第62話

「うわっ」


驚きの声を出さずにはいられなかった。

僕の魔力がグイっと伸びて、とうとう大台である10万に達した。

動画の登録者もSNSのフォロワーも中途半端な数値なので、誰に祝って貰える訳でもない。


しかし、毎日コツコツと動画を投稿してきた僕にだけわかる大きな喜びだ。

気づけば、動画は100本も投稿していた。

長いものから短いものまで多種多様な動画たち。


初めて動画投稿した日を思い返すと、涙が出そうだ。


「よかったー」

行動してみてよかった。僕は以前の自分に盛大にお礼を言いたい気持ちでいた。

どうしよう、気持ちが抑えきれない。


「お母さん、いつもありがとおおお!!」

下の階に届くように、この高まる気持ちをお母さんにぶつけておいた。


「うるさい!ドラマのセリフを聞きのがしたでしょうが!」

現在、世界的なヒットをしている韓国デスゲームドラマを見ているお母さんに怒られてしまった。

他人に感謝して怒られたのは、人生で初めてだ。


どんな素敵な言葉も、態度も、TPOを選ばなければ雑音になるといういい教訓だった。

ありがとう、お母さん。僕は大事なことを教わりました。


最近投稿している動画は青い鱗のサラマンダー戦を除いて、変わり映えしないものばかりだったけど、やはり毎日継続して投稿したのがよかったのだろう。


不思議と登録者ってあるときグイっといきなり伸びたりするんだよね。今回のがまさにそれだ。

特別大きなことはしていないというのに、登録者が増えた。

なんともありがたいこの現象を、僕は天子様のお小遣いと名付けることにした。


天子様のキューティなおしりからプリっと生み出されるご褒美。


「ありがたやー。今後もおしりからご褒美をお恵み下さい」

その為にも今後も精進していこうと思う。


そうだ、せっかく切りのいい魔力量10万まで来たことだし、今日は久々に原点に戻るとしよう。


カメラを設置して、動画撮影に入る。


「今日は、久々にパートナーを増やしたいと思います」

動画の趣旨を伝えた。

キャロから始まり、ヴァネ、サボと僕のパートナーは増え続けている。


ダンジョンでの戦闘に、動画撮影と日々働いて貰っている彼らには、視聴者さんから送られてくるお菓子で労っている。


みんなチョコが好き。これ本当に。

香りとかじゃないらしい。

あのハイカロリーなのがいいらしい。甘いのはたいてい好物なんだとか。


人間と結構一緒である。

消化が楽でハイカロリーなものはおいしいんだ。これが。


かわいくて頼もしい仲間を、もう一体増やして起きたい。

願わくば、素直でいい子で頼む。


「召喚――」

僕の魔力をすべて込めて、今契約可能な魔物を呼び出す!


まばゆい光が部屋の中にあふれる。

かつてない強い力を感じる。


召喚のゲートからなかなか出てこようとしないが、強く引っ張ってこっちの世界に召喚した。

「ぷはっ!」

魚釣りで大物と戦ったあとのような疲労が体を覆う。

召喚ゲートから現れたのは、槌を持ったマシュマロのような生物だった。


……かっ、かわええ。


槌を持っているとはいえ、サイズが小さいので何ともかわいらしい。

これはまた動画の素材になること間違いなし。


『ずいぶんと気安く読んでくれるもんだぜ』

「え?」

槌の魔物から声がした。


けれど、そのかわいらしい見た目とは裏腹に、低くどすのきいた声質だった。

しかもセリフもかわいくない。

癖の強いのが来たああ!!また変なのを引いた。

キャロ依頼、素直な子に当たっていない。


「ご、ごめんね」

『けっ。だが、お前のような強いやつは嫌いじゃない』

一応認めてはくれているらしい。

そりゃ魔力10万だもんね。気づけば僕も大物冒険者面できるくらいにまでなっている。


『力を貸そうか?』

「いいんですか?」

気づけば僕は正座をして、このマシュマロの魔物に向き合っていた。

上下関係は決せられた!


『ああ、けれど、貢物に酒が必要だ』

「父の飲んでいる安い発泡酒でいいですか?」

『構わない。それと』

「それと?」

『チョコレートを求む』

……かわいい!


