第61話
猫の足音すら聞こえないような静かな夜の路地裏、ライさんの気配が完全に消える。
街灯の照明がちかちかと点滅しており、瞳孔が開いたり閉じたりと、闇夜の戦いに余計な負担をかけてくる。
まったく。天は常にイケメンに味方する。
僕たちが用意したはずのステージで、イケメンのライさんが有利になる条件が出来上がるとは。
「怖いか?」
上から声が聞こえた。
ビルの間に反響した声は、どこから発せられたのかわからない。
「俺はな、弱いやつをいたぶりながら殺すのが大好きなんだ」
「嫌な性格ですね」
陰キャは性格が悪い。イケメンまで性格が悪くなったら、この世界はいよいよ終わりだ。
「俺の攻撃を捉えることはできない――」
「!?」
声がした直後、背中を強く蹴られた。
雷魔法特有の電撃が走り、強い痛みと痺れが襲ってくる。
蹴られる瞬間まで、存在に気づけなかった。
流石はスピードの雷魔法といったところだろうか。
闇夜に紛れるとこれほどまでに厄介なものに進化するとは。
それにライさんの魔力量は70000。僕のほうが高いとはいえ、このまま状況を打破できなければ危ない戦いになりそうだ。
「僕をやれたんじゃないですか?今の一撃で」
雷魔法はスピードだけではない。
一撃の強さも持ち合わせた魔法だ。
完全に背後をとられた先ほどの一撃は、勝負を決めかねないほどのものだった。
それを軽い一撃を入れて、すぐにまた闇へと戻っていった。
「だから、なぶるのが俺の趣味だって言ってんだろ」
声がまた反響した。
挑発してありかを探ったが、そこまであほな人ではないらしい。
雷グループ若頭ライさん、なんか今までの雷グループの人たちとは違ってやりづらい。なんていうか、今までの人たちは……どこか抜けた感じの人ばっかりだったから余裕だった。
こんなにいい感じの戦いになるとは想定していなかった。
ワンパンで終わると高を括っていました!
「ライガー君、ライさんに電話を!」
「なっ!?てめー、姑息な!」
着信音が鳴り響くが、音がビルの上から聞こえる。移動しない。
おそらくスマホを捨てたな。
本体は移動しているとみていい。
「……スマホを取りに戻らない場合、今から破壊しに行きます」
「くれてやる」
大した脅しにはならなかったか。
僕くらいだとスマホがないと生活できなくなるけど、ライさんにとっては買い変えれば済む話か。
せっかく姑息でいいアイデアだと思ったのに、効果なし。
僕も一旦陰キャゲートで姿を隠すか?
そのほうがよさそうだ。
同じ条件に持ち込めば、魔力量の高い僕が有利になる。
けれど、それをやったらライガー君を残してしまうことになる。
すでに場所はばれているし、ライさんの標的がこっちに向きかねない。
囮にしておいて、ライさんがライガー君をたたく瞬間を狙う、なんてこともできる。けれど、ライガー君じゃあライさんの攻撃に耐えられそうにない。
「……足手まといを連れてくるんじゃなかった」
「足手まといって俺のことか!?」
積まれたごみ山の裏からライガー君の声が聞こえてきた。
あなたですけど!
「また!?」
余計なことを口にした瞬間、わき腹に強い蹴りを入れられた。
雷魔法も合わさって、かなりのダメージを受ける。
予期していない箇所への攻撃ってこれほど効くのか。
あたるとわかっていると、体に力を入れて対応できるんだけど、ライさんの攻撃はそれができない。
毎回の攻撃がクリティカルヒットだ。
なぶるのが好きって言ってたけど、本当は違う気がしてきた。
この戦い方こそ最強なんだ。
最小限の魔力で近づいてくるから、まったく気づけない。
雷魔法は光を持つのだが、それも最小限なので光を辿るのは無理だ。
本当になぶり殺しに合いそうなペースだな。
チカチカと光る街灯がまた激しく点滅しだした。いよいよ寿命が近いかもしれない。
戦闘が終わったら役所に知らせておこうかな。
生きて帰れたらだけど!
