第36話
僕の使役する3体の魔物を召喚した。
キャロは嬉しそうに僕に纏わりついてじゃれてくる。
ヴァネはどこかへ飛んでいってしまった。
サボは流れる砂の川にダイブして行ってしまった。
……役にたたねー!!
召喚したはいいものの、全然戦力になる気がしない。
頼った僕もあれだけど、それにしてもでしょ!
全く、いきなり召喚だなんて僕も思考が守りに入っている気がする。目の前のゴブリンの脅威に少し怯えたのかもしれない。
猫背のゴブリンは手にした細い剣を舐めながら、嬉しそうに僕との戦闘を待ち望んでいた。
ペロペロ舐めすぎて舌をスパッと斬ってしまい、自滅してくれると良いが、そんな間抜けなことにならないのは明白だ。
『キヲツケロ、ニンゲン。オレハ、マホウヲツカウ』
それが本当なら、結構やばいかも。
基礎戦闘力なら、今の僕の魔力でなんとかなる気がする。
しかし、碌に戦闘経験のない僕なので、相手が魔法の手練れだと対応できない可能性が出てくる。
しんやさんや彩さんおような強力な魔法の使い手なら、この戦い、乗り越えるのは至難の業かもしれない。
喧嘩こそ最近ライガー君たちとやってきたが、魔法での戦闘はダンジョンくらいでしか積めない。
自分の経験不足が、少しばかり自信を消失させる。
猫背のゴブリンの魔力が高まるのを感じた。
体からバチバチと音がし始め、黄色いトゲトゲとした魔力がその体を覆う。
『オレハ、ゴブリンサイソク。ツイテコラレルカ?ニンゲン』
「……うそだろ」
これは雷の魔法。
まさか、まさかの、お得意様がきたあああああああああ。
雷魔法はライジン大先輩との戦いで経験している。
唯一経験があるといってもいい魔法属性だ。
対処しきれない魔法だったらどうしようと思ったが、前日に詰め込んでいた部分がテストに出てきたようなラッキー具合だ。
「――っ!?」
雷魔法が完全に体を覆った瞬間、猫背のゴブリンが僕の目の前から瞬間移動したかのように消えた。
しかし、消えたわけではないことは分かっている。
雷魔法による加速だ。
点で追うとダメだ。残った光の線を追え!
魔物の目を召喚していることもあり、ライジン大先輩よりも早い動きをしている猫背のゴブリンを、確かに視界にとらえた。
予測移動地点へと踏み込み、僕から殴りかかる。
一瞬目があい、次に僕の拳が思いっきりゴブリンの顔を殴り飛ばした。
『っ!?』
ぎょっとさせられた後、同じく相手を驚かせてみた。
予想していた展開とは違い、僕の攻撃が先制打となる。
信じられないような出来事が起きたらしい。
ずっと余裕の表情を浮かべていた猫背のゴブリンが、今は目を見開いてこちらを睨んでいた。
「さあ、終わりじゃないだろう?お互い忙しい身だ。とっとと再開しよう」
『ナマイキダ』
陽キャたちはすぐに陰キャを見下す。
世の中にはできる陰キャもいるってことを、その身に教えてやろう。
再び雷魔法を纏った猫背のゴブリンが加速を始めた。
速い。速すぎる。
けど、ちゃんと追えている!
動きに対処できることはばれている。
あほなゴブリンではないらしい。同じように踏み込んでは来なかった。
天井や岩を利用して、僕の周りを跳びまわる。
一定の距離を開けつつ、こちらの隙を探し続けていた。
悪いが、隙はない。
僕は人生でかつてないほどに集中しきっている。なにせ命がかかった戦いだ。気持ちをきらせたら死ぬんだから、そんな間抜けなことはしない。
後ろに跳んでもだめ。僕の魔物の目は後ろもしっかりと見えている。
悪いが、君に勝ち目はないよ、猫背のゴブリン。
この戦い早めに終わらせるのが僕の役目だと思っている。
みんなへの加勢もあるし、クイーンもまだ残っている。
雷魔法は完封させて貰う。
猫背のゴブリンはなかなか仕掛けてこなかった。
かといって、天井まで足場に使うゴブリンを追うのは流石に無理がある。
身軽さでいうと、人間とは比べ物にならないバネを持っていた。
時間稼ぎが狙いとも思えない。
まだ何か警戒が必要そうだ。雷魔法の底を見たわけでもない。
僕はこの戦いを確実に終わらせるため、辺りの音が聞こえなくなるまで猫背のゴブリンに集中した。
かつてないほど良く見える。
そして、距離を詰めてきたのがわかった。いよいよ勝負どころだ。この踏み込みは間違いなく取りにきた動き。
しかし、次の瞬間には虚を突かれた。
「えっ?」
着地した場所が、少し遠い。
僕の攻撃は届かないし、逆に言えば猫背のゴブリンの細い剣も僕には届かない。
なんだその間合いは。
安全には違いないが、やりに来た踏み込みではなかったのか?
