第38話

打つ手なし。美しく投了するクイーンを期待したが、返答は全く美しくないものだった。


その巨体に似つかわしくないドレスを引きちぎるように脱ぎ去り、片手に握りしめた。

巨大な扇を操るように、ドレスを振り回し始める。


腕にダイヤモンドダストが突き刺さり、少し苦しそうな顔をしているが、それは本人にとって大したことではらしい。

ダイヤモンドダストが晴れていく。


逃げ場が亡くなったと思われたクイーンの周りが、すっかりと晴れてしまった。

ただのドレスではない。連君が600万円払って買ったものと同じ、特殊な素材に、魔石を加工して作った装備だと思われる。


通常の衣服だとダイヤモンドダストを払うどころか、ドレス側が切り裂かれて終わりだ。


『ダイジナドレスガ、ダイナシネ』


足元まで包んだ永久凍土も、クイーンの強引な動きで砕かれた。

強引に砕いたせいで、足にもダメージが蓄積する。


体全体を覆っていたら勝っていただろう永久凍土だが、足元だけでは流石にこの剛力を止められなかった。


上はダイヤモンドダストで、下は永久凍土でダメージの蓄積があるはずのクイーンだったが、何事もなかったかのように駆け出した。


凄まじいスピードと迫力。辺りに地震に似た揺れが轟く。

目的は疲弊しきった彩さん。


悪いが、その人には絶対に手を出させない。陰キャの魂にかけて!


