第22話

彩さんの圧倒的な氷魔法により、残りのゴブリンは一掃された。


戦いが終わったというのに、油断したと言うほかないだろう。

僕はあふれ出る血を両手で覆う。まずい、血が……!?


「シロウ!?どうしたの?」

ダメだ、彩さんの方は見れない!

「陰キャ、お前急にどうした……。さっきから何が起きている」

槍投げも見られたし、唐突に流れる血も見られた。しんやさんにはいろいろと見られちゃったな。


僕は現状、あふれ出る鼻血をなんとか隠そうとしている!

魔物の目を移植していることを忘れて、僕の視線は自然と彩さんに吸い寄せられてしまったのだ。強力な磁場があるので仕方ない。男の視線は自然と彩さんに吸い寄せられるものなのだ。


何が起きたか。


ライダースーツごときでは、僕の視線からは逃れられない。

その生の肌が見えたのはもちろん、後ろ姿だったか、うなじから背中、なななななななんと!綺麗にお尻まで見てしまっている!

桃も、ふくらはぎも、かかとまでも!!


陰キャで女性とほとんど関りのない僕には、あまりにも刺激が強すぎた。

無理だ。こんなの、僕の体には耐えきれない。


大雨の日の川みたく激流が押し寄せ、僕の鼻は簡単に決壊した。


「ご、ごめんなさい。さっきの戦闘で石が飛んできて、鼻に当たったようです。直ぐに収まります」

「本当に大丈夫?顔もなんだか赤いけど、心配だね」

ダメだ!彩さん、それ以上僕に近づいてはダメだ!

死ぬ、本当に死んでしまう!


前まで見えた日には、僕はもうチェリーボーイを名乗れなくなってしまう!

陰キャ裁判にかけられて、無条件に火炙り宣告されること間違いなしだ。


なんとかしようとして目を閉じるが、辺りが見えてしまう。

瞼ごときじゃ、この魔物の視力を抑えきれないようだ。


しかし、この行動が功を奏した。

服が透けなくなったのだ!

目が良すぎるせいで、目を閉じるくらいがちょうど良いとは、なんという目だ。幸運にも解決策が見つかって良かった。


僕は目を閉じて、ポケットティッシュを取り出して鼻に詰め込んでおいた。

ポケットティッシュとハンカチはいつもポケットに常備している。

陰キャはこういうところ、結構まめである。


まだまだ血流が速くて血が止まりそうにないけど、みんなを安心させるにはこのくらいの処置で十分だろう。


「大丈夫です。良い感じになりました。さっ、魔石でも拾いましょうか」

これ以上心配をかけたくないので、僕は率先して魔石を拾いに行った。元気ありますよアピールである。

だって本当は、彩さんの裸を見ただけだから!石なんて当たってないから!


誰よりも仕事をしていない気がするので、僕は誰よりも雑用をこなすことにした。

これだけ言い経験を積ませて貰ったのだ。いろんな意味で。

レイザーさんたちへの感謝を行動で示したかった。


「お前、なんで目をつむったまま動けるんだ?」

途中、しんやさんにつかまってそのことを聞かれた。

魔物の目がバレたら、彩さんの服を透かしてみたこともバレかねない。それだけは隠し通さねば。彩さんに嫌われる未来だけはあってはならないのだから!


「目を閉じてきっちり動き回る訓練ですけど!ダンジョンはどこもここのように視界に頼れるわけではないと思うんです。真っ暗闇のダンジョンだってあるだろうし、目を傷めるガスが充満するダンジョンもあるかもしれません。そんな時に視力にばかり頼っていては、一流冒険者になれないと思うんですけど、逆になぜ目を開けているんですか。いかかでしょうか!」

めっちゃ早口で反論しておいた。


「なっ、なんだよ。そんなにキレんなよ。少し聞いただけだろうが」

はいっ、論破!!


しんやさんにこれ以上のつっこみを許さない圧倒的な言葉攻めで黙らせておいた。

しかし、レイザーさんたちを論破するわけにはいかないので、ちょくちょく目を開けなくては。

耳を澄ませていれば、彩さんが近くにいないことはわかる。

これ以上、好きな女性の裸を盗み見したくない騎士道が僕の中にあるので、最新の注意を払って目を開ける必要がある。


音、匂いを感じる。彩さんは間違いなくいない。

一度目をあけて、正常アピールをしようとしたら、目の前にしんやさんがいた。

……きたねーケツを見てしまった。


くそがあああああああ!!

