honey habits

「あっ」


 ノドカの部屋にて、キッチンでコーヒーを淹れていたはずのノドカが小さく驚いたような声を上げた。


「どうかした? 大丈夫?」


 何事かと気になって読んでいた文庫本に栞を挟みソファから立ち上がってキッチンに向かうと、ノドカが正面から食らった蒸気にメガネを曇らせながら蜂蜜の瓶と蜂蜜をのせたスプーンを手にコーヒーを見つめていた。


「ええ、大丈夫です」


 来たついでに自分の分くらい自分で運ぼうと隣に並んでモスグリーンのマグカップを手に取った。マグカップから立ち上る湯気には苦くて落ち着くような香りが混じっている。


「へえ、コーヒーに蜂蜜。めずらしいね」


「本当は入れるつもりでは無かったんですけどね」


「ん?」


「アズサさんのコーヒー淹れるときに毎回蜂蜜入れるから癖になってしまって……」


 眉を八の字にして弱々しく弁解するように笑いながら、ノドカは蜂蜜を掬ったスプーンを自分のマグカップに入れた。


「意外だね、アズサって甘党だった?」


「ええ、かなりの甘党です。コーヒーにはティースプーン一杯分の蜂蜜が必要ですし、トーストにはいつもマシュマロを六つのせるんですよ。おかげで戸棚が甘いものでいっぱいで……」


 困った人ですよ、と言いながらも優しくコーヒーをかき混ぜるノドカが微笑ましかった。


 同級生で彼女よりも一緒にいる期間が長いはずの私でも知らなかった。というかアズサは自分に何の制約を課しているのか、あるいは彼女らしい純粋な警戒心からか、人前で固形物を摂取すること自体があまり無いため好みの推測などしようがなかった。


「アズサはよっぽど君を信頼してるんだね」


「本当にそう思います? そうであれば嬉しいですけど」


「警戒心の強いアズサが口に入れるものの一部を君に任せてるんだよ、その事実だけでも信頼してるって考えてもいい理由になるでしょ」


「そう……ですかね……」


 呟いたノドカの頬がじわじわと赤く染まって、緩むのを抑えるように口がきゅっと引き締められた。制御が必要なほど激しい感情とは無縁そうなイメージが崩された瞬間に、なぜか胸の奥がじわりと温かくなった。


 蜂蜜が溶け切って、この場にいない彼女のために淹れられたコーヒーにノドカは口をつけた。


「……甘い」

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