第39話
守りの氷を自分で割って、ヴァネに噛まれにいった。
カプリッ。
チューと血を吸われるのはいつ以来か。
魂を抜かれるように体が少し軽くなる。
なんか妙な快感があるんだよな、吸血って。あっ、癖になりそう!
ヴァネが僕の血を吸い終わると、またマイペースにパタパタと飛んでいった。
キャロに無理やり連れてこられて、少しご機縁斜めだったけれど、無事に仕事を果たしてくれた。
僕の召喚した魔物たちは、非常に優秀である。
全く、頼りになるやつらばかりだ。
久々にヴァンパイア化した僕は、瘴気が立ち込めるダンジョン最奥でも視界が開けて見えた。
動画を撮ったときは事故みたいなもので、慌てていたからよくわからなかったけど、今ならはっきりとわかる。
目の前の危機を前にしても、余裕を感じるほどの力の高まりだ。
体温が冷えていくのが分かる。血の流れが止まったように、体から発する音が静かだ。
犬歯が伸び、少し獰猛な顔つきになっている。自分では見えていないが、目も真っ赤に染まっていることだろう。
恐ろしいほど冷静に物事を見れたけど、いよいよ迫ってきた瘴気を吸い込む瞬間だけは、体に力を込めた。
しかし、数秒吸っても異変がないことを察知して、僕はまたクイーンを目の前にしているとは思えないほどリラックスした状態に戻る。
僕が力を抜けば抜くほど、相対しているクイーンの方が力んでしまう。
怖いのか?僕のことが?
ヴァンパイア化して力の高まったのを感じて、あのクイーンがたじろいでしまっているだと?
『キョウイ、キョウイダワ』
僕たちを最初に観察したように、指で輪っかを作り上げたクイーンは、魔力のレンズを通して僕を再び観察した。
値踏みの結果はどうだった?表情から少しだけ、結果が先読みできた。
『112000!?バカナ、コノマリョクハ、イッタイナニ!?』
僕の魔力量が倍増したみたいだ。
ヴァンパイア化した際に感じていた力の高まりは勘違いではなかったらしい。
まさかの魔力10万越え。
これが連君の見ている世界なのか。
「クイーン、早めに終わらせるとしよう」
彩さんの守りの氷に入っているといえ、みんなのことが心配だ。
立ち込める瘴気も、クイーンを倒したら消える保証もない。
そうなれば、戦闘後に皆を抱えて帰る必要がある。
しかし、クイーンは時間稼ぎに入るらしい。
後ろの壇上から大きな岩のブロックを手にして、僕に投げつけてきた。
ダメージが入ることなど想定しないだろうに。
その意図を読み取る方に集中して、僕は岩のブロックを薙ぎ払った。
横で何かがぶつかる大きな音がした。
奥のクイーンは動かない。本当にただの牽制だったのか。
薙ぎ払った岩のブロックは何とぶつかったのだろうと思って見てみると、守りの氷に入ったしんやさんがいるポイントに岩のブロックがあった。
しんやさんは!?
……吹き飛ばされて、氷ごと砂の川に流されていた。もう追いつけそうにない。
「貴様!よくもしんやさんを!」
『アナタガ、ヤッタジャナイ……』
なんのことかよくわからないな。
「僕はお前を許さない!これはしんやさんの弔い合戦だ!覚悟しろ、クイーン!」
牽制に見せかけた仲間を討つ一手。なんていうハイ次元な戦闘スタイルだ。
クイーン、許すまじ。
僕の気持ちの高鳴りに体も呼応してくれたのだろう。
なんだかとても体が熱い。メラメラと燃えているようだ。
少し焦げ臭く感じる程のリアリティ。
『シロウ、肩!肩が燃えてる!』
キャロの声がして急いで肩を見てみると、黒い炎がめらめらと体から溢れて燃え上がっていた。
「わわわっ!?」
少しパニックになって、手で黒い炎の鎮火をした。なんとか炎は消えてくれたが、あわわわわ。
僕のジャージの方に大きな穴が開いてしまった!
ガリガリの肩が露出してしまっている。
恥ずかしいよりも、それ以上にやばいことがある。
お母さんに怒られてしまう!新しいジャージを買って貰わないと。いや、まだ契約金があるし、自分で買えるのでは?いや、ダメだ!学校に発注しないといけないから、やはりお母さんにバレる!
待てよ。デザインをジャージにして貰えれば、岩崎さんのところで特別な装備を作って貰うことも可能なのでは?
