第33話
10万越えをした大事なアクションカメラをネックマウントにつけて固定した。
ここまでは手に持って撮影していた。
職員さんたちが全部やってくれていたので、僕は撮影に集中させて貰っていたわけだ。
といっても平易な栃木第五ダンジョンの序盤は映像にするようなところもないので、隠しフロアの解除から撮影している。
ラッキーダンジョンの映像は未だに需要があるみたいで、再生数が安定して伸び続けている。新しい層のチャンネル登録者を開拓してくれた動画だ。隠しフロアを守る結界の解除も滅多にみられるわけじゃないだろうから、しっかりと映像に収めた。
結界が解除されて、川の水のが流れるように砂が流れていく隠しフロアは、映像のギャップがあってとても良い。
ここまでで区切ってアップしても良いかもしれない。普通に映像の美しさで再生数を稼げそうだ。
再度ネックマウントにアクションカメラが固定されているか確認して、僕はレイザーさんたちに続いて隠しフロアへと入っていった。
後ろには、スーツ姿の職員さんが僕たちを見送ってくれている。
一応手を振っておいた。探知魔法と解除魔法を使った真面目系美人の職員さんに手を振ったつもりが、風魔法のおっさんに手を振り返された。
「……ん」
出世しないおっさんのほうに気に入られてもなー。
ダンジョン協会の人と仲良くしておいて損はないとレイザーさんも言っていたので、まあおじさんの方でもいいか。
陰キャの僕がこんな積極的な行動をとれるのも、一般的に言われるダンジョンズハイっていう状態になっているからかもしれない。
ダンジョンに入る者たちがハイな状態になって、普段ではやらないことをやってしまうことを指す言葉だ。ダンジョンズハイは良い方に出ることもあるし、悪い方にでることもあるので気をつけたいところだ。
実際、結構興奮しているのを自覚できる。
早く戦いたい。強敵を望んでいる自分がいる。陰キャのワイ、戦闘民族になる。
「常に足元に気をつけて。流れる砂は思ったよりも勢いが強い」
大きな川のように砂が流れている場所もあるが、レイザーさん注意を促しているのは、まさに僕たちの足元の小さな溝を流れる砂である。
どういう原理で砂が流れ続けているのはわからないが、流れる砂は確かに足元を滑らせる。
こけて大きな砂の川にでも飲み込まれたらと考えると、背筋が冷たくなる。
僕は彩さんに注意を向けながら歩き続けた。彩さんが転倒したら、まっさきに手を差し伸べられるように。最後尾のおっさんも時と場合によっては助けるけど、彩さん最優先だ。
僕がカメラを回しているように、レイザーさんも腕に小型のカメラが付いた装置を巻き付けていた。
マッピング装置というものらしく、カメラの映像と僕らが歩いた道で、後日マップを作り上げることが可能なのだとか。
僕たちの今回の仕事にはこのマッピングもあるので、いかにも行き詰りそうな道も進んで行くこととなった。
しばらく探索して判明したことは、一番大きな砂の川に沿って歩けばこのダンジョンの奥へと行けることだった。
途中川から逸れるような小道は、全てが行き詰まりだった。
珍しい鉱石があるが、今は採取しない。
マッピングと、まだ見ぬ魔物への警戒のほうが大事だからだ。
警戒すべき最初の魔物は、その砂の川から飛び出してきた。
砂の流れる勢いに乗じて、サソリのような魔物が飛び出す。
10匹ほどで、サイズは中型犬くらい。
固そうな黒色の外殻と、既に液体が滴る毒の尻尾を持っている。
魔物の急襲に反応したのはレイザーさんで、盾を構えて、岩魔法を使用して盾の面積を拡大して、サソリを全て撥ね返した。
「サンドスコーピオンだ。毒に気をつけて戦うように」
知っている魔物みたいで、安心だ。
レイザーさんがサソリの大半を引き付けて、片手剣で処理していく。
茜さんは常にレイザーさんのフォローで、付与魔法を使用している。二人はセットで戦うと考えたほうが良さそうだ。
僕たちは残ったサソリを処理しようと思ったけど、既に彩さんの手が届いていた。
『大寒波』
強い風がサソリを襲い、次の瞬間にはきれいなガラスに覆われたような状態でサソリたちが氷漬けにされていた。
風にあおられた波が凍っているようにも見える。
「良いとこどりすんじゃねーぞ、彩。今から俺の極大魔法を使うところだったのに」
「あっそ」
しんやさんのことはあんまり相手にしな彩さんだ。クールビューティである。
氷漬けになったサソリたちはまだ絶命していないので、僕は後始末をつける。
大きな石を持って氷を砕くと、サンドスコーピオンは魔石に変化した。
一応実験も兼ねて、尻尾をポキリと折った後に本体を石で砕くと、魔石と尻尾が手元に残る。この尻尾が素材ってやつか。ダンジョン衣装を作る岩崎さんが言っていた通り、倒す前に素材を剝ぎ取れば消えないらしい。
他の部位も試したが、仕留める前ならやはり素材は残った。
良い実験になったな。これは持って帰れないけど、今後の役に立ちそうだ。
チームを見渡せば、レイザーさんと茜さんのコンビもサンドスコーピオンを倒して、魔石に変えていた。
「これくらいなら簡単だな。そっちもご苦労様」
レイザーさんがみんなを労う。こっちは彩さんが一人でやったので、僕としんやさんはニートしてました。とどめを刺したのは僕なので、本当のニートはしんやさん一人だけど。
「これなら順調に最奥まで行けそうだ」
頼もしい限りである。全員が戦力としてカウントできるので、変にフォローしあうこともない。
唯一茜さんが前線に立つのは危ない気がしたが、夫婦の連携もあるし、レイザーさんの岩魔法の使い方も上手い。
始めてみたけど、岩魔法の使い手だったのか。
盾を拡張する役割でつかっていたけど、あれは面白いアイデアだ。自分ならどうやって突破するだろうと考えた。
やはり正面切って岩の盾を割るしかないだろう。割れなかったとしたら?
