第21話

鳥肌が立つのを感じた。


冷たい魔力を体に纏う彩さんの肌が、まるで雪女のごとくきめ細かで、全体的にどこか儚い雰囲気を醸し出している。

彼女は芸術だ。氷の魔力を纏い、生じ始めたダイヤモンドダストを被る彩さんの神々しさは、まさしく芸術だ。


僕がずっと見つめていた理由は、下心でも、恋心でもない、芸術を愛する一人の人間だったから彼女が目が離せないのだ!ってな感じでかっこいいことを思っている。


既に戦闘態勢に入った僕たちが進んでいくと、広いフロアに出た。

栃木第五ダンジョン最大のフロアである。


一本道とはいえ、狭い道もあれば、このような広いフロアもある。

そして、そこには50を超すゴブリンの群れがいた。


「これは!?少し異変が起きているな。10体も出れば珍しい方なのに」

レイザーさんたちでも見たことのない光景。

それもそのはず。


最底辺のダンジョンなはずなのに、敵の数だけですでに尋常ではない。

何かが起きているみたいだ。

その何かとは、やはり先ほどの凄腕の弓矢使いが関係している気がした。

なんというか、あの一手は凄かったけれど、まだ本気の殺意ではない気がした。


毒がその良い証拠。

あれだけの腕前ならば、毒に頼らずとも即死の一矢を放てたはず。


見えている脅威以外にも、まだ何かがある気がして、僕は警戒を払った。

彩さんに何か起きないように、僕がすべてを守る。


数の上で優勢なゴブリンたちは士気が高い。

こん棒を手にしたゴブリンが、敵意満々でこちらを睨んでいる。いつ戦闘が始まってもおかしくなかった。


「思っていた状況とは少し違ったが、作戦通り行く。茜は俺のフォローを。群れはビューティーに任せた。しんやは陰キャを頼んだぞ」

レイザーさんの指揮で、こちらの動きも決まった。


僕は初めてダンジョンネームの陰キャで呼ばれたことが、少し恥ずかしくて、惨めで、でも嬉しくて。

自分で決めたのに、なんだか惨めに感じるこの不思議さ。

陰キャって響きは凄いパワーを有していた。


「行っていいよ。蹴散らしながら道を作るから」

ビューティーこと彩さんは余裕たっぷりでレイザーさんと茜さんを促す。

ゴブリンの数に一切臆していない。それどころか、退屈すぎるこの探索に、トラブルが生じてようやくやる気を出したくらいだ。


レイザーさん片手剣と縦を構えて、ゴブリンの群れへと突っ込む。

茜さんが何やら魔法をかけると、その動きが力強く加速した。おそらくだけど、身体強化的な魔法だ。


なるほど、夫婦なだけあって息はぴったりだ。

弓使いのゴブリンを仕留めるために駆けだしたレイザーさんを、ゴブリンの群れが簡単に通すはずもないのだけど、そこはには彩さんの攻撃兼フォローが入る。


「氷魔法――逆氷柱」


地面から生えた巨大な氷柱が邪魔しに来たゴブリン3匹をまとめて貫く。

氷柱の生えてくるスピードがすさまじい上に、あの鋭利な先っちょである。触れた瞬間、ゴブリン程度では瞬殺されるだろう。


炎魔法のような圧倒的な性能はないにしろ、器用に使いこなせばかなり優秀な魔法に思えた。実際に氷魔法は評価の高い魔法だ。

彩さんの本領はこんなものではないはずだし、余裕を残してこれなら本当に強い。


僕の直感は杞憂に終わりそうだ。

それならそれでいい。彩さんが無事に済むならそれが一番だ。


このペースなら50匹くらいあっという間に思える。

まだ影に隠れている弓を使うゴブリンも、いずれレイザーさんが見つけて仕留めるだろう。


敵わないと悟ったのか、ゴブリン何体かはこん棒を直接彩さんに投げた。

しかし、彩さんの周りを浮遊するダイヤモンドダストとに絡めとられる。


こちらに到着する前に、こん棒が氷つき、勢いをなくして地面にぼとりと落ちた。

あの神々しいダイヤモンドには、天然のバリア機能もついていたのか!

彩さん、最高です!

あなたは氷の女神です!


