第32話

ダンジョンを先導してくれたのは、スーツ姿の職員さんたちだった。

男性の方が、振ってくるスライㇺを動作も無しで葬っていく。


おそらく風魔法の使い手。かまいたちのような見えない刃がスライムを切り捨てていく。エリートと聞いていたけど、雑魚には反応すらしないのか。冷静な様が、とても格好良い。


スライム相手に『炎の絨毯!!オラアア』みたいな感じでイキッていた人とは大違いだ。誰とは言わないけど。


僕たちの歩いていく道にスライムの魔石がぼとぼとと落ちていく。

今回の探索はスライムが目的ではないので、魔石はスルーだ。あれでも数百円になるらしいから、僕の金銭感覚では勿体ないと感じてしまう。


しかし、これ以上荷物を増やすと、この先の探索が苦しくなる。

ここはC級評価以上のダンジョンだ。場合によっては日帰りが出来ない想定もされており、レイザーさんは全員分の寝袋を持ってきてくれている。


B級以上のダンジョンは基本的に複数日を想定しているらしい。C級ダンジョンはダンジョンによりけりだ。連君がダンジョンデビューしたダンジョンは、難易度こそ高いが日帰りで帰れる規模だった。


今日はどちらかまだ分かっていない。

しかし、協会の探知魔法使いは優秀らしく、事前に得たゴブリンの強さと、ダンジョンから感じ取れる魔力の強さでダンジョンをおおよそ評価できるらしい。その精度は8割にのぼる。


……微妙な数字と思ったのは僕だけじゃないはずだ。

探知魔法というのを僕は使えないから、どれだけ凄い事かはわからないけれど、なんか微妙。実際栃木第五ダンジョンの評価は間違っていたし……。


そういうところを指摘しちゃうと、エリートは狂ったようにブチ切れるので、口にしないように気をつけよう。


このダンジョンは一本道なので、僕たちは滞ることなく先へと進めた。

女性職員はこの間、常に探知魔法を使っている。


どこに隠しフロアがあるのか分かっていないので、より近くで探知することにより見落としをなくしているらしい。

それでも経験と知恵から、ある程度の目安はついているようにも見えた。


ダンジョンの奥付近、例のゴブリンの群れと戦ったフロアに来て、一度立ち止まったくらいで、その後も進み続けた。


とうとう、ダンジョンの最奥までくる。

薄暗い通路の先には、岩の壁があり、行き止まりに見えた。


「やはり見落としがありましたね。ここです。この先に隠し通路があります」

女性職員が岩の壁の奥を指し示す。

僕たちは何も感じないし、何も見えないが、この先にまだ世界が広がるっているようだ。


僕が魔物の目を使ったときは、ここにいた熟練のゴブリンに集中していたこともあり、隠しフロアには気づかなかった。

前提知識があれば、あの段階で見破れたのだろうか?


どちらでもいい思考をやめて、職員たちの仕事に注視した。

女性職員が壁に手を当て、『解除』と口にした。


この人は探知魔法だけでなく、結界魔法の解除も使えるらしい。

珍しい魔法の組み合わせだ。この人は絶対に出世コースに違いない。

男の人が先導しているようだけど、多分出世せず、一生現場タイプだ。

かわいそうに。僕は大人の世界の悲しい一面を見た気がする。


「なぜ憐みの視線を向ける?」

「いや……」

感づかれたか。


解除魔法が使われた場所は、岩が崩れて行き、新しいフロアが姿を現した。

僕たちのいる薄暗いエリアを照らすように、明るいダンジョンだった。


岩場でゴツゴツしたダンジョンには変わりないが、天井から光が漏れ入っていて、明るいダンジョンだ。

気温も上がったのか、少しポカポカしている。


耳障りのいい音が聞こえるのは、砂が流れている音だった。

水の流れのように、小さな砂の川がそこらじゅうを流れている。見たことのないロマンチックな場所だった。


「見つけたわね。ここからが探索の本番よ」

「俺たちの仕事はここまでだ。後はレイザー、お前たちに頼んだ」

「おう。ここまで助かった。後は任された」

「無理をするなよ」

「当然だ」


職員二人はここまでだ。

二人がいたら心強いが、ここまでで結構魔力を消費している。最後まで一緒にっていうのは贅沢すぎる願いか。


「……これは」

男性職員が、しゃがみ込み何かを手にした。

片手にすっぽりと収まるサイズの、岩だろうか?