「っ!?」
今度は脚に強烈な攻撃を貰った。
またも反応できない。
「どうだ?そろそろダメージが蓄積されてきたか?だけど、また夜は始まったばかりだ。楽しんでいけ」
楽しくないので、長いのは勘弁だ。
今脚への攻撃を受けた時、実はそろそろ頭に攻撃してくるんじゃないかと思って、上に視線を向けていた。
その時、少し違和感を覚えた。
上から光が灯ったのだ。
……攻撃が当たる直前に光っているから、ライさんの雷魔法ではない。さすがにそれでは移動が速すぎる。
もう一度、光の正体を確かめる必要がある。
常に体を硬直させて、攻撃を待った。
顔面への大胆な攻撃がもろに入った。
肘での一撃は強烈だった。
「にっ」
けれど、僕は笑った。
ライさんのしっぽを掴んだ。
役所の怠慢な仕事に感謝しないとな。
光の正体は街灯だった。
いくら雷魔法を抑えているとはいえ、電気が漏れ出ているみたいだ。
ライさんが近づく瞬間、点滅している街灯が強く光を放つ。
これでタイミングはわかった。
あとは、どこへ来るか。それさえわかれば、僕の勝ちとなる。
どこに攻撃がくるか、そんなことを考えてもわかるはずもない。
ならば、そこへの攻撃を誘うまで。
「ライさんってあそこ小さそうですねよ」
超古典的な挑発。
正直、これでいけるかは微妙なラインだった。
「てめっ、ぶっ殺す!」
釣れた!
安いエサでマグロを釣り上げたような気分だった。
集中する。
勝負は一瞬だ。
街灯の灯りが強くなる。
僕の視線は自分の股間に向けていた。
きたっ――!!
タイミングと場所が分かった今、ライさんの動きを完全に補足する事ができた。
むしろ、速いとすら思えなかった。
僕の股間めがけて蹴りを入れるライさんの攻撃をかわして、バランスを崩した相手の股間めがけて殴りかかる。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
闇夜に男の断末魔が響いた。
この戦い、僕の勝利だ。
かわいそうだとは思うけど、目には目を歯には歯を。僕の股間を狙った代償は大きい!
「おわっ、お前本当にライさんを倒しちまったのかよ。この人化け物みたいな強さで知られているのに」
「少し苦労したけど、いい戦いでした」
雷グループと争うたびに僕は進化している。
実は一番感謝しないといけない人たちかもしれない。
ライさんが先ほどスマホを捨てた場所へと飛び移る。
ビルの壁を飛んでよじ登る日が来るとは、魔法万々歳である。
スマホをとった僕はビルの屋上から飛び降りた。
着地時に膝で衝撃を吸収して静かに着地した。
「お前、人間やめてね?」
「誉め言葉ととっておきます」
倒れこんだライさんの指を利用して、ロックを解除する。
連絡先一覧を辿り、僕はいよいよこの人に辿りついた。
「雷ライゾウ……」
少し怖いけど、電話を掛けた。
初対面の人とは話せない僕だけど、大丈夫かな?
すべては一万様のためだ、ビビるな!僕!
数回鳴った着信音のあと、低い声の男が応答した。
「ライ、どうした」
「ライではありません。あなたから1万円を取り戻す者です」
「ああ!?ライの野郎、スマホでも落としたか?ガキが、舐めた真似してるとつぶすぞ」
「ライさんは僕の前で伸びています。先ほど倒しましから」
パシャリと写真を撮って、送信してあげた。
これでまじめに話を聞くだろう。
「……何が目的だ?」
「一万円です」
「……一万円ってあの一万円か」
「あの一万円以外ないでしょうが!」
何を言ってるんだ、この人は。まじめな会話をしているんだぞ。
「ライの財布から取るのじゃダメなのか?」
「ダメですね。あなたの財布から取らないと気がすみません」
「……すまない。ちょっと理解が追い付かない」
スマートな雰囲気で会話するライゾウだが、こんな会話も理解できないとは呆れたものだ。
「まあ、なんだ?結局は俺をボコボコにして財布から1万円をとりたいって話だろう?訳がわからんが」
「訳わかんないことないでしょ!一万円ですよ!」
「……それはもういいって。ガキ、良いから、話には乗ってやる。日時を指定しやがれ。てめーの面叩き潰しに行ってやるよ」
話が早くて助かる。
まどろっこしいのは勘弁だったからね。
「明後日18時とかどうです?」
「んあー、ダメだ。アポが入ってる」
「では土曜日の12時」
「土日は無理だな。家族サービスもあるんだ」
「忙しい人ですね」
「ったりめーだ。雷グループのトップで、一家の大黒柱でもあるんだからよ」
僕と雷グループどっちが大事なのよ!
「んー、じゃあ来週の金曜18時は?」
「仕方ねー。そこに入れてやるよ。遅刻すんじゃねーぞ」
「そっちこそ10分前までには到着しておいてください」
「あたりめーだよ。ガキ、てめーは15分前についておけ。それとな――」
はいっ、通話終了。
おじさんのくどい話を聞く気はない。
決戦の日時が決まった。
待ってて、僕の一万円ちゃん。必ず、君を取り戻す!
「帰りますよ、ライガー君」
「おっおう。お前肝座ってんなー、意外と」
「普通に会話してただけですけど!」
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