うひょーとテンションの上がっている僕の後ろで、しんやさんが悔しそうにしていた。

その視線は彩さんを睨みつけている。

僕の憧れるような視線とは真反対のものだ。


やはり魔力値による魔法の性能に嫉妬しているのだろう。男のジェラシーは超見苦しいぜ、と僕の好きな作品のセリフをそれっぽく引用しておく。


前を行くレイザーさんの動きも非常に警戒で、ゴブリンの邪魔を全て彩さんが排除しているのもあり、フロアで隠れられそうな場所をくまなく探していく。


時間の問題だったみたいで、レイザーさんがとうとう弓使いのゴブリンを見つけた。

見つかってからは、勝負があったも同然だ。


確かに鋭い矢を放つが、警戒しているレイザーさんには簡単に縦で塞がれてしまった。

距離を詰められて、首をすぱりと斬られて終わった。

いくら弓の名手とは言っても、所詮はゴブリンか。


バフのかかった経験豊かなレイザーさん相手では、どうしようもない。

残ったゴブリンは、彩さんとレイザーさんが掃討していく。


うーむ、無事終わりそうで何よりだ。

……と思ったのも束の間、僕の冴えに冴えた視覚と嗅覚が、フロアの更に奥の通路に何かがいるのをわずかにだけど感じ取った。


急いで召喚魔法を使用する。

魔物の目だけを召喚して、一時的に自分の目に移植しておいた。

今の魔力量なら、この魔物ごと召喚できそうな気もしたけど、便利な召喚魔法は便利なまま活用させて貰おう。


今さらだけど、この召喚魔法はダンジョン内でかなり活用できそうな気がした。

基本的に、ここみたく薄暗いダンジョンが多いなら、この目はとても役に立つ。


だって、フロアの最奥で弓を構えているいかにも熟練のゴブリンの姿が、ばっちりと見えてしまっているのだから。


レイザーさんが仕留めたゴブリンはフェイク。

あれも相当な弓の使い手だったけど、最初にその程度の弓の使い手がいると思わせたいのだろう。

本命は、間違いなくこちらだ。


機をうかがっているように見える。

そして、その矢じりは、レイザーさんではなく、彩さんを狙っている。

僕たちのパーティーで誰が一番強いかを理解している。


こいつは危険だ。

何より、僕の彩さんに弓矢を向けていることが許せない。

……僕の彩さんとか言ってしまった。陰キャというのは独占欲が強くて、嫉妬深い罪な生き物だから許して欲しい。

先ほどしんやさんを侮蔑した言葉がブーメランとなって、僕の後頭部に突き刺さっている。


不名誉はいずれ拭うとして、今は男としての仕事を全うしなければ。

愛するおっぱい……ではなく、愛する彩さんを守るために僕は戦う!


彩さんがキャッチして、地面に捨てていた毒の矢を拾い上げた。

ダイヤモンドの周りをくるくるとさせて、矢を凍らせる。氷がまとわりついて、重量が増した。

このくらいなら充分だろう。


グッと握りしめる矢が冷たく、素肌に氷がひっつく感覚がある。そこらへんの氷とは異質なくらい冷たい氷だ。これが彩さんの氷魔法……。


体育の授業でやり投げは習った。

何となくだけど、体の動きは覚えている。


「おっ、おい。何するつもりだ?」

しんやさんから声をかけられたが、集中しているので無視した。

あいつからの矢が放たれたら、どんな形にせよ誰かが怪我を負う気がする。


その前に仕留めねば!


氷を纏って重量感の増した矢を、ダンジョン最奥にいるゴブリンに向かって投げた。

魔力量4万を超える僕の一投は、やり投げというよりは、巨大な砲台から放たれた光線のように一直線に飛んでいった。


自分への攻撃だと気づいたゴブリンが、急いで迎撃に移った。

僕の矢に向けて矢を放ち返すが、その氷はただの氷じゃない。


彩さん特注の氷だ。ただの矢では、軌道を逸らすことすらできず、一瞬にして粉砕されて、僕の氷の矢が直後にゴブリンの心臓に突き刺さった。


ゴブリンが倒れ、気化して消えていく。

そこに大きめの魔石が残ったのが見えた。

どうやら、危機は去ったみたいだ。


「お前……。今、何をした?」

しんやさんが今日一驚いた顔で僕に尋ねる。

「……サポートしようとしましたけど、外れました。矢は奥に飛んでいっちゃいましたね」

てへっ。みたいなテンションで答えておいた。なにせ僕は魔力2万のペーペーという設定だ。

あれほどのゴブリンを倒したとなると、いろいろと説明が面倒そうだ。


手柄はなしでいい。彩さんが無事なら、それでいい。

冷たい空気で引き締まったその綺麗な肌を見られるだけ、僕は本当にいいんです!心の底からそう思います!





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