第48話 視野狭窄
「俺は、部活を、陸上競技をやりたい、ほんとは。けど今ちょっと怪我してて出来ないから、ゲームをやる時間もとれてるだけなんだ。そんで……怪我をちゃんと治して、競技に復帰できないか、出来るようにって、そういう話を進めてる、医者とかいろんな人と一緒に。だからプロゲーマーには本気になれない。俺はもう、他にやりたいことに、本気になってるから。……趣味や娯楽としてのゲームまでしか、できない」
話してしまえば何のこともなく、ほんの短い時間で説明できてしまう程度のこと。
いま、それなり以上にゲームに打ち込んでいられるのは、今だけだということ。
いつか、毎日数時間もゲームをできる余裕なんてなくなってしまうことこそが、俺の望んでいる未来。
「それならもしそれが……あ、ごめん」
言いたいことはすぐに察することができたから、悪いけど本気で目で牽制させてもらった。たぶん、怒りみたいなものも漏れたと思う。
言うな。と。
それは、それだけは言ってくれるな。と。
奈多さんが縮こまって「ごめん」と再度謝る。それは頷いてたしかに受け取っておいた。謝らなくたっていいこと、ではない。少なくとも俺にとっては、それは何よりも言われたくないことの一つだから。
「結果がすぐ出るってわけでもない。最低でも一年は、わからないんだ、俺にも。……だからもしがあっても、それは一年先で、それじゃ遅いだろ? そんなには待てないだろ?」
世間はとかく忙しない。のんびり一年間、待ってはくれない。いや、結果が出るまでなら待つこともあるかもしれない。でも、挑戦すらしない者を、年を一つ重ねる程に待ってはくれないはずで。
特にそれが、芸能や配信といったジャンルであれば猶の事。
「アイドルの事情とかには全然詳しくはないし、わからないけど……やりたいようにやるだけじゃ駄目だってのはわかる。人気とか注目とか、そういったものが大事だってのは。そういうのが……すぐ移り変わるっていうのは、わかるよ」
だからこそ、俺の見解としてはただ一つ。
「いま動けないんじゃ、意味がない。なら、やっぱりどうしたって、俺はついていけない。可能性を捨てることは出来ない」
そして、この場の誰かが俺に捨てさせることも、捨てろと言うことも、きっと出来はしないのだろう。或いはそう、もっと長い時間を、濃い時間を共にしていたのなら、違う道もあったのかもしれないが。
そうはならず、道を選ぶべきは今、この一月半という短すぎる時間の末に、なのだから。
「俺からはひとまず、こんなとこかな」
ペットボトルのキャップを回す。三人の、五人の、六人の顔を見回して、喉を潤し終えても次ぐ人はいなかったから、自分で水を向けてみる。
「杉谷からは、なんかあったりするか?」
同じ意見を持つ者として、話を振れる間柄として、選ばせてもらったのだけれど。
「おれは……おれはむしろ、木村の話を聞いて、わからなくなってしまった。おれはどうすればいいのか、どうしたいのか」
「ありゃ」
俺のしょうもない身の上話は、意外な反響をしていたらしかった。
「おれには、木村のような事情は、ない。ただ……ただ怖がっているだけなんだ。普通じゃない道に進むことを。……おれの家はそこそこ……ふぅ、はっきり言ってしまうが、いわゆる地元の名士というものになる。古い家柄でな」
これで大体、俺と同じような濁し具合なのだろうか。誰も全容を知らないから判断はつかないが、言えること言えないこと、そのバランスを見極めながら、俺も杉谷も話をしている。
「ゆくゆくは家業を継ぐことになる。それでいいと思っているし、親類もそう思っている。プロゲーマーになります、なんてことを言うのがただ……怖いんだ」
杉谷の将来設計。知らなかったこと。それはもしかしたら杉谷自身が描いたものではないのかもしれない。それでも納得し自分のものとして消化していたのだろう未来に、違う可能性が生まれた。生まれてしまった。
「おれの場合は特段、プロゲーマーになったとして問題はない、と思う。実々の問題は。家業を継ぐなんていうのも、まだずっと先、十年以上は先のことだしな。だからこれは、ただのおれの臆病だ」
「……それだけじゃ、ないんだよね?」
平田も感じ取ったのだろう、杉谷に声を掛けた。ただ自分の臆病だと言うが、それで終わる話でもないのだろうと。
「プロゲーマーになる、だけならば、なって問題はない。ただ……おれの場合はそのためにどれだけのものを犠牲にしなければいけないのか、それがわからない。実力が足りないんだ。わかるだろう? 今のままじゃ、少なくともおれと木村はプロにはなれない。いや、それはひいては『トップオウス』がプロになれないということだ。先ほど、学校のことが話題に挙がったが、本当に学業と両立できるのか? それすら不安を覚える。だから正直……別の人間を探した方がいいと思っている。熱意も力も不足しているおれたちではなく、相応しい人間をチームに入れるべきだと」
言う通りだ。おそらくはそれが最善。そして、ただの一度も俎上に上らなかったことでもある。
「そちらの本心も、聞いておきたい。おれや木村がこのチームを、このメンバーでのチームを、カジュアルで続けたいように……自惚れでなければ、このメンバーでプロになりたいのだと、そう、思ってくれているのか?」
もしそうなら。
とは、杉谷は言わなかった。言わなかっただけだと、わかっている。
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