかった。最新のものも古いものも、ある程度のものは修理できた。噂によれば、彼女は機械の声が聞こえるのだそう。私にも声が聞こえれば直すことも良くすることもできるのだろうけど。


 日の傾きからして1時間半は経っただろうか。人の気配を感じて振り返ると、おずおずと近づいてきていたユキコと目があった。


「あの、えっと……お、終わったよ」ユキコは言った。「ごめんね、結局あの子は直せなかったよ」


「そっか。うん、まあ、だいぶ古そうだったし――」


「あ! でも、ちょっとおもしろいデータが取れたの。ちょっと見て」


 興奮気味のユキコに袖を引っ張られ、私はラップトップの前へと誘導された。

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