第59話
結局銭ゲバにされるのは勘弁なので、岩崎さんのアドバイス通り豪奢な槍は売らないことにした。
200万円は惜しい。けれど、まだ生きているおじいちゃんが言っていた。年上の言うことはよく聞くようにと。今さらおじいちゃんの言葉を思い出したこと、許して下さい。
お正月はちゃんといい孫を演じますので、これで許して下さい。
岩崎さんの言う通り、この武器は分解して使うことにした。
爆発の設置段階を阻止する、魔力を祓う魔石が付与されている。
この効果取り出せるらしい。
「槍は単体で別口で売れるから、それを作業費用に充てるけどいいか?」
「はい、お願いします。はみ出たぶんは岩崎さんのおごりですね!わかります」
「ちっ。わざわざ言わなくていいんだよ。格好つけさせろ」
え、ということは本当にはみ出ちゃうの?
冗談で言ったのに、本当に作業経費の方が上回っていただなんて。
やだ、僕こんなおっさんにドキッとさせられてる!?
「何に付与しようか?珍しい効果だから、頑丈なものに効果を付与してやる」
「アクセサリーみたいな感じですか?」
「そうだ。何か気に入っているアクセサリーなんかあったら、それに付与してやるよ」
陰キャがアクセサリーをつけているとでも?
この人は何を言っているんだ。
僕のこれまでの人生で、アクセサリーを身に着けるなんて概念すら浮かんでこなかった。
装備品とはいえ、急にそんな陽キャデビューみたいなことをしてもいいものなのか?
そもそも、僕は別に陽キャになんてなりたくない。
多くの陰キャは自分のことを心の奥底でどこか陰キャではないと思っている節がある。しかし、僕は自他ともにい認める陰キャの中の陰キャ。エリート陰キャである。
ここまできたら一種の矜持に似たものが生まれてくる。
「ぐっ」
「何葛藤してんだよ……。何かあるなら口にして言え。相談くらいならただでのるぞ」
おっさんは一旦シャットアウトで。
僕は自分の心の中で葛藤するのが好きであって、表に出せない訳ではない。
こうやって悶えている時間が好きなのだ。
変な性癖ではない、変な性格なだけだ。僕は結構自分の個性に誇りを持っているので、誰に恥じることもなく葛藤し続ける。
アクセサリー。
アクセサリーか。
かっこいいのとか付けたら僕は陰キャから火炙りの刑に処されたりしないか?
デブ眼鏡君あたりの怒りに触れてしまいかねない。
指輪なんてつけた日には、それこそ陰キャグループから追い出されかねない。
……いや、待てよ。
僕が急に指輪なんてつけてみろ。
格好良くなるはずもない。むしろ、普通にダサくて痛いやつだ。
あら?これはいいんじゃないのか?
決定だ。何も失うことなく、むしろ陰キャという個性により磨きをかけたアクセサリー。
「指輪でお願いします!!」
「おわっ。ビックリした。急に結論を出してくるな」
急にではない。
長きに渡る精神世界での葛藤があった。
リアルの1秒は、僕の精神世界の100秒にあたるので、それはそれは長い葛藤だったとそれっぽいことにしておこう。
「おうよ。指を出しな。サイズを測ってやる」
親指が良いらしい。
……親指。
「切り落としたりしませんか?」
「そっちのモンじゃねーよ!ケジメつけることでもやったのか?」
毎日だれかに失礼なことをしている自覚があるので、どこで恨まれているかわからない。そういう目にあったときに、僕はなんで!とは言えない人間なのだ。
「汚れちまった……」
「達観するにゃまだはやいだろ。サイズはオッケーだ。また来週に来な。早く、正確に仕上げるのがうちのモットーだ。楽しみにしてな」
「あいあいさー」
岩崎さん夫婦の腕前は、ダンジョン衣装のジャージですでに確かめ済みだ。
あれはいい。着心地もいいし、動きやすくて頑丈。
なにより魔法の精度があがり、陰キャゲートまで成功させてしまった。
僕の魔法戦闘の幅を一気に広げてくれた至高の装備品だった。
800万円は確かに高かったけれど、ウェズリーさんから800万円巻き上げる予定なので実質ただで手に入れたも同じ。
「また来てあげます。ここは気に入りましたから」
「けっ。好きにしな」
新しいタバコを吹かし始めた岩崎さんの嬉しそうな横顔を最後にちらりと見て、僕は地下から去って行った。
かわいいとこあるじゃん、あのおっさん。
「かわいい」
「うわっ!?」
地上に登るエレベーターから出ると、僕の心を読んだかのような単語を口にする女性がいた。
ロングヘアーの綺麗な髪をしているが、前が身が目にかかっていて視線が見えない。不気味さを醸し出しながら、口元は少し笑っていた。
「だ、だれですか?」
「……天城千穂理(あまぎ ちほり)」
いや、だれ!?