僕は珍しく汚い言葉で他人を罵った。本心から。


おかげで鼻血は止まったけど、高級フレンチのフルコースの締めに、シュールストレミングを食べさせられた気分だ。

デザートになんてものを持ってきてくれたんだ。


「みんな、ここの魔石を拾い終わったら今日は引き上げようと思う」

レイザーさんが全員に聞こえるように呼び掛けた。

ダンジョンはまだ続いているし、最奥も見えている段階だというのに。


「栃木第五ダンジョンは評価Eのダンジョンなはず。これだけゴブリンが大発生するのは異常だ。それにあの弓使いもおかしい、ゴブリンが進化している可能性がある。間違いなく評価Dは下らないと思われる」

やっぱりそうか。

評価Eのダンジョンは余裕だと聞いていたのに、あの矢には明らかに熟練のものを感じた。


しかもダンジョン最奥で倒した弓矢使いは更にその上を行く。

栃木第五ダンジョンは、間違いなく最底辺のダンジョンではない。むしろ、まだ何か隠されている気さえした。


「ここのダンジョンは情報にない何かがある気がしている。俺たちの実力でそれを暴くのは難しくないとも思うが、危険を侵さないのが俺の判断だ。今日はここまでとする」

もちろん反論はない。


むしろ、僕の中でレイザーさんの評価が鰻登りである。

勇気ある撤退というやつなのだろう。かっこえええ、かっこよすぎる!


僕や彩さんと違って、レイザーさんたちはこの道で食っている人である。

こういう事前情報とは違うダンジョンって、お金になると聞いたことがある。


新しい地図作成のメリットもあるし、国からの保証もあったはず。そして、隠しフロアがあるダンジョンは、往々にして旨味の多いアイテムや鉱石が眠っていたりする。


それらを全て諦めて、レイザーさんは撤退すると言っているのだ。

僕と彩さんがいるのはもちろん、探索のための準備をしていないという理由も大きいのだろう。


魔石を拾い集める間でそれを考え、すぐに決断する強い意思。

かっこえええ!

汚いケツをしたしんやさんは、ケツの穴も小さそうだけど、レイザーさんの器の大きさのおかげでこのチームはずっと輝いていられるのだろう。


既に今日投稿する動画は撮ってあるのだが、なんだかダンジョンのことも動画にしたかった。

後日談にはなってしまうが、興味深く聞いてくれる人も多い気がしている。


僕たちの行動は早く、チームは気をつけながらも、気づけば既にダンジョンの入り口まで戻っていた。

目の前にあの黒い大きなゲートが見えている。またあれを通るのかと思うと、少しドキドキする。


レイザーさんたちがくぐっていく。

栃木第五ダンジョンを振り返って、別れを告げておいた。


いい経験をさせて貰ったよ。ばいばい、栃木第五ダンジョン。


僕がゲートくぐり、最後にしんやさんも無事に出てきたことで、今日のダンジョン探索は終わりとなった。


駅までの送迎バスに乗る最中、レイザーさんは国のダンジョン部署に電話をしていた。

今日あったことを報告し、一時的に栃木第五ダンジョンの出入りを禁止するように対処してもらう手はずだ。


正式に調査チームが組まれて、その全容が分かる、もしくは評価が定まるまでは探索の許可が下りない措置が下るのだろう。

国からの依頼なので、調査チームに赴く冒険者チームは旨い仕事になるんだろうなと想像している。


僕には関係なさそうな話なので、うつむいて寝ているふりをした。

明るいところでいつまでも目を閉じているのは不自然なので、疲れた体を装う。


バスが駅に着き、新幹線に乗って家に戻ろうという時、レイザーさんが電話越しに驚きの声を上げていた。

「わかった。はい、サンキューな。いいや、こっちは義務で報告してるだけだから。とにかく、助かる。じゃあな、また今度奢らせてくれ」


電話をきったレイザーさんが眩しい笑顔で僕たちを見つめた。

「おいっ!いい情報を流して貰えた!群馬でラッキーダンジョンが見つかったらしい。まだ正式な情報じゃないから、俺たちで先にゆっくり探索できるぞ。彩、シロウ君、行くよな?」


ラッキーダンジョン?なんだそれ。

準備不足で栃木第五ダンジョンは諦めたんじゃなかったっけ?

群馬の新しいダンジョンだなんて、今日は急遽宿に泊まりだろうか?

本拠地にも戻れないままだ。そしたら準備がもっとおろそかにならないか?


僕なんて着替えも持ってきていない。

こんな急に予定が決まるなんてこと、常に細心の注意が必要な冒険者がこんな軽々しく行動するのはどうかと思う。

僕は反対だな。情報に踊らされて行動するなんて、冒険者らしくない。出来れば、このまま戻りたい。それがプロってもんでしょ。


「行くー!」

「僕も行きます!」

彩さんが行くなら行く。当たり前だ!















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