第19話
栃木まではあっという間だった。
なにせ彩さんが隣の席だったからだ。
可愛い女の子と共有する時間はあっという間に過ぎ去る。
あれは間違いなく時間の短縮、タイムカット現象が起きている。タイムカット現象とは、僕が名付けたものだ。可愛い女の子と一緒に過ごす時間を陰キャの神様が妬み、時間を強制的に短縮してしまう現象である。1時間過ごした気でいるけど、その実、陰キャの神様に30分もっていかれていることに、愚かな人間の僕たちでは気づけない。
なぜこんなにペラペラと独白しているかって?
僕が窓側の席に座ったせいで、彩さんがやたらと僕の前に体を乗り出すのだ。
彼女は風景が好きみたいで、先ほどから珍しいものが見える度に興奮して、スマホで写真を撮っていた。
窓ぴったりにスマホを添えて撮影するから、前のめりになっている。
その度に、僕の目の前にお山が二つ接近するのだ。
高校1年生とは思えないその発達っぷりに、僕のピュアな心が我慢の限界に達しそうになっている。
手を伸ばしてしまいそうな強い欲求が僕の理性を襲う。
間違いなくそこらの中学生よりもピュアな僕は、この程度と思われるかもしれないが、おそらく人生で最後かもしれないこの絶景という名のおっぱいを目に焼き付けたのだった。
ありがとう、そしてありがとう。これほどまでに人に感謝したくなったのはいつ以来だろうか。
「予備知識だけでもつけといてくれ。簡単なものだから10分ほどで読める」
レイザーさんがそう言って僕と彩さんにURLを送ってくれた。
サイトには今から向かう栃木のダンジョンの情報がかかれていた。
やはり簡単なダンジョンみたいで、地図も画像としてあったけど、ほとんど一本道だ。覚えるようなこともない。
だからこうして当日までなにも言わなかったわけか。
先に伝えられると、僕なんかはがちがちに緊張して読み込んじゃうしね。このくらいのダンジョンなら、新幹線内で読み込むくらいがちょうどいいかもしれない。
レイザーさんはやはり経験豊かなリーダーって感じがした。
『栃木第5ダンジョン 評価E 』
評価値はダンジョンの旨味、難易度で評価される。
基本的に難易度と旨味は比例するので、この栃木第五ダンジョンは簡単で旨味のないダンジョンという訳である。
評価も当然最低ランクのEである。
彩さんは魔力4万の期待の新人。
ダンジョン評価Dランクから初めても全然余裕そうだけど、Eから始めたのはきっと僕のためだ。
あんまり稼ぎにならないだろうし、なんだか申し訳ない気分だ。
ほんの噂で聞いたんだけど、連君も今日からダンジョンデビューらしい。
連君はやはり最大手の冒険者チームに入ったみたいで、そこでも新人扱いを受けていないらしい。即戦力扱いだ。
金銭面、情報面、そしてあらゆるサポートを受けられるため、そこを選んだらしい。
やはりあれだけ別格の存在は、いいチームに入るべきだと思う。
彩さんも大手に引っ張られるような人材だけど、やはりレイザーさんたちとは旧知の仲だからここを選んだのだろう。成長を考えたら、やはり大手が良さそうだけど、長くやりたいなら気心しれた人たちとやるのもありか。
強い人たちは選択肢が広くていいなぁ。
とか、達観している場合じゃない。僕も気づけば魔力値45000まで来ていた。
彩さんを超えてしまっている……。
召喚魔法という評価の低い魔法使いだけど、ここまでくると魔力の暴力でなんとかなりそうだ。
もちろん皆には黙っている。
ついこの間2万そこらだった人が、今じゃ45000だ。それは僕の特性が魔王だかららしいけど、周りに説明するのは骨が折れそうだ。
バレないうちはひっそりとやり過ごして、黙っておこう。
陰キャは波風立てずに平穏に過ごす天才であるから、そこらへんは大丈夫なはず。
今日向かうダンジョンでは魔物は2種類しか出てこない。
スライムとゴブリンだ。とてもシンプルで新人に優しい。
ダンジョンの難易度次第では貴重な鉱石もとれるが、栃木第五ダンジョンにはない。今日は行ってみたら、新人の僕たちにプレゼントされた小旅行みたいなものだ。
「彩さんはダンジョンネーム決めたんですか?」
そういえば聞いていなかったので、今聞いておいた。
彩さんと話したくて、無理矢理話題をつくった訳じゃない。本当に気になっただけなんだから!
