2章 陰キャ再デビュー
第40話
カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、僕はベッドから出られずにいた。
「シロウ、大丈夫なの?病院行く?」
「いや、寝てれば明日には治るから」
ダンジョンでの激戦後、僕は学校を3日休んでいる。
今日で4日目だ。
ヴァンパイア化までしたゴブリンクイーンとの激戦は、心身ともに大きな負荷をかけられた。
僕の人生で経験したどのイベントよりもハードだったと言えるだろう。
かつて扱ったことのない魔力量からくる膨大な運動エネルギーは、僕の常識を更新するレベルに凄まじいものだった。
脳内の更新、おそらく進化の前段階にくる負担も重なったのだろう。
気づけば丸2日寝込み、次の日も体調がすぐれずに寝込んでいた。
そして、今朝はすっかり体調が良くなったかと思っていると、実はもっと大きな問題が起きていた。
「お風呂くらい入ったら?」
「うん、後で入るー」
なるべく平静を装って、様子を見に来たお母さんを追い返しておいた。
まずい、この姿を見せるわけにはいかない。
ただでさえ、最近は身の回りの変化が大きくて母親を混乱させている。
ジャージも焼いて怒られたし、これ以上のパニックは許されない。
母親が一階まで降りたのを確認し、海外ドラマを見始めたのも音でなんとなく聞こえた。我が家が気密性の高い家じゃなくて助かったのは、これがはじめてかもしれない。
よし、今ならベッドから出られる。
僕はまだ警戒しつつ、自分の体の違和感を味わいながら立ち上った。
「うっうわわわわっ」
僕の部屋に、地味巨乳がいた。
僕が部屋に女の子を呼べる人間かって?そんな訳はない。
僕が女の子で、僕が地味巨乳なのだ。
なんのことかと自分でも未だに理解しきれていないが、これはサボから貰ったネックレスの呪いが関係している。
砂漠の一族になり、サボの力とサボテンの花という極大魔法を得た代わりに、僕は一定周期で性別が変わる呪いを受けている。
まさか、このタイミングで来るとは!?
悲しいかな。
僕は最初から、あれをしてしまった。
――気づけば自分のおっぱいを揉んでいた。
人生で初めて触る女性のおっぱいが、まさか自分のものになろうとは。あらゆる人生を歩んでいる人でも、人生で最初に触るおっぱいが自分のモノだという男性はいないだろう。しかも巨乳。
けっこう柔らかいので念入りに揉んでおいた。
地味巨乳っていいよね。とか思ってしまった。
自分の胸なので興奮しようもないけど、突如出現した二つの巨宝に、僕は小一時間も観察を余儀なくされた。
「神秘だ」
魔法の世界は本当に底が見えない。使う度に、その叡智が僕たちの世界に変革を齎す。
僕の性別が変わったら、地味巨乳になるだなんて、想像すらしなかった。地味巨乳ってなんかいいよね。
もしかしたら、男性としての僕も結構魅力があったりして……なんて淡い希望を抱く。
そうそう、撮影した動画はダンジョンから戻って、床を這いずるようにして編集して、なんとかアップロードまで済ませている。
長い動画になったので、隠しフロア解除動画、ダンジョン風景動画、サンドスコーピオン攻略戦動画、猫背のゴブリン戦動画、ゴブリンクイーン戦動画の5つにパート分けしている。
全て3日前にはアップロード完了していて、逆に寝込んだ3日はなにも動画を投稿していない。
まとめて上げたし、一応毎日投稿カウントでいいだろう。
さて、動画はどうなっているだろうか。
「うわっ!」
やはり期待通り、いや期待していた以上に再生数が伸びていた。
特に猫背のゴブリン戦と、ゴブリンクイーン戦の動画の伸び具合が途轍もない。
前の3本は言ってみたらありきたりだ。隠しフロア解除動画なんて一部の専門家たちがコメント欄で激戦を繰り広げている。平和にやって欲しいが、僕が専門家同氏のチャットファイトに口出しできるはずもなく。
ダンジョン風景動画とサンドスコーピオン動画は至って平和。逆に言えば、ありきたりな再生数だ。
ダンジョン冒険者の動画は、そのカテゴリーができるくらいに人気のコンテンツとなっている。今さらダンジョンの綺麗な風景と、一般モンスターとの戦闘なんて視聴数を稼げるものではない。
これよりもっと強敵も、派手な演出のある戦闘は山ほどある。
僕の編集技術と、動画の内容では太刀打ちできなかった。
しかし、猫背のゴブリンとゴブリンクイーンとの戦い動画はキャロのコスプレ動画の初動よりも凄い数値を叩き出している。
「これ、100万再生を超えるやつだ……」
コスプレ動画は動画の時間が短かったからわかるものの、今回の戦闘動画は時間にして5倍くらいある。
「うわっ……なんか凄いことになってきた」
コメント欄も、新しい視聴者層ばかりで、いままでと雰囲気が違う。
新参者の特徴として、ちょっとチクリとしたコメントが多いのも経験済みだ。
この人たちがいずれは肯定botと化すことを知っているので、チクリ発言も許しましょう。
嬉しいことはさらに続く。
マイページに運営からの通知があったので確認してみると、以前フォロワーさんから勧められた収益化の申請通過のお知らせだった。
これから僕の動画たちは、再生数が増えるごとにお金になるってコト!?
