第47話
「見てわかる通り、ここはジャングル本社ビルの48階部分をまるまる貸し切って、トレーニング施設にしてるよ」
エレベーターから入ったときから、トレーニング施設は一望できていた。
ところどころ仕切りはあるが、それでも全体的に視界の開けたフロアだ。
コミュニケーションもとり易そうだし、これだけ広ければお互いの邪魔にもならない。
「ここはコーティング魔法を使える人が、魔法耐性を付与してくれているから、多少の魔法もフロアにダメージを与えないよ」
「ここ、床が少しボロボロですね」
「あっははは……たまに無茶しちゃう人いるからね。仕方ないよね……」
なんだその急に目を背けちゃう動作は。
まさか、瑠璃さんがやった?
可愛らしい見た目だけど、感じてくる魔力量は相当なもの。どのくらいあるかはわからないが、そこらの雑魚とは一線を画すものがある。
「大きいモニターがあるところはね、基本的に勉強会で使うの。空いてたら個人で使ってもいいよー」
「勉強会?」
「そう、魔物の対策や、ダンジョンの知識も得られるよ。それとこれはバンガスさんの決めた方針なんだけど、私たちは対人戦の知識も身に着けるように言われているよ」
「対人戦を?」
誰かムカつくやつをボコすためだろうか?
雷グループとか、雷グループとか。
「魔法を使った犯罪って増えてるでしょ?」
「ニュースとかで頻繁に聞くようになりましたね」
「そう。バンガスさんはね、私たち魔力が多い人間は、そういう犯罪行為にも責任を負うべきだって考えているの。犯罪に巻き込まれたら積極的に解決しに行って欲しい。だから、対人戦の心得も身につけておきましょうってことね」
偉すぎる。
バンガスさんはインテリっぽい見た目で、勝手にお金のことと社会的成功ばかり考えている人だと思っていた。
こんな大企業のスポンサー様をゲットする手腕といい、社会への奉仕精神といい、あまりにも出来過ぎた人だ。
ここまで素晴らしいと、一周回って逆になんか裏がありそう!とか思っちゃうのは、僕がひねくれ陰キャだからだろう。
「ちなみに、49階と50階も私たちチーム『ローストーン』のフロアだよ。49階は会議室や食堂。50階は居住区ね。一人一人個室が与えられてるんだー」
「個室が!?」
瑠璃さんが立ち止まって、ニヤリと笑ってきた。
僕が驚くのを見越しての反応みたいだ。
ぐぬぬぬ、まんまと驚いてしまった。
こんな幼女、幼女に手玉に取られてしまった!
「50階は住所登録もできるから、住み込みの人もいるよ。ちなみに、49階の食堂は無料で食べ放題」
「無料で!?食べ放題!?」
瑠璃さんがまたもニヤリと笑った。やられたー!!またも予想通りの反応をしてしまったわけだ。この幼女、頭がきれる!
「体作りもチームの方針だからね。サラダチキンとか、野菜はたくさんあるよ。穀物も豊富。けど、スイーツはゼロ。揚げ物なんかもないよ~」
「ま、それはそうでしょ」
「なによ、そっちは驚かないのね」
だって、体作りが目的なのにそんなものがあったら台無しじゃないか。
食べ放題なのも手伝って、生産されるのはデブ眼鏡君量産型だろう。
「お酒もないよ。甘いジュースも」
「当然です」
「ぐぬぬぬ、驚きなさいよ。最初は可愛い反応だったのに」
悔しがって頬を膨らませている顔が可愛らしい。
やはり幼女は虐めるに限る!
