第23話
満場一致でラッキーダンジョンに向かうこととなったので、急遽宿をとって、そこに泊ることとなった。
群馬はダンジョンの魔窟で知られる土地となりつつある。
不思議と高難易度ダンジョンは東京や大阪という大都会に集まる傾向があるのに、群馬だけ例外で難関ダンジョンが多くひしめいている。
冒険者にとってこの土地は馴染の土地となりつつあった。
「え?部屋が3部屋しか空いてない?」
ラッキーダンジョンがまだ何か分かっていないけど、随分と歴史ある高級宿をとってくれた辺りを見ると、いい稼ぎになるんじゃないかと思われる。
レイザーさんがなにやらフロントで揉めているが、それはもしかしてトラブルではなく、僕からしたら好都合かもしれない。
「かぁー、仕方ありませんね。ちょっと相談してきます」
レイザーさんは茜さんと一緒の部屋に泊る予定で、残りの三人は一人一部屋のつもりでこちらの宿に来たらしい。
外はもう日が暮れて、今さら他の宿を探すのは、明日のことを考えると好ましくない。
「というわけで、しんやとシロウ君、一緒の部屋でいいか?すまん!」
「えーと、しんやさん個室でいいよー。私とシロウで一緒に泊るから。ね、シロウはそれでいいよね?」
「はい、チームにお世話になっている身ですし、しんやさんに個室を渡してあげてください。僕なんかは目をつむった瞬間、どこでも寝られるタイプなので」
「ありがとう!二人がいいやつで助かった!」
ニッコリである。
なんとも悲しいかな。フロントでトラブっていた瞬間から、僕はこのシーンが見えていたよ。IQが一時的に30くらい上がって、セリフから、最後にニッコリ微笑むところまでセットで脳内でイメージ訓練を一度行っている。
僕は分かっていたのだ。
彩さんがこういう提案をしてくれることを!
陰キャという生物は、得てして男として見られない悲劇的一面がありつつ、男(野獣)として警戒されないプラスの面も持ち合わせる。
陰キャ=無害なのである!
心の中がどれほど汚れていようと、行動に移さない限り無害であり、無罪なのだ!
「わー、ここ景色良いー。写真撮っておこうっと」
無事彩さんと二人きりの部屋を勝ち取った僕は、まるで天下人のような気分だ。
景色を撮って、自撮りする彩さんを独り占めできるなんて、天下人以外にできようか。いや、できない。
漢文みたいな言い回しをするくらいには、僕は上機嫌である。
「シロウ、一緒に撮ろうよ」
「はい!」
パシャリ。
大きな窓、バックにはライトアップされた松の大木。けれど、そんなのはどうでもいい!!
記念すべき彩さんとの初ツーショットである。そこが重要だ。
「いいじゃん!後で送るね」
「はい!」
SNSには上げない。僕だけの秘蔵フォルダー行きである。
彩さんも高級宿は慣れていないみたいで、しばらく二人で部屋をキャッキャウフフと見て回った。楽しい、あー楽しい!永遠に続いて欲しい、この時間。
彩さんが先に大浴場に行っている間、僕はググカス先生でラッキーダンジョンについて調べておいた。
流石に情報が大量に出てきてくれた。
ラッキーダンジョンは魔物が一切出ないダンジョンとのことだった。
そして、落ちているアイテム、功績がすんごく旨味のあるものらしい。
確かにラッキーなダンジョンだ。
それで準備もなく急遽向かったわけか。
別にアイテムも鉱石も興味ないが、彩さんと二人きりの部屋に泊れただけで、僕にとってもラッキーダンジョンである。
彩さんが風呂に行って少ししてから僕も大浴場である露天風呂へと向かった。
女性はいろいろ支度もあるだろうし、彩さんが1人になれる時間を作ってやろうという配慮である。
陰キャだろう、心の中はスケベだろうと、僕は紳士でありたい。
脱衣所で服を脱いで、露天風呂へと続く扉を開けたら、そこで全裸のしんやさんが尻をこちらに向けて、ストレッチしていた。今日二度目の汚いケツである。
くそがああああああああああ。僕はまたも心の中でしんやさんを罵った。
既に魔物の目はなくなっているので、女湯を覗くなんてことにはならなかった。
ゆったりとした露天風呂は、初めてダンジョンに入った僕の疲労を洗い流してくれるのだった。
部屋に戻ると、濡れた髪を丁寧に乾かしている彩さんがいた。
浴衣姿に着替えており、頬が火照っている。
いつもはギャルっぽいのに、化粧を落とし、髪を濡らした彼女は純和風美人だった。
色っぽいとは彼女のためにある言葉だと思う。
「いいお湯だったよね~」
「はい」
そういえば、男湯と女湯は仕切りこそあれど、お湯は同じものを共有しているはず。
なにせ天然温泉だからね、分けるのが難しかったのだろう。
ということはだ、彩さんが入った後に僕も入っているから、僕は彩さんの成分が溶け込んだお湯に浸かっていたのか!なんという贅沢!もはやお湯を少し飲んでおくべきだったか?
