レイニー・デイ
ズキズキと頭の奥まで痛みが響く。
窓の向こうは大雨。ざあざあと騒がしくて、小説のページをめくる音は上書きされて聞こえない。
低気圧に頭を締め付けられているせいで、目が文字の上で滑ってストーリーが入ってこない。ヘッドボードに立てかけた枕に背中を沈め、立てていた膝をベッドに伸ばして天井を見上げた。
何をしようにもできなくて、もうこのまま寝てしまおうかと目を閉じたと同時、自室のドアがノックされた。
手の中で開きっぱなしにしていたハードカバーに栞を挟み、ベッドから降りて小走りで玄関に向かい、ドアを開けた。
温い多湿な空気を自室に流し込んでくる廊下に、ポテトチップスの大袋とまだ少し湯気の立つマグカップで両手を塞いだ百地シュンが待っていた。オーバーサイズの黒いパーカーに、裾に隠れてしまうほど短いショートパンツ、生来の癖毛と寝癖の混じった肩甲骨あたりまで伸ばしたダークブラウンの髪。どうやら目一杯に週末を満喫しているらしい。
シュンは灰色の目を瞬きさせ、「寝起きか?」
「んー……まあ、そんなところ」
ふうん、と興味なさげに言うとシュンは部屋の中に入っていった。
急に動いたせいで頭痛が倍加した気がする。頭を押さえながら、ホストより先に奥に進む背中を仕方なく追いかけた。すると突然、部屋の中が薄暗くなった。先にメインルームにいたシュンは部屋の電気を消したのだ。
「わ、どうして消したの?」
シュンは振り返ったが、窓の向こうから重たい雨雲の隙間を抜けて届く微かな逆光の中でニヤリと笑うだけで、何も言わなかった。
説明を省いて行動するのはシュンの癖だった。
理由に見当が付かずもやもやした煙のような疑問を頭に残しつつ、さらに奥へ進んでいくシュンが次は何をしようとしているのか見守った。
シュンは窓辺の床にポテトチップスとマグを置き、窓を全開にした。
今日は雨も強いが、負けないくらいに風も強い。遮るものがなくなり、部屋の中に風を媒介にして雨が吹き込んできた。
「え、わ、何してるの?」
実害が出てきてさすがに慌てて窓を閉めようと急いだ私の腕を、シュンは掴んで制止させた。
「開けたままで」シュンは手を放し、その場に膝を立てて座った。「君も座れよ、コハル」
のん気に言うシュンに私はため息をついた。「気が済んだら掃除してくれる?」
「君が手伝ってくれるなら」
私はもう一度、さらに深いため息をついてシュンの隣にあぐらをかいた。ぼんやりとガラス越しではない空を見上げた。
顔や首に空から斜めに降る冷たい雨粒が当たる。前髪が濡れて額に張り付く。見上げた空はまだらなグレーで、強い風が雲をかき回していた。吸い込まれそうだ。
「食べる?」シュンはポテトチップスの袋を開けて私との間に置いた。
「うん、もらうよ」袋から1枚取ってつまんだ。オニオンサワークリームだ。はじめて食べたがかなり好み。「ねえ、取りにくいから袋広げていい?」
「構わないが、食べ切れるか?」
「2人で食べるんだから大丈夫でしょ」
「それもそうか」
同意が得られたので、袋の中心に沿っている閉じられている合わせを開いていく。袋だったものは即席の皿になった。
もう1枚、と手を伸ばすと手の甲に雨が当たった。
「しまった、雨に濡れてきちゃってる」
「当然だな」
「気づいてたのなら言ってよ」
「2人もいるんだ、だめになる前に食べ切れる」
シュンは少し大きめの1枚を口に入れた。それから、空を見上げて目を細めた。
私は小さめのを2枚重ねて一気に食べた。
気づけば、頭痛は気にならなくなっていた。
消えたわけではないけれど。
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