第46話

僕の真のヒロインである一万円様を奪われた怒りが消えぬまま、日曜日を迎えた。


本日はバンガスさんとの約束の日だ。

チャットで送られて住所に向かって、電車を乗り継いだ。


電車内で多く見かけるカップルや、イケイケな人たちを見ても気後れしない。

ふふっ、なぜならば僕も進化しているからだ。


今日の僕のファッションはオーバーサイズのジャケット、黒色でナイロンを使った生地だ。パンツには、これまた流行りのワイドシルエットのジーンズを選んでおいた。


少し動きにくい感じもあるけど、全体的な感想としては悪くない感じだ。


なんと昨日の夜、ウェブで注文しておいた最近ファッションアイテムが届いたのだ。

流石はその道のプロたちがおすすめするアイテムなだけはある。

僕が適当に身に着けるだけで、一瞬にしてお洒落さんに昇華されてしまった。


鏡を前にして「うわあああ」と少年のような声を漏らしたのは、5年前のクリスマスに最新機種のゲーム機を買って貰って以来だ。


サンタさんがいなくても、今の僕は自分のお金で欲しいものを手に入れることができる。感動を自分の力で手に入れてしまった。

バイバイ、サンタさん。君の仕事は1万円様によって取って代わられたよ。

やはり正ヒロインは1万円様だった!!


ちなみに、靴はまだマジックテープのスニーカーだ。

お母さんの色が抜けていないところもあるけど、今の僕は徐々に自立してきた青年になりつつある。そんな気がした。


「うああああ」

目的地に辿り着いて、まさかまさか、昨夜と5年前のクリスマスと全く同じ反応をしてしまった。

辿り着いた先にあったのは、超高層ビル。

高校生の僕でも知っている超有名企業だった。


僕の今着ている服は、まさにこの会社の販売サイトを通して買ったものだ。

ありがとうございます。送料無料でした!


おどおどしながら、高層ビルに入っていった。

スーツ姿の人たちが忙しそうにロビーを行き交っている。

「受付に僕の名前を出せば通るようにしてあるから」と言われているものの、受付がどこかもわからない。


緊張すると視界が狭まって辺りが見えなくなるんだよね。

受付と言えばなんだろう。美人のお姉さまがいるイメージだ。

美人を探してみるか。


いた!


悲しいかな。美人を探すと一瞬で見つかる。受付へと目立たないように移動して、要件を伝えることが出来た。

「バンガスさんのお客様ですね。シロウ様……はい、お聞きしております。では左手エレベーターより38階へとお向かい下さい」

「ありがとうございます」


高校生は体力があるでしょう?階段でいきなさい。とか言われたらどうしようとか思ってた。


味わったことのない長距離移動するエレベーターの乗り心地に、無重力になる瞬間ってたぶんこんな感じなのかなと想像していると、38階にあっという間にたどり着いた。


扉が開かれた先に、ビルのワンフロアを特別改造した広大なトレーニングルームが広がっていた。

柔道場のような畳が敷かれて、動き回るロボットと戦う人や、1人で瞑想する人、集団で指導を受ける者や、動画を見て学ぶ者もいた。


「うっ、人が多い」

バンガスさんだけだと思っていたのに、なんて人の多さだ。

チームは拡大していると聞いていたけど、まさかこの人たち全員冒険者チームの人たちなの?


陰キャにはダメなんです。こういう大人数が苦手なんです。

バンガスさんを見つけなきゃ。早いとこ知り合いを見つけないと、発作が起きてしまう。


「こんにちはっ」

禁断症状が出かけた瞬間、僕の隣から可愛らしい声であいさつされた。

そこには慎重の低い、可愛らしいショートカットの女の子がいた。

モチモチした肌がきめ細かくて、大きくて丸っこい目が優しくこちらを見つめていた。

少し頬が赤らんでいるのは、運動後だからだろう。

手にはタオルと給水ボトルを持っていた。


「こんにちは。お嬢さんはここの人なのかい?」

陰キャは年下には緊張しない。これ覚えておいて欲しい。


「お嬢さんじゃない!多分君より大人だよ!」

頬を膨らませて怒られてしまった。……かわいい。

背伸びしたい年頃なんだよね。


「あっ、信じてない。これでも大学生だよ!君、見た感じ高校生でしょ?私の方がお姉さんなんだから」

「ふふっ、そういうことにしておきます」

かわいい。僕にもう少しだけコミュ力があれば頭を撫でているところだ。

スキンシップもコミュニケーション能力の一環なんだよね。あれは誰でもできる技ではない。

前後のフォローがあってこそ起こりえるのがスキンシップなのである。前後のフォローが出来ない僕には、使用不可の技となる。


「やっぱり信じてない!許せない!」

「ほらほら、そのくらいにしときな」

奥からもう一人、汗を拭いながら大人の女性がやってきた。


北欧の血と日本の血が混ざった奇跡の美女が歩いてくる。

スタイルが、主に足の長さが日本人離れしており、モデルのような人だった。

すらりとしているが、一応言っておくと胸も凄く大きい。大事なことなので、注釈を入れておいた。

創作物以外で、リアルで金髪隻眼を見たのはこれが初めてだ。


ごめんなさい。一万円様、あなたは降板です。この方こそ真のヒロインです!