しかし、突如として汚いケツの映像が出てきた。
彩さんよりもよっぽど僕の近くで温泉に入っていたしんやさんの汚いケツがフラッシュバックする。
くっ。
汚れちまった。
僕はもう、綺麗な体じゃないのかもしれない。
宿の人が既に布団を敷いてくれていて、横並びに敷いてくれていた。
若干距離が開いているものの、ナイスな距離感である。これ以上離れると彩さんが遠くなるし、これ以上近づくと陰キャの僕には耐えられない。
絶妙な距離感。流石は高級宿、この距離感からでもわかるその行き届いた心配りである。
布団に潜って、今日あったことをSNSに投稿しておいた。
栃木第五ダンジョンのゲート写真も添えて、ダンジョンに初めて入ったことを報告する。
すぐにいいねがちらほらとついてくれる。
フォロワーも順調に増えてくれてるのも嬉しいし、こうして反応が返ってくるだけでもとても楽しい。
予定していた動画も投稿して、明日は少し面白いところに行くことを書いておいた。
まだ情報を解禁していいのかわからないので、ちょっとだけ匂わせるだけ。
匂わせは炎上のもとと聞いたことがあるけど、このくらいならいいだろう。
やることはやって、あっという間に夜が更けていった。
隣の布団に潜りこんだ彩さんが、すぐに眠りに落ちる。
寝息が聞こえる。僕はまだ寝付けないみたいだ。
意外と寝相の悪い彩さんの布団を何度かなおして、僕もようやく眠りにつくことが出来た。
早朝、早めに出発するというレイザーさんからの通達通り、僕は綺麗に目覚めた。
陰キャは生活習慣がしっかりしているので、意外と朝の目覚めが良い。
となりでは、豪快に浴衣をはだけさせて、まだ寝ている彩さんがいた。
……かわいいです。寝相が悪いのもギャップがあってかわいい!
彩さんの足が僕の布団に乗っかっている。
夢の中で彩さんに蹴られたけど、あれは夢ではなかったかもしれない。
夢のようなひと時は過ぎ去り、彩さんを起こして僕たちはすぐにレイザーさんたちと合流した。
目的地へと向かうバスの中で、今日のルールを告げられた。
ラッキーダンジョンでは後に入る人たちの為に、アイテムを持ち帰り過ぎないこと。
特に自分たちは栃木第五ダンジョンの件を報告した礼として、先にダンジョンの情報を得ている身なので、このルールは守るように言われた。
この辺りはやはり、とてもプロフェッショナルだ。
レイザーさんのこういうところ、大好きである。
ラッキーダンジョンは後日国から発表されて、抽選に突破したチームのみが順番に入れる仕組みとなっている。
ダンジョンの発見者チームが既に一度入っているらしいので、僕たちが2番目ということになる。
アイテムを持ち帰り過ぎないというのは、明文化されたルールではないらしいが、それでも僕は守りたいと思った。
そういうルールを守ってこそ、一流の冒険者って感じがするからだ。
誇り、プライド……まあそんな感じの感情を守りたいのだ。陰キャにだって、矜持はある。かっこつけたい年頃なんです。
ラッキーダンジョンは、国から発表された後なら動画を投稿しても良いとレイザーさんに許可を貰った。
明日、明後日には情報解禁らしいので、動画もすぐに出せるだろう。
栃木第五ダンジョンとは違って危険もないので、撮影に集中しても誰にも迷惑がかからないだろう。
僕はスマホを手にして、充電が満タンなのを確認する。
まさか僕が、ダンジョン探索の動画を投稿できる日がくるなんて、動画投稿を始めた頃には想像もつかなかった。
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