第60話
千穂理さんは僕のスポンサーになりたいらしい。
僕は今バンガスさんのところと契約を結んでいるし、居場所に満足もしている。
千穂理さんもそれは承知の上での話らしい。
「今でなくてもいいのです。むしろ私も準備が整っていません。すべてはシロウ様ため、世界をとれるチームを作りたいのです」
ご、ごくりだYO!
コーヒーが喉に詰まったのは、人生で初めての経験だった。
人は驚くと、液体でもつっかえるんだね。
世界をとれるチーム?
ドッヂボールチームのことじゃないよね?
もちろんダンジョン冒険者のチームを作ろうって話だ。
そして、そのチームリーダーは僕になりそうだ。
陰キャがリーダー?無理無理。
磁力の関係で陰キャは端に寄っちゃう生物なんです。それがこの世の法則なので仕方ない。
「シロウ様はそれだけの器の持ち主。私たちで世界をとりましょう。ぐふふふ」
この壮大な野望といい、最後の笑い方といい、千穂理さんも陰の者だとうかがい知れる。
やはり隠し切れないものだな。陰のオーラってやつは。
「急な話過ぎて、上手に消化できないよ」
胃もたれしそうな話だ。胃もたれなんて経験したことないけど、たぶん僕の今の状態みたいな感じだろう。
「それでいいのです。私もすぐに叶う夢とは思っておりません。なにより、シロウ様の成長を待たねば……」
成長。
なんで僕が今後も強くなると思っているのだろうか?
僕が強くなる確証があるみたいな言い方だった。
「ちょっと聞いてみたいんですが、世界一のチームを作る目的って何かありますか?」
僕はそんな大それたことを考えてみたこともなかった。
千穂理さんはそれだけの野望をなぜ抱いたのだろう?本当に世界征服とかそんな痛い夢を見ているわけじゃないだろう?
「人はあるべきところに収まるものです。ただそれだけのこと」
なんかかっこいい言い回しだ。
ただそれだけのこと、僕も今後使えるシーンがあれば使いたい。
「それに、兄……。いいえ、余計なことでしたね」
結構気になるけど、しつこく聞くようなことはしない。僕は女性を気遣える紳士な陰キャなので、彼女から話してくれる日を待つだけだ。
「兄ってなんですか?」
だが、聞く!!
「兄のことはお忘れください。いずれまたお話するときがくるでしょう。ジメジメしたところ、について少し話して話して今日は終わりにしましょう。シロウ様成分はもう十分に摂取しましたので」
最後に怖い言葉で締めくくられた。
壮大な話とその美しさに一瞬騙されたが、彼女は根本的にはただのストーカー女だ。それを忘れてしまっていた。
危ない、危ない。
こんな僕にストーカーのファンができたことは光栄だけれど、不気味なことには変わりない。今夜、寝る前に窓の外とかチェックしちゃいそう。
「連絡先を知ってるんだし、今後会いに来るときには先に一言ほしいです。今日みたいな待ち方をされ続けたら、そのうち人間不信になってしまいそうですから」
「私だけを信じたらいいんですよ、シロウ様。他の人間など切り捨ててしまいましょう」
怖い、怖い。
さようならだ。
コーヒーを飲み干して、ごちそうさまを告げた。
「用事があるので、今日はこれで」
「ええ、とても有意義な時間でした」
千穂理さんから逃げるように店を出て行った。
店から走って離れる。
ふぃー、なんとか逃げ切れたようだ。
そのとき、スマホにメールが届いた。
開いてみると、千穂理さんからだった。
『シロウ様は、わたしのものです』
ひっひえー!!
誰にも求められていないかった頃は、それはそれでさみしい生活だったけれど、強烈に求められることがこんなにも怖いことだったなんて。未知の感情だ、これは。
僕に新しい世界を開いてくれたという面では、千穂理さんに感謝をしないとな。
またもスマホに通知が来た。
「ひえっ!」
思わず声が出た。
けれど、千穂理さんからではなく、ライガー君からだった。
来たか!
とうとう、魚が釣れた!
