第35話
ゴブリンの罠が待ち受けるダンジョン最奥へと、僕たちは進むことを決意した。
人には人生のどこかで大きな決断をする必要があると聞いたことがある。
レイザーさんはその覚悟を持って進んでいる気がした。
僕にとっての大きな決断はここではない。
前進が僕の基本方針だったので、強い決意もない。
敢えて言うなら、彩さんは僕が絶対に守って見せるという決意があるくらいだ。
いずれ僕も人生を左右する決断するをするのだろうか?
さて、そんな怖い目には遭いたくないが、レイザーさんたちが味わっている空気感をしっかり感じ取るのは今後の経験に活きてくる気がする。
一歩一歩進むごとに冒険者としての経験値が上っているような張り詰めた空気感の中、変わらずダンジョンの隅々まで探索する。
ゴブリンキングもしくはクイーンとの戦闘を決意したが、仕事はあくまでマッピングとダンジョンの生態調査だ。
異変が起きているが、サンドスコーピオンがここのメインとなる魔物だと思っていい。
ダンジョン協会から特別な依頼料も出ているらしいから、情報はなるべく持ち帰らなくてはならない。
こちらの空気感が変わったのを察したのか、その後の急襲は一切なかった。
その代わり、こちらを伺う視線は増える。
魔物の目でその姿を捉えているが、向こうも警戒心が上っており、僕と目が合うとすぐに姿を隠すようになった。
飛び道具を用意する時間すらないか。
そういえば、魔物の目を召喚すると情報量が増えて一気に疲労度が加速するが、魔物の急襲にあわないメリットがあった。
砂の川を流れる魔物の姿まで見えるので、動きで飛び出してくるかどうかも事前にわかる。
やはりここは既にゴブリンの支配下にあるみたいで、魔物たちは僕たちを完全にスルーしている。他の魔物を使うまでもない、自分たちが仕留めるという自信が垣間見える。
そろそろダンジョンの奥までたどり着けそうな頃、岩場の裏に隠れたゴブリンが姿を現した。
通常のゴブリンよりも長身で細身だ。かなりの猫背で、不敵な笑みを浮かべてこちらを伺う。
片手を突き出し、指でくいっくいっと手招きした。ついてこいと言わんばかりに、背を向けて歩き出す。
『炎の槍』
しんやさんがその背中に向けて魔法を放つ。
こいつ、とんでもねー畜生だ!
背中を向けていたはずのゴブリンが、こちらを見るまでもなく体をかがめて炎の槍を交わした。
「なっ!?」
驚いたのはしんやさんだけではない。
完璧な不意打ちだった。
身内に向ける言葉ではないが、畜生根性の汚いナイスな攻撃だった。
絶対に当たると思われたのに、いとも簡単に躱された。
敵の強大さを垣間見た気がした。
猫背のゴブリンが発する空気に飲まれて、僕たちは大人しく付いて行った。
ダンジョン最奥までの道は、やはり川を辿るだけでたどり着くことが出来た。
最奥に広がるフロアには、天井から大量の砂が噴き出し、辿ってきた川へと砂を供給し続けている。
フロアには100を超えるゴブリンが屯しており、奥に岩で積み上げられたピラミッドの斜面のような階段がある。
フロアにで無造作にすわるゴブリンとは違い、階段に座しているゴブリンたちはどれも異様な雰囲気だ。
僕が仕留めた熟練の弓矢使いのゴブリンと似た空気感。
それが20匹以上。
そして会談の一番上に、岩でできた玉座に座る体調3メートルを超す雌のゴブリンがドレスを身に纏ってこちらを見下ろしていた。
「クイーンか……」
レイザーさんの言葉に少しばかりの絶望色が籠っていた。
僕たちを見下ろすクイーンが、じゅるりと涎を垂らした。
「ひっ」
その不気味さに、全身に鳥肌が立ってしまう。
『ウマソウダ。ワレニ、トドケヨ』
ずっしと重たい声色で、クイーンが人の言葉を話した。
不気味さが加速する。軽く、パニックになりかけるくらい、僕は今クイーンから漏れ出る威圧感に飲み込まれかけていた。
「人語を操るか。ゴブリンで魔族まで進化しているとなると、あれはゴブリンクイーン間違いない」
人の言葉を操る魔物を魔族という。キャロも僕の魔力があがるにつれて人語を操りだした。クイーンも進化した魔物という訳だろう。
体ががちがちになる僕の肩に、優しく手を乗せてくれた人がいた。
「シロウ、大丈夫。私が絶対に守ってあげるから。だからリラックスして。ねっ」
彩さんがステキなウインクまでしてくれて、僕の緊張をほぐす。
……なんて愚かなんだ、僕は。
彩さんを守るためにここにきたのに、僕が飲まれてどうする。
僕はただの陰キャに非ず。彩さんの肉壁になれるエリート陰キャだ。
何と戦うかではない、誰のために戦うかを考えたら、僕から自然と恐怖が消えた。
自然体に戻れている。
クラスで一人浮いて、弁当を静かに食べているときくらい自然体に。
陰キャの構え一の型、静寂!!