結局チョコレートなんだね。

大量にストックがあるのでクロゼットないにある段ボールから取ってきておいた。

発泡酒は冷蔵庫から取っておく。後でお小遣いでビールを補充しておくので、父よ。この一本は僕にください。


部屋に戻ると、キャロとヴァネ、サボもいた。

すでに4体の口にはチョコレートが入っている。モグモグと食べる様子はカメラに収まっているので、かわいい映像をお届けできそうだ。


「全く、こんな時ばかり呼ばなくても出てくるんだから」

キャロは僕の魔力が増えるに従ってサイズが大きくなり、毛並みもよくなっていた。

額の宝石が、今や1カラットはありそうだ。


僕に甘えてくるのはキャロくらい。

かわいらしい仕草とふわふわの毛並みが最高だ。

思わずぎゅーと抱きしめておいた。


僕の魔力が低くて、キャロが小さかったころにはできなかった強めのハグができてしまう。

『シロウ、苦しい……』

「おっとと」

そうだ。

僕の力は魔力に比例して上がっている。

あんまり強く抱きしめたから、キャロの顔色が悪くなってしまった。


『ヴィ』

キャロを解放してやると、サボのやつが両手を広げて、うつろな目でこちらを見ていた。

え、なに?

なに、そのポーズ。


もしかして君もハグを求めているの?

なんでもっともハグに向いていない君が、毎回それを所望するんだい。


『シャツを脱いでお願いします、だって』

なぜなんだい?


「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

僕の部屋に悲鳴が鳴り響いた。

ちなみに、母にまた怒られました。


『ヴィ』

『愛を確かめられたから、良し。だってさ』

僕のビッグな愛を感じとって貰えて嬉しいよ。

猫背のゴブリン戦では、貫かれた手の傷を治して貰ったからね。

キャロの話だとサボは相当強いらしいけど、回復魔法を使うような器用さもある。

回復魔法じゃなくて秘伝の技な、と本人は言っていたけど、治るならどちらでも良し!


シャツを着て、自分の体を労わっていると、マシュマロの魔物が槌を床に置いて両手を広げてこちらを見ていた。

「……え?」

『ハグを求めているらしいよ』

何?魔物との親交って基本ハグなの?なんでこんなにもハグを求められているの?


僕人生でこれだけハグを求められたことがないよ。

ここは米と書いてアメリカと読むお国ですか?


子犬サイズのマシュマロの魔物は、ぬいぐるみを抱くようにハグできた。

普通に柔らかくて、清潔だし、甘い匂いがする。

よし、この子の名前はマロに決定。


『お前を認める。愛を感じたぜ』

「はい……」

適当にハグしたら、なんか信頼を勝ち取れました。

魔物との親交にハグは欠かせないのかもしれない。


パタパタと逃げ回るヴァネも捕まえてハグしてやろうとしたが、噛みつかれそうになった。

……うーん、個体差かも。


マロは結局発泡酒を飲んで、チョコレートを食べたら顔を真っ赤にして寝てしまった。

なんの魔法を使うんだろうと気になったが、寝かせておいたあげよう。

自動的に向こうの世界に戻るまで、僕のクッションがわりにして、動画の編集を行った。


久々のかわいい満載の動画は、僕の編集技術も高まったことでより素晴らしい動画へと昇華されていく。

マロも加わったライアップにスキはなし!


投稿した動画は、やはり読み通り素晴らしいスタートをきった。

一分ごとに数値が跳ねるように上がっていく。


ふふっ、僕はもはや動画投稿中級者を名乗っていいだろう。

自分の狙い通りに数値を出せるとは、恐ろしい才能……。


ありがたいことにコメントも沢山いただいている。

マロ関連のコメントがやはり多くて、新しい仲間を迎え入れたことを祝ってくれる内容ばかりだった。


ありがたい、僕はこうやって視聴者さんたちに支えられてきたんだよな。そう実感できる温かいコメントばかりだった。


次いで多いコメントが……『サボとのハグがすごい好きw毎回みたいかもw』。

とてもいいねの多いコメントだった。

サボとのハグを望むコメントが非常に多い。


……見なかったことにして、PCをそっと閉じておいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る