そう思った次の瞬間、剣先をこちらに向けていた細い剣から、雷魔法が伸びてきた。
今までの雷魔法とは違う。
凝縮された魔力で、切れ味鋭い雷の刃が伸びてくる。
警戒していたはずだが、未知の魔法には対応しきれない。
しっかりとゴブリンの間合いだったみたいだ。
『ギギギッ、シネ』
避けるのは無理だ。体が反応しきれない。
とっさに手を突き出して、雷の刃を受け止めた。
軽々と手を突き抜ける刃。
「――いづっ!!」
そのまま進める訳にはいかない。
無意識の行動に近かった。雷の刃を掴む。鋭い刃が僕の手のひらを切り裂くが、関係ない。
やばいの勢いが止まるまで、力づくで握りしめた。
辺りに血が飛び散るが、雷の刃は僕の眼前で止まった。
ビリビリとした魔力が皮膚を刺激する。
体全体に衝撃が走る痛みだ。手の痛覚が全力で悲鳴を上げる。
安全に、安牌に生きてきた陰キャライフで、これほどの刺激はなかった。
妙に嬉しい感じがした。味わったことのない感覚を味わうって、意外とわるくないかもしれない。
雷の刃をもう離すことはない。
僕は力の限り、刃を引っ張った。
素早さでも猫背のゴブリンに軍配があがるが、力はこちらが上だ。
グイっと引っ張れば、態勢を崩した猫背のゴブリンが宙に放り出されてこちらへ飛んでくる。
あまりの勢いに剣も手放した。
宙から落ちてくる猫背のゴブリンを、奪った雷の刃でそのまま切り裂いた。
柄の部分ではなく、刃を握ったまま使ったので威力に不安があったが、しっかりと真っ二つにできた。
倒れる猫背のゴブリンが、こちらを一瞥する。
『ドウセ、クイーンニハ、カテナイ』
そう言い残して、大きな魔石を残して消えていった。
「はあ、はあ、はあ……」
戦闘が終ると、呼吸が途端に乱れた。
これだけ鬼気迫る戦いは初めてだったので、思ったより疲労がたまっていた。
精神も肉体も集中しきっての戦いだったから、想像しているよりも負荷が来ているのだろう。もっとリラックスして戦わなきゃ。でも油断してたら、負けてた相手だったかもしれない。
反省点は多いが、とりあえず勝てたことに満足しよう。
振り返るのは後日にして、僕はみんなの加勢に戻ることにする。
雷の刃を手の平から抜き去る。
血が飛び散った。
「あ゛っ!!」
痛みも凄いけど、この流血量はやばいかも!
普通に怖いレベルで垂れ流しだ!
ヴァネが寄ってきて、僕の血をペロペロと舐めている。
飲まないで!こんなときばっかり寄ってきて!
『ヴィ』
なんかもう一匹も川から帰って来ていた。
戦いが終わると同時に、ヴァネもサボも帰ってくる。薄情なやつらめ!
ヴァネはまだしも、キャロの話だとサボはとてつもなく強いはずだ。
猫背のゴブリンくらい葬ってくれたらいいのに。クイーンもやってくれたら、尚のこと良い。
砂漠の一族の長だからね、そのくらいは期待してもいいはずだ。
『ヴィ』
僕の傷口を眺めていたサボが、何かを言ってくる。
何を言っているかわからなかったけど、次の瞬間にサボから勢いよく棘が飛んできた。
ぐさりと手のひらに刺さる。
大した痛みじゃなかったが、なんで!?なんで刺した!?
「……え?これは」
次の瞬間から、その意図が分かった。
傷口がみるみる塞がっていく。
時が遡るように、傷口の血が止まり、傷口が修復されて元通りになっていく。
時間が遡るように見えていたが、これは時間の魔法ではない。
確かに治療魔法だった。
その証拠に、僕の手のひらと甲の部分には貫かれた傷跡が残っている。
『ヴィ』
『砂漠の一族は俺が守る、だってさ』
キャロが翻訳してくれた。
かっ、かっこいいいいい!!サボ先輩、サボって川で遊びやがってとか思ってすみませんでした!
めちゃくちゃかっこいいお方でした!
最後に頼れるのは、サボ先輩だったみたいだ。
『ヴィ』
『ここの砂の川、最高だからもう一回遊んでくる。だってさ』
「あっはい……」
やっぱり普通に遊んでいたけど!僕が死闘を繰り広げている間、遊んでるけど!!
でもありがとう!!
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