「アイリスさん、だってこの子が私のこと子供扱いするんだもん!」

「よしよしっ。ほら、もう怒らない」

「子供扱いしないで!」

アイリスさんというのか。真のヒロインアイリスさんがちびっこの頭を撫でてあげていた。かわいい。

なんていう平和な光景だろうか。世界平和への第一歩がここにある気がした。


「おっ!シロウ君、来ていたか。アイリスと瑠璃とはもう話してみたのか」

アイリスさんが北方向から、バンガスさんがやってきた。

前に見たのと似たようなインテリな雰囲気だが、今日は運動着に身を包んでいた。バンガスさんもみんなと同じようにトレーニング中だったみたい。


「アイリス、彼が僕の言っていた召喚魔法使いだよ。魔力量25000くらいだけど、面白い魔物を使う。育てば、良い戦力になると思うよ」

「そう。バンガスが言うなら間違いないでしょうね」

僕の話は既に伝わっていたみたいだ。

召喚魔法を評価してくれていたバンガスさんの頭の中には、既に僕を活かす方法を思い描いているらしい。


「当分の間チーム2で動いて貰う予定だけど、調整が終わり次第チーム1に合流して貰うつもりだ。彼の力は僕たちの戦略を劇的に変える可能性がある」

僕の力がそこまで?

い、異世界のパンツとか引っ張って来れますけど、それが役に立ちますか!?


「シロウ君、契約の話から入るのも面倒だろう?良かったら、君もうちのトレーニング施設を使って行かないかい?」

トレーニング施設を?


今日はお洒落に気を使ってワイドシルエットのファッションで統一してきた。

少し動きづらさはあるけど、でも楽しそうだ。


「はい、是非」

「ようし、ならせっかくの縁だ。瑠璃、シロウ君を案内してやってくれ。施設の商会をした後に、トレーニングロボの性能を見せてやってくれないか?」

「私ですか……。嫌ですけど」

ジトっとした視線で見られた。

いきなり嫌われてしまったみたいだ。


まっ、いいけど!

僕はアイリスさんにさえ嫌われなければ良し!

お子ちゃまに興味なし!


「そう言わないでくれ。頼むよ瑠璃ちゃん」

両手を合わせてバンガスさんが頼んだ。

僕の為に時間を割いてくれているバンガスさんだが、あちこちから名前を呼ばれている。絶対忙しいんだろうな。

こんな大企業のスポンサー様を引っ張ってきて、これだけ多くの冒険をまとめる人でもある。

アイリスさんや瑠璃ちゃんに至っては、体から溢れる魔力でかなりの強者だということもわかる。


数も粒もそれっているこれだけの組織のトップ。

僕はバンガスさんを今一度、評価しなおした方が良いかもしれない。


頭の良さそうな人ではなく、かなり有能で時代を動かすかもしれない人に。


「……仕方ない。君名前は?」

「シロウです。ダンジョンネームは陰キャです」

「だっさ。私は瑠璃、ダンジョンネームはラピスよ」

ださくない!……ラピスってかっこいいね。


「ラピス・ラズリで瑠璃っていう意味なんだけど、ラピスのほうは石って意味なんだよね。瑠璃ちゃんっぽいミスでかわいいポイントだから覚えておいて」

「言わないでよ!アイリス」

……かわいい。


この生き物、かわいいです。

ごちゃごちゃ言う瑠璃さんに連れられて、僕はこのフロアを見て回ることにした。


完璧な施設、優しそうな人たち、有能なバンガスさん、仲良くなりつつあるアイリスさんと瑠璃ちゃん。

全てが揃っているようで、僕の心にはぽっかりと穴が開いている。

彩さんがいない、それだけが僕に足りてなくて、大きな穴となっていた。


この気持ちを何かで埋めなくちゃ。このチームに貢献することで、埋められたら最高なんだけどな。

「ほらっ、ぼーっとしてないで行くよ!お姉さんについて来なさい」

「はーい!」






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