「ありがとうございます、彩さん。もう大丈夫です。ゴブリンに僕たちの力を見せてあげましょう」
「よしっ、どうせもう逃がしてはくれないさ。やるだけやろう」
レイザーさんが片手剣と盾を構えた。
「ガキども、俺から離れてな。手加減してない俺は、危険だぜ」
痛いおじさんシンヤさんからは離れておいた。実際、あの人の炎の魔法は危なそうだ。
ゴブリンの亜種に囲まれたクイーンは盤石の態勢だ。
こちらを余裕な態度で見下ろすのも納得できるくらいに、粒ぞろいのゴブリンたち。
クイーンが親指と人差し指でワッカを作り、魔力のレンズを通してこちらを見る
『56000。40000。キョウイ。ダガ、マケハシナイ』
「んあ?」
しんやさんはクイーンが何を言っているか分かっていないみたいだ。
というか、僕以外に分かっている人はいないだろう。
あの魔力のレンズは、どういう仕組みか、僕たちの魔力を見抜いてしまった。
僕と彩さんの魔力量だけを口にしたのは、それ以外は脅威ではないというクイーンの自信だろう。
……その自信が本物なら、僕たちは本当にやばいかもしれない。
クイーンのタクトで、ゴブリンが動き出す。
雪崩のように押し寄せるゴブリンに、彩さんの魔法が襲い掛かる。
『大寒波、逆氷柱!!』
氷の風で体を凍らせた直後に、地面から生えた巨大な氷の棘でゴブリンを大量に葬り去る。
数が一気に減るが、その攻撃を余裕で躱したゴブリンもいた。
『炎の絨毯!!』
畳み掛けるようにしんやさんの炎魔法がゴブリンを襲う。
更に数を削る。
広範囲魔法で雑魚を葬り去ったのを見計らって、レイザーさんと茜さんがゴブリンに斬りかかった。
あの二人を気にかける必要はない。
連携のとれた二人だ。
僕は常に彩さんを気にかけつつ、1割くらいはしんやさんにも意識を向けとかないと。
そう思っていたが、背後から殺気を感じて振り返ると、細い剣を振りかざす猫背のゴブリンがいた。
間一髪で躱す。魔力が上って感覚が鋭くなっていなければ、間違いなく首を取られていた。
「シロウ!?」
「大丈夫です。彩さんは自分の戦いに集中して下さい。まだ動いていないゴブリンの亜種もいます。こいつを倒したら、僕もそちらの加勢に入ります」
「かっこいいじゃん。ちょっとキュンと来ちゃった。絶対に無事に帰るよ。他の亜種は私に任せて」
背中は彩さんに託した。
ちょっと待て。今キュンと来たって言わなかった?
言ったよね、絶対に言った!!
『オマエ、コロス。オレ、ニバンメニツヨイ。クイーンニ、クビトドケル』
素敵な気持ちが台無しだ。
僕たちを案内してくれた猫背の長身ゴブリン。こいつまで人語を操るのか。
本当に2番目に強いなら、僕のところに来てくれたのはラッキーだ。
ここでこいつを確実に仕留めて、クイーン戦までに脅威を取り除いておきたい。
『オマエノ、アシハメスニプレゼントスル。キット、ヨロコブ。キョウハ、ウタゲダ』
へぇー、僕を切り裂いて意中の人にプレゼントか。洒落てるね。
宴ってあれでしょ?パーティでしょ?
じゃあこのゴブリンはパリピだ。つまり陽キャ。陽キャは僕の敵だ。殺す!
「キャロ、ヴァネ、サボ、出ておいで」
ダンジョンの最奥で、黒いゲートが開かれた。
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