「見落としていたが、これは魔石だ。なぜこのサイズが?」

魔石はサイズによって魔物の強さを測れると聞いたことがある。単純に大きければ強い。ドラゴンのような魔物は魔石が小さくても強いのだが、基本的なルールは魔石の大きさに比例して魔物も強くなる。


そして思い出した。この魔石は前回回収せずに放置した魔石だ。

熟練の弓使いのゴブリンを仕留めたときのやつ。


「ここに魔石がある理由……分からないがレイザー、下手したらここはB級以上のダンジョンになるかもしれない。そうなったらお前たちでもきつい探索になるぞ」

「不可解だな」

正直に言った方がいいのだろうか?

僕がやりましたって言った方がいいのだろうか?別に悪いことをしたわけではないのに、なんだか教室の花瓶を割ってしまい、黙っている小学三年生の頃のような気分だ。


「随分と経費をかけてしまったが、俺は引き返してもいいと思う。しかし、ここまで来た以上、一応みんなの意見も聞きたい」

引き返す道もあると提案して、レイザーさんがみんなに意見を求めた。


「行くよ。私は行きたい。B級だとしても、いずれは通らなきゃいけない道でしょ?それにさ、このチームもそろそろ名を売ろうよ。私は中級冒険者で終わるつもりはない」

彩さんの強い意志が垣間見える言葉だった。

先日も連君相手に強いライバル心を見せていた。彼女は凡庸で終わることを良しとしない。だからこそ、見た目以上に美しく見えるんだろうな。その果敢さ、勇気、同時に存在する危うさがなんとも美しい。


僕が惚れた女性は、心から美しく見えた。ライダースーツが食い込んで、ヒップラインがクッキリしているからより美しく見えているわけではない。本当に心が美しいのだ。


茜さんとしんやさんも行きたがっている彩さんを支持する。


「シロウくん、君は?うちで一番弱い君の意見を最優先する」

いかにも軍人さんらしい考え方だ。

軍では一番優れている人ではなく、一番劣っている人に合わせて行軍すると聞いたことがある。


僕の返事はもちろん決まっている。

「行きますよ。そして、無事に成果を持ち帰りましょう」

彩さんが行くところ、陰キャあり。

僕が守ります。陰キャでも肉壁になれることを証明します。


「よし!決まりだ。危険を避けてきたが、彩の言う通りかもな。俺たちは今日の探索を持って、チームの格を上げよう」


まだ心配する職員たちを説得して、僕たちは前に進むことにした。

マッピングも済んでおらず、どんな魔物がでるかも情報がない。

全く無知なダンジョンへと、僕たちは踏み出す。


少し恐怖はあった。

しかし、この時のためにきっちりと準備をしている。

僕の魔力は56000。

きっと大丈夫だ。


それだけではない。僕には召喚魔法もある。

まだ力を発揮できないキャロを除いても、ヴァネとサボがいる。


大丈夫だ。何が起きても、僕が彩さんを守る。

最悪、僕がレイザーさん、茜さん、彩さんを抱えて逃げればいい。人三人を抱えるくらい、今の僕には楽勝だ。


しんやとか言うやつは知らん。自力で逃げてくれ。

それと、陰キャにもプライドはある。みんなの前で言う訳にはいかないが、心の中で叫ばせて貰う。このパーティー最弱は僕に非ず。

しんや、てめだあああああああ!!


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