ライガー君が頑張って雷ライゾウへと繋がる道を切り開いてくれていた。
自身の立場も危うい中、それを逆手にとって幹部とのアポをとれたとのことだ。
幹部を倒して、雷ライゾウへの道を切り開く!すべてはあの日失った1万円様のために!
ライガー君の身に危険が及ばないように、今はローストーンの50階、僕に割り当てられた部屋で暮らしてもらっている。
バンガスさんからは許可を貰っており、ビルの清掃のバイトを手伝うことを条件に泊まらせて貰っている。
僕たちはもう引き返せないところまで来ている。
ここで戦いをやめてしまったら、ライガー君が死んでしまう。
ライガー君を見捨てたら僕は助かりそうだけど、それは人としてどうなんだ?
……ライガー君を見捨てたら引き返そうな戦いが、今日から始まる!
夜中。
ライガー君と先に合流して、指定された場所に先回りしておいた。
上納金を滞納しているライガー君は、幹部をよこしたら上納金を収めると豪語して、この場をセッティングしてくれた。
「おい、シロウ。大物がくるけど、本当に大丈夫なのかよ」
「任せてください」
僕も取り返さなきゃならないものがあるんだ。逃げたりしないよ……たぶんね。
指定された路地に隠れて、僕たちは幹部を待った。
時間ぴったり、雷グループの幹部っぽい人が現れる。
「ライガーのやついねーな。遅刻か?舐めたことを……殺すか」
物騒なことを言う男は、長髪のイケメンだった。黒いスーツが闇夜に溶け込む。
髪をすみれ色に染めており、パーマネントをかけておりおしゃれにウェーブがかかっていた。
右目に縦に入った古傷があり、迫力のあるたれ目が月夜の路地裏の空気をより一層どんよりとさせる。
「やっべー。若頭が来やがった……。最悪なのを引いちまった」
ライガー君が小声で僕にそう告げた。
若頭……。
前回戦ったライジン大先輩が副代表で、この人が若頭。仕組みがよくわからないけれど、これはアタリだよ。
「待ってて」
積まれたごみの山から出ていき、若頭の前に立った。
「ん?だれだお前。ガキがくるようなところじゃねーぞ」
「おわっ」
後ろのごみが倒れて、隠れていたライガー君も姿を現した。
慌てて声を出さなければ、ばれなかったと思うけど。
「ライガーてめー。なんで隠れてやがる。……このガキの目。なるほど、俺たちを裏切るつもりか、ライガー」
僕の雰囲気から、若頭はすべてを悟ったようだ。
馬鹿な人じゃなくて助かった。いちいち説明するのは面倒だからね。
「くくっ、おもしれー。ライガー、お前のこと少しは評価するぜ。上納金を納められなくなって、どんな手に出るかと思ってたが、まさか雷グループを裏切るとはな。大それたことをしてくれる」
「裏切りではありません。これは聖戦です」
そう、悪は消え去る。陰キャの手によって。
「なんでお前が戦うのかは知らないが、まあいい。俺はライ。殺す前に、お前の名前も教えといてくれ」
イケメン若頭は、名前も少し恰好よかった。これまでのきらっきらした名前の人たちとは別格のものがある。
「名乗りません。あなた程度には」
僕が名乗るのは、雷ライゾウに辿りついた時だ。
イケメン幹部ごとき、悪いけど名乗れないな。
「おもしれーよ。お前ら。俺はおもしれーやつらが好きだから、派手に殺してやるよ」
ライさんの体から大量に魔力が溢れてくる。
使う魔法は、やはり雷魔法。
統一感のある組織で助かる。
「俺の魔力は70000。悪いが、代表を除くほかとは別格だ」
「副代表よりも多いんですね」
「ん?……お前、以前ライジンのやつをやったって小僧か。なるほど、昨日の敵は今日の友か。ライガーと仲良くなるんじゃなくて、うちに入れば良かったものを。うちは条件かなりいいぞ」
「……本当ですか?」
聞いた僕が馬鹿だった。
一瞬興味を惹かれたのを見て、ライさんが加速して姿を消した。
闇に乗じてやる気らしい。
雷魔法と暗闇の愛称は良さそうだ。
「これは厄介だね」
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