決まりだ。
その手しかない。
クイーンの魔石はいくらになるだろう。きっと大きなお金になるはずだ。
今回の報酬と合わせて、もしかしたら魔法防具のジャージが出来てしまうかも!
負けられない理由がまた一つ増えた。
『シャドウフレイム、ドウシテコンナトコロデ』
シャドウフレイム?僕の肩の黒い魔法のことかな?
連君としんやさんのは陽キャファイヤーで、僕のは陰キャファイヤーってコト!?
許せない。お前はどこまで行っても陰キャだと遠回しに馬鹿にされてしまった。
『シロウ、私久々に力の高まりを感じているよ。良い感じだ』
僕の魔力が増えるとともに成長を見せていたキャロが、今はどこかの金持ちが飼っている猫くらい綺麗な毛並みでモフモフしていた。
そして、額に埋め込まれた宝石が強く光を発している。
以前に言っていた気がする。キャロが力を発揮するには、最低でも魔力10万が必要だと。
クイーンの測定が正確ならば、僕はその条件を満たしたことになる。
今こそ、キャロが真価を発揮するときなのだ。キャロは動画の再生数を稼ぐための可愛いペットに非ず。希少で、魔王の特性を持つ僕にしか付き従わない神秘の生物だ。
『武器生成――短剣』
赤いルビーを丸ごと使って作られたような短剣が僕の片手に入ってきた。
美しいその見た目以上に、不気味さを感じる。
刃の部分に絶対に触れてはならないという感覚が、僕の本能に訴えかけてくる。
ごくりと唾をのむほどの迫力。
今まで見てきたどの武器よりも恐ろしい。武器単体に恐怖を覚えたのなんて、これがはじめてかもしれない。
『魔物を倒すためだけに作られた短剣だよ。それ以外の用途はない。切れ味は保障するよ』
たった一つの目的のため、魔法で生み出された武器って訳か。
まだまだ知らない魔法の奥底の深さをこの短剣から垣間見ることが出来た気がした。
『ドウヤラ、オワリノヨウネ』
「ああ、終わらせよう」
しんやさん、ジャージ。あなた方に、レクイエムを送ります。クイーン断末魔という形で。
ヴァンパイア化した僕が、駆け出す。
影がおいて行かれるほどのスピードでクイーンに迫る。
おそらくだが、猫背のゴブリンの雷魔法での加速を超えるスピード。
あれは直線的な動きで、途中の進路を変更できないが、僕はそれも可能。
だが、クイーンに正面から迫った。
反応されたのは驚いたが、反撃まではできないらしい。
僕の狙いが首一点だと悟って、顎を引き、両腕で首を守る。
なるほど。狙いは読めた。
肉も骨もくれるつもりらしい。ただし、どこかで短剣が止まると、クイーンのターンだ。その剛力で僕を捕まえ、インファイトに持っていく算段か。
今の僕ならそれも望むところだけど、悪いがそうはならない。
クイーンの太い両腕も、先ほど断ち切れなかった首も、今度は綺麗な断面を残して一刀両断して見せた。
切り抜けた僕の後ろで、クイーンが倒れた。
霧と化して消え、大きな魔石が残る。
恐ろしい威力の短剣だ。
戦いが終わると、短剣も赤い粒子となり、キャロの額に戻っていった。
クイーンの消滅と共に、懸念していた瘴気も晴れていく。
これで、本当に終わりみたいだ。
栃木第五ダンジョン隠しフロア攻略戦、これにて完了。
ジャージとしんやさんという大きな犠牲を払い、僕たちは大きな勝利得て、冒険者としての成長を遂げた。
「あなたのことは忘れないよ。ジャージとしんやさん」
「生きてるわ!俺の命とジャージを並べるな」
最終フロアの入り口らへんに、砂まみれになったしんやさんがいた。ちっ、生きてたか。
チームレイザーとゴブリンクイーン、栃木第五ダンジョンでの戦いはこれにて閉幕。
ぼろぼろになった僕たちは、茜さんは自力で、しんやさんがレイザーさんを、僕が彩さんを背負ってダンジョンを後にした。
最後に美味しい仕事を頂いて、僕は非常に満足である。
なんだかんだ、楽しかったな。
これで本当にお別れだ。バイバイ、栃木第五ダンジョン。
――第一章完!
ここまで読んでくれてありがとうございます。めっちゃ嬉しいです。明日から新章に入ります。更新頑張ります!^^b
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