チャンスを伺うのをやめて飛び出そうとした。しかし、僕より先にレイザーさんがクイーンの進路上に立つ。


付与魔法を貰い、盾を構えて、岩魔法で盾の面積を拡大する。

どのゴブリンも突破できなかった、レイザーさんと茜さんの強力ガードコンボだ。


突破できないはず。あんな巨大な岩の盾をクイーンの生身が突破できるはずはない。

しかし、無情にも衝突した瞬間に勝敗は決した。


岩の盾が砕かれ、レイザーさんが後方へと吹き飛ばされる。

ニヤリと笑い、勝ち誇ったクイーンの顔が見えた。


あまりにも衝撃的だったけれど、いつまでもその余韻に浸ることはできない。

僕はこの時を待っていた。


クイーンが気を緩め、視界が悪くなる状況を。


盾が砕けて、岩が宙に舞ったのを見て、影に潜む僕が動き出す。

振ってくる岩に身を隠すように、素早く移動する。


僕はクイーンを舐めてはいない。

むしろ、どのゴブリンよりも警戒し、リスペクトしている。


だからこそ、最大限の警戒だ。


息をひそめ、足音を立てず、とうとう僕はクイーンの背後をとった。

身を潜めていたのは、全てこの瞬間のため。


拳に全ての魔力を込めて、クイーンの背後から首筋目がけて殴りかかった。


寸前で振り返ったクイーンが、体をのけ反らせて躱しにかかる。

驚異の感覚と、身体能力だ。


陰キャらしい背後から完璧な奇襲、それが躱されようとしている。

このままだと首には届かないどころか、態勢を崩した僕の方が危険になる。


だけど、クイーン。僕はあなたは警戒しているし、リスペクトもしているんだ。

躱される、そんな気がしていたよ。


『召喚』


ぎりぎりのところで、僕は武器を召喚した。

猫背のゴブリンの愛用する細い剣が僕の手の中に。


先ほどまで届かないと思われた拳が、剣の登場によってばっちりと首筋を捉えた攻撃になった。

間合いはぴったり。

猫背のゴブリンのゴブリンから得た技だ。学習する陰キャ、それが僕だああああ。


「うおおおおおああああ!!」


剣でその太い首筋を、力の限り斬り裂いた。

手応えあり。


追撃しようとしたが、暴れるクイーンに危険を感じて、飛び退く。

圧倒的なパワーの前に距離をとってしまったが、十分なダメージが入ったはずだ。

急所への的確な攻撃。


首筋を抑えて悶えるクイーン。流血量からしてもやはり勝ったのではないかと思われる。

流れる1秒1秒がとても長く、重たい。


早く倒れてくれ、クイーン。あなたの墓場はここだ。

チームは満身創痍、まだ戦えるのは疲弊した僕と、なんちゃって炎魔法使いのしんやさん。


立つな。立つな。立ったら終わりだ。


『チユマホウ』


自分の耳を疑った。

そして、緑色の魔法がクイーンの首を覆って傷を塞いでいくのを見て、今度は目を疑った。


「…………」

言葉が出ない。


終わりだ。

僕の思考は完全に切り替わり、逃げることを決意した。

ちらりと隣を見る。しんやさんはまだ動けそう。


「陰キャ、俺が殿を務める。レイザーたちを抱えて全力で逃げろ」

悪い、しんやさん。僕はあなたを餌にして彩さんを抱えて逃げるつもりだった。言われる前にその思考に至ってしまった。


最後の最後に自己犠牲を払うあなたを見て、僕はなんだか逆に捨てられなくなってしまったよ。

陰キャ!お前が時間を稼げ!その間に俺は逃げる!とか言ってくれれば足を引っ掛けてクイーンの前に投げ飛ばしてやったものを。


「この戦いを見てお前の実力はわかった。どんな成長をしているかは知らないが、前に魔力を測定したときよりもすげー強くなってんな」

「はい、しんやさんより強いです。間違いなく」

「なっ!?てめー、ふざけてる場合か。……ちっ。けど、事実か。だからお前を信用する。レイザーたちを連れて、確実に逃げろ」

第一印象は最悪、その後の印象はもっと悪い。たまに加齢臭もする。けど、最後の最後で良い顔しやがって!

ジャイアン映画版でめっちゃかっこよくなるのと同じ効果を使いやがって!このままじゃ、僕はこの人をかっこいい大人だと思わなくちゃいけないじゃないか!

汚いケツしてるくせに!今も魔物の目でその汚いケツが見えてるから!


『炎の槍』

「えっ……」

僕はまた自分の目を疑った。


「もう立ち上って来やがった。俺が足止めする。行け!」

「…………」

言葉が出てこない。


いや、無理無理無理!!

猫背のゴブリンにすら通用しなかった炎の槍で、クイーンの足止めなんて無理だから!


かっこいい散り際を見せてくれるかと思ったしんやさんだったが、そのあほさ加減で全てが台無しだよ!槍を仕舞え、槍を!

かっこいい表情すな!格好悪いから!


秘めた魔法は!?彩さんみたいな切り札は!?

炎の槍への信頼感よ!!


『ヒトリモ、ニガサナイ』

完全に立ち上がったクイーンが激怒した表情でこちらを睨んでいた。

しんやさんが意外といいやつだったので、逃げる洗濯はない。

というか、三人を抱えてあれから逃げ切る自信がない。


幸い、急所を的確に狙えば、致命傷になり得ることは判明した。

次は治癒魔法の使用すら許さない。一瞬で仕留める。


『ハジメカラ、ショウブハツイテイルノヨ』


クイーンが多くな口を開いて、そこから急速に広がる紫の煙を噴出した。

最終フロアの天井をあっという間に覆う。


「臭い息だ」

絶対違うと思うけど。

「瘴気よ!通常の瘴気でも吸い込むと危ないけど、クイーンのこれは明らかにやばそうね」

茜さんが解説してくれた。助かる。しんやは帰れ。


吸い込むなと言われても、瘴気の広がるスピードは速すぎる。

逃げる選択肢はなかったようのなものだけど、更になくなってしまった感じか。


吸ってしまったらどうなるんだろう?

気になるから、しんやさんに吸ってみて欲しい。


『危険だね。吸ったら動けなくなって、そのうち死んじゃうよ』

キャロがいつのまにか近づいてきて、とても恐ろしい真実を教えてくれた。

クイーンの言っていた、初めから勝負はついていたというのはこのことだったのか。


僕たちとの戦闘は余興。思ったよりも肉薄されたので、切り札をきってきたわけか。

彩さんも切り札があり、クイーンにもあった。

普通そうだよね?土壇場で炎の槍なんて出すやついる?いねーよな!


「茜さん、対処方法はないんですか?」

「フロアが広い場合風魔法なんかで対処可能。後は神秘の魔法か、回復魔法を使えるメンバーがチームにいれば……」

いないから無理って訳か。


詰んだ。二度詰みかけて、大逆転負けである。

首にしたカメラはまだ順調に撮影中だ。


今のうちに遺言を残しておくべきかも。

瘴気が僕たちを覆い尽くそうとしたとき、先に体を氷が覆った。


大きな氷の柱に包まれる。

チーム全員に守りの氷を使ってくれたのは、もちろん彩さんだ。


冷たくないし、息もできる。

最後の力を使ったのだろう。彩さんは気絶してしまった。


最後の最後までチームを思う彩さんがどこまでも尊い存在に思える。

出来れば守ってやりたかった。


瘴気からは守られる形になったが、時間稼ぎではしかない。

自由に動き回れるクイーンがこの氷を砕いたとき、瘴気を吸って死ぬのが先か、クイーンに敗北するのが先か……。


守りの氷の中から、パタパタとこちらに近づく男が聞こえた。

キャロが強制的に捕まえて、嫌そうにパタパタと羽を動かして逃げようとするヴァネの体を引っ張って来ていた。


『シロウ、ヴァンパイア化したら、瘴気の影響はないよ。噛みなさい』

キャロ様!かわいいだけでなく、いつも僕に最高の知識を授けてくれる!


僕にだって切り札があったわけだ。

僕は召喚魔法の使い手。召喚した魔物の力が、切り札となる。


見てるかしんやさん。人には普通、切り札ってやつがあるんだ。炎の槍は捨てろ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る