「ビューティーだよ」
「あっ」
ビューティー……。
かわいいいいいい。彩さんにぴったり!!
可愛すぎる。そこら辺の人が名乗っていたら痛い人認定だけど、彩さんなら最高です。
その大きくて色っぽい目元にぴったりのダンジョンネームです!
「最高の名前じゃないですか」
「でしょ?わかってるー」
興奮した彩さんが僕の肩をパシパシと叩いてくる。
スキンシップの多い女性は大好きです。
叩いているのもスキンシップですから!
僕と彩さんの距離は一歩一歩近づいていると言わざるを得ない。
心の距離は物理的な距離と比例すると聞いたことがある。
連君、大手冒険者チームを選んだのは不正解だったのでは?
勝手にライバル視しているので、そういうことにしておく。
新幹線を降りてからは、ダンジョンへと直通のバスに乗って栃木第五ダンジョンに到着した。
ダンジョンは黒い大きなゲートが入り口となっている。キャロが出てくるゲートと見た目は同じで、違うのはサイズ感だけだ。
テレビやネットでは見たことがあるけど、こうして近くで見ると凄く仰々しい。なんだか怖さを感じてしまう。
「怖がることはない。君たち二人は絶対に無事に送り届けるし、なによりそれほど警戒するダンジョンでもないから」
僕の不安な気持ちを汲み取ってくれて、レイザーさんが安心する笑顔を見せてくれた。
この人……やはりモテる。
勉強せねば。
他人が弱っている時に、声をかけてニコリと笑ってあげる。これがモテ技術か。陰キャの僕にもいずれできるといいんだけど。
ダンジョンの外には電柱みたいな柱が立っていて、そこに『栃木第五ダンジョン』の名前が刻まれていた。
本当に来たんだな。
ちょっと撮影をしておこう。
SNS用にダンジョンをバックにして自撮りをしておいた。
「シロウ、一緒に撮ろうよ」
「はい!」
彩さんの横に駆け寄って、ツーショット自撮りをしておいた。
これはSNSに上げない。一生マイフォルダに秘蔵する写真だ。
「じゃあ行くぞ。俺と茜が先導する。間に彩とシロウ君。しんがりはしんやだ。簡単なダンジョンだが、ぬかるなよ。怪我無く帰るのが、今日の目標だ」
全員が了承した。
流石リーダー。何かを言うたびにかっこいいです。
レイザーさんからダンジョン内に入っていく。体が吸い込まれるように消えていった。
順々に進んでいき、僕も勇気振り絞って飛び込んだ。
「わっ」
ダンジョン内に入ると、先ほどの見慣れた日本の風景から、一気に薄暗い岩肌の目立つ洞窟内へと転移した。
「本当に異世界って感じね」
全くその通りだと思う。
岩肌も、どこか違う世界のような異質さを持っている。
後ろを振り向けばゲートがあるだけで、前は間借り道になりながらも地図通り一本道みたいだ。
薄暗くても奥が見えたけど、茜さんがライトをつけたことでより一層見えやすい。
「ダンジョンによっては光をつけないところもあるけど、ここは至って安全だからな。足元に気をつけろよ」
一応彩さんの前を歩いておいた。
これでも男だ。彩さんの前に立ちはだかる魔物は僕が狩る!!
「おっ、出やがったなスライム。レイザー、俺がやっちまっていいか?」
しんやさんの報告でようやく魔物が出たことを知った。
彩さんの前に立ちはだかる魔物は全部排除するはずだったけど、なんと後ろから出てきた。
スライムは岩の隙間から出てきて、一本道でも後ろをとれることがあると忘れていた。
「おう、おう。最近だれも来てなかったみたいだな」
洞窟の天井からぼとぼとと大量にスライムが落ちてくる。
その音は液体なのだが、少し粘性があるみたいで、重量感を感じられた。
大量のジェルの塊がしんやさんのほうへと近づいていく。
「新人ども、見せてやるよ。最高評価の炎魔法の威力ってやつをよ!!」
おおっ!?何かが始まるらしい。
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