第31話
栃木第五ダンジョンの再探索が決まってから、1週間の猶予が与えられた。
チームのみんなはそれぞれに準備があるみたいで、忙しそうだ。
僕にも当然準備がある。
何よりも優先すべきは動画投稿だ。動画投稿して登録者が増えれば、僕の魔力が増える。魔力を増やす以上の準備などないので、やるべきことはこれだろう。
といっても、毎日やっているので日常と変わらないんだけどね。
ラッキーダンジョンの動画は未だに視聴数が安定して増え続けており、新しい視聴者層を開拓してくれていた。
そしてキャロ達のコスプレ動画は海外ニキたちにもうけがよくて、ちょっとびっくりする数値を叩き出していたりする。
その甲斐あって、動画登録者は3万人、SNSのフォワーがざっと1,5万人。僕のベース魔力と合わせて、現在の魔力量55000くらいといったところだ。とても順調に伸びていて嬉しい限りだ。
気づけば、遥か高みの存在にいた彩さんの魔力量を抜いていた。
まさか、僕がこんなにも、やればできる子だっただなんて……。
お母さん、シロウはやればできる子でした!!
「シロウ、あんたまたなんか大きな動画アップしてるんでしょ!ドラマが止まっちゃったじゃない!」
「ごっ、ごめん!」
下の階から聞こえてきた母さんの声にドキッとした。毎回動画のアップロードをしているときに、うちのお母さんは海外ドラマを見ているのだ。
毎日忙しく家事をこなしてくれている母さんは、一日に2時間くらいは自分のための時間を作ってドラマ視聴をしている。今は海外の歴史ものファンタジードラマにドハマり中だ。
僕の動画アップロード時間と度々被るので、非常に申し訳ない。
我が家のネット回線が貧弱なので、毎度ドキドキハラハラさせられる。
最新のアップロード動画は、僕の自分語りだ。
少し脚色したこれまでの僕の人生だ。
多少は美化して、激動っぽく語っておいた。本当はずっと教室の隅にいるような生徒だったけれど、自分語り上の僕は輝かしいヒーローなのだ!
……結論から言おう、僕の自分語りは地獄だった。
見たいことのない再生数を記録した。
ぎりぎり1000回行きそうな再生数だ。
そりゃこれでも立派な再生数だけど、僕の動画はこれまで万単位が当たり前で、キャロのコスプレ動画は数百万回の再生数を記録して今尚伸び続けていた。
自分がある程度人気を得た動画投稿者になれた、なんて自惚れていた。
僕の出す動画はどれも面白いくらいに伸びたので、きっと僕本人にも興味を持って貰えているものだと勘違いしていたのだ。
世界は僕が思っている以上に、陰キャに興味がない!!
陰キャの自分語りに価値なんてなかった……!!
僕は膝をついた。動画削除のボタンに手を伸ばしかけた。
しかし、思いとどまる。
ちゃんとコメントが来ていたからだ。
最近ではコメントが1000件を超えることもあったので、名前を覚えるのは厳しくなってきた。それでも初期からコメントしてくれている人たちの名前はちらほらと覚えている。
初期から見てくれている人たちが、自分語り動画にコメントしてくれていた。
『シロウさんにこんな過去があったなんて。何より今が元気そうで良かったです』
僕の盛りに盛った悲劇エピソードに共感してくれるだなんて、この人の優しさに涙しそうだ。
ごめんなさい。雨の日に車に水をかけられて風邪を引いた話を、氾濫しかかった川に飲み込まれて三日三晩生死の狭間をさまよった話にまで昇華させてしまったのに、素直に信じてくれてありがとう!
僕はあなたの名前を忘れない!!暖かいコメントを忘れない!!
この地獄みたいな自分語り動画は、残しておくことにした。
二度と同じ過ちをしないためと、過去の愚かな姿をみることで自分の成長を感じるためだ。
「はっ!!」
僕は今、リアルタイムで動画登録が解除される瞬間を見てしまった。
きっと今までも登録解除されたことは何度もあったはず。しかし、増える人数の方が多くて気にならなかったし、細かい数値を追うこともなかったので見たことがなかった。
たった今、解除の瞬間を見てしまい、自分語り動画との因果性を考えざるを得ない。
「はっ!?」
また解除された。
自分語りなのか……!?自分語りはそれほどまでに罪深いのだろうか!!
