第49話 相性みたいなものがあるよねって話

 奈多さんたち、『eXsite』の三人が顔を見合わせる。


 そこにどんなコミュニケーションがあったのかはわからないが、杉谷の確認を引き受けたのは奈多さんだった。


「ありがと、話してくれて。……正直言うとね、そんな……しっかり考えてるなんて思ってなかった、ごめんなさい」


「大層なものではない。おそらく、大体の人間は似たような悩みを持つのではないかと思う。こういった話が持ち上がればな」


 土方さんが「だね」と短く応じる。


「……それも、私たちはちゃんとわかってなかったの。今日だって……私たちの素性を明かしたら、他の問題も大丈夫だってことも合わせれば、それでいけるんじゃないかって、やっぱりどっかで思ってたんだよね」


 奈多さんは「アイドル、だしね」と困り顔に笑みを浮かべる器用を披露した。


 事実として、彼女たちは多くの人間が憧れるアイドルグループで、そんな人たちとチームを組むのは、うれしい事だろう。幸運と言っていいし、こうして同じ空間にいること自体がすでに、一生に何度もない機会なのだ。


「それは、ちょっと。……アイドルだから下手に関わるのは怖いと思うんだけどな」


 とはいえ平田の言も一理ある。ファンならば恐れ多く感じることもあろうし、ファンでなければ単純に面倒事の種でしかないというのも、わかる話だ。


「それは、私たちなら、大丈夫じゃないかなぁって。あとは慣れれば別に。配信の方に出て欲しいとかも特にないし」


 アイドルではあるが、配信者としての顔も持ち、男性配信者等との絡みも当たり前にしている。そういった背景も考えれば、俺たちのような異性おとことチームであるというのも、致命傷にはならないのだろう。そう考えているのだろう。


 それはもう俺や杉谷、平田にだって口出しできる領分ではない。許容するかどうかの判断だけしかできない。そして俺はそこを問題にする気はないし、話を聞くに杉谷にもないように思う。平田はもちろん、とっくに承知の上だろう。


「まぁそういう、知名度のせいでめんどくさいあれこれは……えーと、大丈夫って思ってるけど、それはいいんだよね?」


「あぁ。いや、理解が足りていないだけなのかもしれないから、後々に気になってくる可能性もないではないが……今のところ、そこを憂慮してはいない。本当に……ただ単におれたち自身の問題だ」


 杉谷の肯定に俺も乗っかる。言葉はないから態度だけだけれど。


「けっこう、胆据わってるよね、二人とも」


 そう言う渡さんの表情には、感心したといった風の雰囲気がある。


「わたしたち相手にも全然普通、かは知らないけど、変に畏まったりしないし。ねぇ、アイドルアイドル。『eXsite』が目の前にいるけど、どう思う?」


「猫被ってんのかって思ってる」「猫でも被っているのかと思っている」


 渡さんが自身を指して示して訊ねてきたのに対し、俺と杉谷の声が被る。内容も被った。


「あっははは! うんうん。ね、愛生、海羽、わたしやっぱり、チーム組むならこのくらいがいいな。このくらい言い合えるくらいがいい」


「だね」


「うん」


 それから奈多さんが続ける。


「だからさっきの、杉谷君の質問には……うん、そう、私たちだって、この六人がいいって思ってる。だから……あ……だから……」


「アオ?」


 訝しむ土方さんの隣で渡さんは気付いたらしい。奈多さんの『だから』が違う意味を孕んでいること。俺を、そして平田へと見詰める先が変わる。


「そっか……だからおれが……」


 平田には、申し訳ないと思う。それは心からで、そして決して口に出すまいと決意を新たにする。


 負う者に為すべきことがあるように、負わせる者にも果たすべき役割がある。


 例えばそう。


「少し、雑談でもしようか。俺、気になってることがいくつかあるんだよな」


 急がせ過ぎないだとか。


 あと気になる事なんて、いくつかどころかいくつもあるし。



「はー、そういう。レッスン専用にねぇ」


 Q:このビルってなに?


 A:『ロッカクデジタル』所有のレッスン用ビルだよ。


「いくつかそういうビルがあって」


 パン、と奈多さんが手を打つ。


「そうそう、だからゲーム用の部屋なんてのもあるよ」


 ほう。それは気になる。が。


「案内、見学は出来ないわよ?」


 些細な好奇心は桐生さんに先んじて挫かれてしまった。


 この、今居るビルだがレッスン用で、公表していないものなのではないかと思う。外見や、エントランスくらいまでだとどういったビル施設なのかわからなかったあたり。


 それを俺たちなんかに伝えて、招いて、よかったのかねと思わないでもないが、そのあたりを桐生さんが考えなかったわけもないので、いまここにいるということが答えでありこれ以上は知る必要もないか。


「『ロッカクデジタル』って、あんま知らないんですけど、けっこう大きな事務所なんですか?」


「それなりにはね。中堅か、その中でも上位くらいの規模はあるはずよ。まぁ、その程度じゃ事務所の名前まではあまり認知されないものだけれど」


「へぇ」


「あ、木村君もしかして芸能活動に興味あったり?」


「いやないな。見る専。あと別に、なんだ、内情というか実態みたいな? 事務所がどうのとかも興味ないし。大変そうだなぁ、ってたまに思ってるわ」


「うーんこの受動型オタク」


「そういう土方さん……は、『eXsite』か。くそ、オタ仲間の気配が一番あったくせに」


「ごめんねごめんね~。アイドルやっててごめーん。木村くんとは住む世界が違うんだ」


「意外と身近な世界だったようだがな」


「な」


「む」


 杉谷に同調すれば土方さんは少しばかり唇を尖らせる。


「海羽ちゃんは昔、ネット漬けだったよね」


「優くん!? それは言わない約束っ!?」


「してないけど……」


「お約束……」


 ズレているんだか合っているんだか、平田に「優くんは余計なこと言わないように」と土方さんが注意すれば。


「うんうんうんうん!」


「ちょっと一旦、一旦こっち来て優!」


 と、何か幼馴染間のあれこれがあるらしい。


「な、杉谷、あれ見てどう思う?」


「そうだな……今夜か、無理なら近いうちに、二人で話せないか?」


「おっけ」

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