名乗られても余計にわからんけど!!
「シロウ様、かわいい」
怖い、怖い、怖い!!
真っ赤な口紅と、わずかに見える目尻にピンクのアイシャドウ。
僕はこの生物を知っている!
地雷系というやつだ。系が付く単語では、二郎系に次いで有名な単語である。
「千穂理さんと僕は知り合いなのでしょうか?」
「はい、昨日メールでやり取りしました」
誰!?
……ああっ!まさかあの人。
「もしかして『ジメジメしたところ』の管理人さん?」
「はい。そうです。今日あたり、青い鱗のサラマンダーの槍を売ると思っておりました。シロウ様の動画から、岩崎夫婦とのつながりを見抜いていたので、こうして待ち伏せしておりました」
分かったところで全然怖かった!
むしろさきほどの曖昧な怖さより、明確に怖さが増したけど!
頭の良さをなにで発揮してんだ!
このぶんだと、僕の家も余裕で特定されてそうで恐ろしい。
「シロウ様、この後暇なら私と一緒にカフェでも行きませんか?」
「か、カフェに?」
怖いけど、どうしよう。
そのとき、少し強い風が吹いた。
千穂理さんの前髪が横になびいて、その顔があらわになる。
……めちゃくちゃ美人だった。
信じられないような美人で、育ちの良い気品に満ちたご令嬢。そんなイメージを抱けた。
行動がぜんぜんご令嬢ではないので、イメージのギャップにドキッとしてしまった。
いかん!まずい!
絶対に縁を持ってはいけないタイプの人なのに、僕は行きたいと思ってしまっている。
僕には彩さんという人が……!アイリスさんという人も……!瑠璃さんはいいかなー。
僕は一途な男なんだ。男なはずなんだ!
「行きましょう」
「はい、ではこちらへ」
これは仕方ない。僕に罪はない。
砂漠で水が枯渇したら泥水だってすするだろう?別に千穂理さんを泥水と言いたい訳ではない。僕が喉が渇いているということを言いたい!
喉の渇き過ぎた人に罪はない。きっと恋の女神様だって同情して許してくれるはずだ。モテない陰キャに幸あれ!
千穂理が案内した先には、リムジンが待っていた。運転手付きで。
本当のお嬢様だったらしい。今時リムジンなんて滅多に見ないのに、あるところにはあるんだねー。
連れていかれたカフェも、僕の知っているカフェとは違った。
個室で、床が絨毯だった……。
コーヒーの名前が10文字を超えており、出てきたスイーツが大きな皿にのせられているのを見て、僕は理解するのをやめた。
世の中には凄い世界があるんだな。それでいいじゃないか。
「シロウ様、他に不足はございませんか?」
「いえ、とても快適な場所です」
ニコッと口元が笑ったのが見えた。
僕の為に尽くしてくれているのが伝わってきて、なんだか嬉しい。
怖いけれど、千穂理さんは悪い人では無さそうだ。
考えてみれば、僕のファンサイトを運営している方だ。敵であるはずもない。
「では、本題に入ってもよろしくて?」
「はい、どうぞ」
「私はね、シロウ様はここで終わる人ではないと思っているのです。まだ秘めた力があるのではと」
何か知らんが、バレてるようなバレてないような……。
とりあえず、やっぱり怖いです。
「あなたに投資したいのです。祖父から幼少の頃より教えられておりました。目をつけたものには早めに唾をつけておけと」
「投資?」
最近そういう感じの怪しいグループと揉めているから、その単語に敏感ですよ!
「あなたは誰かの下に付く器ではありません。私と一緒に世界をとりましょう」
ニチャァと千穂理さんが笑った。
怪しい勧誘どころではなかった。怪しさを通り越した、別次元の話だった。
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