なんども悩んで、結局消さない決断を下した。
せっかく撮影した動画だ。自分の行動を無駄にしたくなかったので、そのままにしておいた。
この日、僕はダンジョンに入る前日以上に緊張して寝付けない夜を過ごした。
朝起きると、動画投稿者はいつも通りの水準で伸びていた。
杞憂だったみたいだ。自分語り動画はそれほど嫌われていなかった。
再生数こそひどいが、いいねの割合はいつも通り。
陰キャ、それほど世界から嫌われていなかったみたい。
そうして徐々に上がり続ける登録者に背中を押されて、栃木第五ダンジョンの再探索当日、僕は魔力56000で迎えることが出来た。
体の調子が良い。
魔力も淀みない。
荷物も全て持った。
ダンジョン衣装である学校のジャージを来て、僕は家を出た。
ジャージを汚すのはいいけど、穴を開けたりしたらお母さんに怒られそうだ。気をつけてダンジョン探索をしないと。
きっちりとお腹を冷やさないように、シャツインして僕は家を出た。
「行ってきまーす」
そのうち、連君みたいに魔物の素材でできたかっこいいダンジョン衣装を買えるようになりたい。岩崎さんのお世話になるのはまだまだ先みたいだけど、僕向けに作ってくれるものがあるらしいし、とても楽しみだ。
それまで、どうか持ちこたえてくれ、僕のジャージ。
お母さんに怒られるのは、動画のアップロードだけで十分だから。
栃木第五ダンジョンまでの道中は前回と一緒だった。
新幹線に乗り、送迎用のバスに乗ってダンジョンまで入った。
みんなの衣装も前回と同じだ。
彩さんは変わらずセクシーなライダースーツを着ている。胸や尻のラインが強調されていて、僕の目に優しい。にっこりである。
前回は気づかなったレイザーさんたちの迷彩服も、よくよく見ればこの世界の素材ではない気がしてきた。わずかな魔力の流れを感じる。ダンジョンでとれた素材で、お揃いの衣装にしているのだろう。
チームの色を出すために、ダンジョン衣装を揃えるチームは一定するいるらしい。仲がいいからやっているところや、強制のところまでいろいろとある。
僕と彩さんには指定がなかったので、うちは基本的に自由という訳だ。
ダンジョンのゲート前に辿り着くと、スーツ姿の男女が一組待ち受けていた。
「やあレイザー、時間通りだね」
「よう。みんな、こちらはダンジョン協会の職員たちだ。前回ラッキーダンジョンのことを教えてくれた人でもある」
ぺこりと一礼しておいた。初めての人とは話せないタイプの性格なので、後ろに潜んでおく。
ダンジョン協会は、この世界に魔法とダンジョンが出現して以来、国が税金をつぎ込んで作り上げた組織である。
ダンジョンの管理を行い、新しいルールなんかも彼らが決めることになっている。
集まっているメンバーはエリート中のエリートたちらしい。インテリっぽい雰囲気な人たちは、大抵エリートだと思って間違いはない。
二人とも黒縁メガネを身に着けており、3秒に一回は眼鏡くいっ動作をしていた。うん、間違いなくエリート。
「今日はダンジョンの隠しフロアの探知と、隠しフロアへと続く結界の解除の為に同行してくれる。二人はそこまでだ。未知のゾーンは俺たちのチームだけでこなすことになる」
「若いですね……」
「彩もシロウ君も戦力だ。むしろ二人がいないと、今回うちはこの仕事を断っていただろうな」
「そうですか。それは頼もしい。若い人に死なれるのは寝覚めが悪いですからね。やばそうなときは、仕事を放棄して引き返して下さいよ」
「任せろ」
そこらへんは、レイザーさんを信用していいだろう。
前回もそうだったけど、引き際を見誤るような人ではない。
僕が安心してダンジョンに来ているのも、レイザーさんを信頼してのものだ。
しかし、危険なことも事実。
このダンジョンはあくまで評価C以上。隠されたダンジョン次第では、この評価は更に上がるのだから。
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