「瑠璃ちゃんは反応が可愛いですね。中学校でも、みんなから愛されてそう」
「大学生だってば!」
また強がっちゃって。
背伸びしたい年頃なのだろう。僕もついこの間まで中学生だったから、背伸びして大人に混ざりたい気持ちはわかるよ。
「うん、うん、わかる、わかる。うん、わかるよー」
「超むかつく!ボコボコにしたい」
「うん、うん。そうだよね」
瑠璃さんを見てるととても平和な気分になってくる。
心が癒されてくるんだなー。とても。
「絶対信じてないでしょ。ちょっと待って。私のバッグ近くにあるから」
パーっと走って行き、身軽なステップで瑠璃さんが返ってきた。
何気ない移動だったけど、僕の目にはそうは映らなかった。
今……走っているというより、跳ねていたような。なんだか、少し違和感のある走り方だった。
「もしかして、何か勘づいた?」
「えーと、はっきりはわかりませんが、なんか移動がおかしかったような」
「ふふーん。瑠璃は秘密の多い女性だから、そこのとこは教えられないのだ」
勿体ぶっちゃって。
どうせ後から教えにくるに決まってる。
この年頃の女の子は自分を知ってほしくてたまらないのだ。
1時間後には実は、とか言いに来るに違いない。
それが中学生の性である。
「はい、学生証」
「ん?」
僕は手渡されたカードを手にした。
『桜屋 瑠璃(さくらや るり) 19歳 東京最強大学』
そこには間違いなく瑠璃さんの名前と年齢、それを証明する写真まで載っていた。
証明写真の顔がガチごちに固い表情なのが面白い。ぷっ。目の前の瑠璃さんはとてもかわいいのに、写真はちょい不細工で面白い。
「本当に大学生だったんですね」
「だから、最初から言ってるでしょう!」
指を向けられて注意された。
見た目が幼いからなかなか信じられなかったんだよ。ごめんなさい。
「それに東京最強大学の学生なんですね。頭もいいじゃないですか」
日本で一番偏差値の高い大学だ。
僕が死ぬ気で勉強したら、10年後くらいには入れるかもしれない最高学府。
エリート中のエリートだった。
「ふふーん、崇めよシロウ少年」
「ははー!」
胸を張って偉そうにする可愛らしい瑠璃さんに首を垂れておいた。
「瑠璃様、どうかそのうちこの哀れな陰キャに勉強を教えて頂ければー」
「よろしい。そのまま我の機嫌を取り続けたら考えてやらんでもない」
「ありがたき幸せ!」
陰キャの僕にも数少ない特技がある。
プライドを捨てて他人に頭を下げることである。
もともと大した能力もないので、プライド自体が小さい。僕の頭は簡単に下がったりする。
東京最強大学の学生さんに勉強を教えて貰えることが、どれだけ心強いか。
大きな味方を得てしまった。
「ちなみに、何を勉強しているんですか?」
「医学だよ!」
「はにゃ!?」
天才の中の、更に選ばれし天才だった!
驚きすぎて、変な声が出てしまった。
「膝間付け、シロウ少年よ!」
「ははぁー!」
これが殿上人。格付けが済んでしまった。
かわいい幼女だと思っていたのは遠い過去。この方は、スーパーエリート人間様でした。
僕のようなただの陰キャが話すには、大変おこがましい存在であられる。
「ではついてきたまえ!――あべっ!」
格好よく言い放って、歩き出した瞬間、瑠璃さんは足を滑らせてこけた。
……かわいい。
やはり殿上人ではない。可愛らしい天然ドジっ子ポジがこの人に似あう。
「見た……?」
「見てないであります!僕はたまたま目にゴミが入って視線を外していました」
「よろしい!では、ついてきたまえ!」
可愛らしい幼女である瑠璃さんに続いた。
一通り案内されて、トレーニング施設を覚えていった。
そして、最後に連れてこられたのが、眠りについているかのようにうなだれているロボットの前だった。
「はい、ここが最後。じゃあこの子の相手をしてもらうよ」
「このロボットの?」
僕の頭の中のロボット技術って、何を聞いても同じ答えが返ってくるポンコツか、聞き取れませんでしたっていうパターンのポンコツしかない。
こいつはどっちのポンコツだろうか。
「不安な顔しているね。大丈夫、この子は魔法の力で強化されているし、戦闘技術もうちの副リーダーにインプットされているから」
「そういう魔法ですか?」
「そういうこと。君は魔力25000だよね。この子は少しキツかもだけど、頑張ってみて」
僕の真の魔力派56000だ。少し炎上して登録者が減っているが、大きくは違わない。
「あの……もう少し強いのでお願いします。あれから魔力が結構伸びていて」
「いいから、いいから。君みたいな年頃の男のは背伸びしたがるんだから」
僕がさっき思っていたことと同じことを言われてしまった!
「私たちはローストーン。原石って意味だよ。君も、自分の才能を証明してみなさい。お姉さんが見ててあげるから!」
傍に座って、瑠璃さんがこちらを見つめる。
あのワクワクした表情は、僕が勝つことを楽しみにしているのか、それともろぼにボコボコにされてる未来を楽しみにしているのか……。
「ほーら、ロボットもう動いているよー。ボコボコにされても大丈夫。お姉さんが介抱してあげるから全力でやりなー」
ちっ。やはり僕がボコボコにされる未来を楽しみにしていたか。
ロボットが起動した。感情のない青い光を放つ目で僕を見つめる。確かに魔力を感じた。なるほど、僕の知るポンコツじゃないわけだ。
相手の実力が分からない以上、全力でやるほかない。
「ビビビ、セントウ、カイシ。ハイジョ、スル」
ロボットが踏み出した。人とは違う瞬間的な加速で距離を詰められる。
虚を突かれたが、反応はできる。
ロボットの拳を躱して、がら空きの側面にカウンターをお見舞いする。
拳がめり込み、ロボットを殴り飛ばした。
ビリビリと電気とパーツの残骸を落としながら、10メートルほどロボットが吹き飛ぶ。
「……キノウテイシ。ツヨスギ、ワロタ」
「え……?」
「はい……?」
僕と瑠璃さんが目を点にして、開いた口が塞がらず、状況を理解できずにいた。
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