一気に苦戦する未来が見える。
身体強化の付与魔法を使う茜さんとのコンビは、僕が想像しているよりも強いものに思えた。
いつか手合わせ願いたいものだ。陰キャのワイ、またもや戦闘民族になる。
軽く休憩を挟みつつ、僕たちは順調にダンジョンのマッピングを進めることが出来た。映像もしっかりと撮れている。
僕の戦闘シーンはないが、彩さんの魔法が格好良すぎるので撮れ高充分である。
道中、またもや砂の川からサンドスコーピオンが飛び出してきた。
なんだか、このダンジョンの特徴が掴めてきた。
魔物が飛び出してくる可能性があるのは、この大きな砂の川と、岩陰くらいか。
岩陰や隠れて天井から来たとしても、川から一斉に来るようなことはできない。流石にこちらの警戒網に引っかかる。
砂の川に最大限の注意を払う、これがこのダンジョンを攻略する正攻法な気がしてきた。当然レイザーさんも報告するだろうから、僕からみんなに言う必要はなさそうだ。
「なんだあ?砂の川からばっかり魔物が!こんな急襲、予想しきれねーよ!」
……学ばない後ろの馬鹿には後で教えてあげようと思う。一応チームなので、怪我でもされたら困る。
先ほどよりも大きいサンドスコーピオンだったが、やはり彩さんの氷魔法の前に手も足も出なかった。
とどめを刺すときに少し硬さを感じたが、問題なく砕けた。
レイザーさんたちの方は少し時間がかかったみたいなので、しんやさんが炎の槍を投げて加勢していた。
サンドスコーピオンの成虫型らしい。なるほど、それで先ほどより強かったわけか。
更に進んで行くと、またもや砂の川からサンドスコーピオンが飛び出た。
赤い外角で、サイズも大きい。
レイザーさん、彩さん、しんやさんがそれぞれサンドスコーピオンを相手していくが、明らかに先ほどよりも手ごわい。
一度凍らされて動けなくなったサンドスコーピオンが、強引に氷を割って戦闘に復帰した際には彩さんも驚いていた。
驚いてはいたが、彩さんには敵わない相手だろう。
調子の良さそうな彩さんはサンドスコーピオンの亜種を一人で5匹も足止めしていた。しんやさんが1匹で。レイザーさん茜さんのコンビが4匹。魔力量を考慮すれば、妥当な配分か。
全員無事に勝てそうだ。
僕は見学だ。まだ手を出さなくても何とかなりそうだし、陰キャは控えめくらいがちょうどいい。
毎度10匹の襲撃に、次第に強くなる相手、等間隔での魔物の登場。
僕はこれに違和感を覚えていた。
魔物らしくない、統率のとれた動き。
誰かに動かされている?
まるでダンジョンから試されているかのような気分だ。
「シロウ、そっちに一匹行った。任せていい?」
「はい」
彩さんの氷魔法を掻い潜ったサンドスコーピオンの亜種が向かってくる。
グイグイと地面を移動してきて、直前で僕にとびかかった。
悪いが、魔法を使うまでもない。動きが良く見えるし、体も良く動く。これが魔力5万越えの世界か。
毒針のついた尻尾を片手でキャッチして、尻尾を千切った。
体を地面に叩き付け、足で踏みつぶす。大型犬くらいのサイズはあったが、一撃で粉砕して葬ることに成功した。
魔力量の暴力によって、僕はパワー系陰キャと化している。このくらいの相手なら魔法すら必要なさそうだ。
千切った尻尾は素材として残ると知っている。
持ち帰るつもりはない。飛び道具が欲しかっただけだ。
さて、陰キャは陰キャらしく、陰に潜む者でも探すとしよう。
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