そんなことがあっていいの?
お金も貰えて、魔力も増える。
これは神の作りしコンテンツでしょうか?そうに違いない。
ゴブリンクイーンとの戦闘は、手にしたものが多すぎて未だに査定に時間がかかっている。レイザーさんからの通達だと、結構なお金になるらしいのでウキウキしている。
そこに来ての、動画も収益化である。
僕は結構ラブコメ小説が好きで良く読んでいるのだが、主人公の底なしの資金力に驚かされることがままある。その金はどこから来ているのかと。
もしかしたら僕みたいに裏で収入減があるかもしれない。
つまり、僕もたった今、ラブコメ主人公と同程度の資金力を得たことになる。
陰キャのワイ、ラブコメの主人公にもなれるかも!
この後美少女が群がってくる未来を想像しながら、僕はSNSに呟いておいた。
『かねてより夢だったライブ配信を、18時から行います。時間のある方、良かったら見に来てください』
っと、こんなものでしょう。
収益化したら、夢だったライブ配信を行ってみたかったのだ。
もともと動画投稿というよりは、Vtuberとかみたいにライブ配信で視聴者さんに何かを届けてみたかったという欲がある。
陰キャの僕がいきなりライブ配信したところで、見て貰えるわけもないのでこうして知名度が出たタイミングでやるのは賢い選択だったと思う。
SNSの書き込みには結構な反応があった。
これなら、視聴者0人の中一人黙々と喋る地獄模様は回避できるだろう。
何を話そうか思案しつつ、僕は気になる再生数を分析していた。
「猫背のゴブリンの方が多いんだよなー」
桁の違う伸び方をしている猫背のゴブリン戦と、ゴブリンクイーン戦だが、再生数が猫背のゴブリン戦の方が良いのだ。
大きな差ではないが、絶対にゴブリンクイーン戦の方が伸びると思っていたから不思議だ。
コメント欄を見て分析していると、少しその理由が判明してきた。
猫背のゴブリン戦は、ダンジョン動画を好んで見ている層が気に入っている。
ゴブリンクイーン戦は、冒険者や考察組が見ている数が多い気がした。
つまり、エンターテイメントとしては、猫背のゴブリン戦の方が上らしい。
その理由は、コメントから読み取るに、猫背のゴブリンにカリスマ性を感じるからみたいだ。
戦った感じとしてはゴブリンクイーンの方が遥かに格上だったし、カリスマ感もあったが、動画見るぶんには猫背のゴブリンの方が格好良いらしい。
しんやさんの汚い背後からの攻撃を躱した段階から評価が上っているみたい。
なるほど、魔物側の視点で見る視聴者も多いと。
となると、味方陣営にヒールが必要だ。
しんやさんみたいな、雑魚で、小物で、汚い手を使うかませ犬が!!
学びを得た。
「それにしても映像綺麗だなー」
10万しただけあって、僕の動画の映像は前よりも格段に良くなっている。満足しながら、ライブ配信の時間を待った。
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