第44話 意外と近かった世界
どうやら俺は夢を見ているらしい。
ほんとは今頃、我が家のリビング(ワンルーム)でぐっすりと眠りこけていて、止まらない脳内妄想が夢に形を作って現れたのだと、そういうことなのかもしれない。
おお虚しき現実逃避。
「とにかく、そういうわけで!」
キラキラと眩しい笑顔の女の子が両手を広げる。その両サイドを固める女の子二人も、これまたキラキラと輝いて見える。肩書って伊達じゃない時はほんとに見る目変わっちゃうなぁ、なんて思ってみたり。はい偏見です。
「何を隠そう私たちが!」
いや今の今まで隠してたじゃんって突っ込みいれていいのか?
「優君の幼馴染にしてアイドルグループの、『
「あーはい、よろしく」
返した言葉は、情報を処理できなくて感情死んでた。
紹介しよう。されたのだけどね。
……どこから、整理すればいいだろう。
先刻。第二会議室に着いて早々。
「ども」
と三人並んだ女子の一人が言い、俺も杉谷もようやく気が付いた。
「え、『eXsite』?」
唖然と呟くのが精いっぱいのこんがらがった頭に平田の「ごめん、驚かせたいから秘密にしといてって言われてて」なんて声が届いて俺も、さしもの杉谷も、平静を失ってとりあえずこの場で感情をぶつけられる唯一の相手である平田に詰め寄ったよね。どういうことだよ!?
そして返ってきた答えにまた驚愕させられたわけだけど。
「幼馴染なんだよね」
「「幼馴染!?」」
俺と杉谷の声が揃った。いいシンクロだ。ハウリングしそう。
「おさ、幼馴染、って、あれか、あれだよな、小さい頃からキョウダイのように育って将来結婚する約束をしているという例の……あれだよな!?」
「いやぁ、結婚の約束とかは別に……ほんとにただ昔馴染みってだけで、特にそういう関係とか、ないし……ほんとにただの幼馴染だよ」
そういうやり取りの後に、なにがとにかくなのかわからない「とにかく、そういうわけで!」なのだった。
あまりに現実離れした展開に、いまだ脳みそが追いついていない。とりあえずはそう、『eXsite』についてから、整理するのが無難だろうか。
『
デビューわずか半年でスターダムを登り詰めたアイドルグループ。芸能に疎い俺でも知っている人気アイドルグループ。『
そして『e』sports系を標榜する、アイドルグループ。
それが『e』Xsiteというグループである。
うん……やっぱ夢だなこれ?
「あはは、まぁ、そうだよね。すぐには受け入れられないよね」
『あおい』さん……奈多さん? アイドルとして呼ばれ慣れているだろう愛生ちゃんがいいのか? 呼び方一つさえ迷う俺に、俺たちに眉尻を下げた笑みが向けられる。
「改めて、私は奈多、奈多愛生。『eXsite』でリーダーやってます。よろしくね、木村君、杉谷君」
先ほどの芝居がかったものとは違う、落ち着いた口調だった。仕草にしてもそう、大げさな手振りはない。
「それと……『Num』っていうのは、声でわかったかな、もしかして」
「そう、だな。たしかに声が一緒だ……『eXsite』の奈多愛生とも」
言われてみれば確かに、ボイスチャットに聞くもの、テレビの向こうから聞こえていたもの、そしてこの『第二会議室』に聞いているもの、全部同じだ。響き方は少しずつ違うけど。
「いやほんと……ちょっと待って……えぇ……」
なんか徐々に実感が湧いてきたというか、事実が精神蝕んできたというか。
「奈多愛生」
名前を口にしてみて、目で見て確かめる。
女子としてはたぶん平均的な身長に、黒のセミロング。可愛らしいのは顔立ちと表情の作り方の両面で、
「土方海羽」
奈多さんの右隣、三人の中では一番背の高い女子。茶髪のショートヘアや顔貌が綺麗或いはカッコいいとも感じられるような人で、「よろ」と言葉数少ないのはそういう性格だからか初対面だからか。
「あ、わたし『ピータ』」
ネットのノリを出したくないだけなのかもしれない。
「どうも、よろしくです。で、渡祥子……さん」
「なんでわたしだけさん付け?」
それはもちろん、グループ内で渡祥子だけが学年一つ上というどこかで聞き知った情報を思い出したからだ。
背丈は奈多さんと同じくらいだし、童顔気味の可愛い系だしで、見た目は下手すりゃ年下にも思えるけれども。肩口までの黒髪に差した赤色も、どうしてかヤンチャなお洒落さよりも背伸び感と見えてしまう。
「一応、年上ですし」
「一応ってなんだよ! ちゃんと年上だよ! でもそういうことならさん付けおっけー! 敬って敬え!」
『あめんだら』が反らす胸のボリュームは、なるほど年上の貫禄か。
「こほん」
咳払いにびくりと肩を跳ねさせる。出所は三人のいずれでもなく、少しだけ離れて見守っていた桐生さん。この人もこの人で女優か何かかなってくらいに美人だ。この空間、美人濃度高すぎ。
うっかり現役アイドルの胸元を至近で見つめかけた俺は「あ、あはは」なんて愛想笑いで逃げを打つ。
「いやぁ、びっくりしたなぁ、まさかいつもゲームしてる相手がアイドル……『eXsite』の人たちだなんて……ガチで……なにこれ、ドッキリ? なんの番組の企画なんすか……?」
たまにあるよね、著名人とサプライズご対面系の企画番組。なるほどね、そういうことか。ははぁんわかったぞ、いつでも来い、ドッキリ看板。
今入ってきた扉からか? 他の通路だか部屋だかに繋がるのだろう別の扉からか? それとも机の下か? はたまた実は壁に仕掛けが?
「キョロ杉。キョロ充おつ」
『ピータ』に続いて奈多さんまでも「不審者みたい」なんて言ってくれますがね。
「いやさぁ! だってさぁ! えぇ……だって……嘘じゃん! 有り得ねぇだろ! なんでおまえ……おまえらっ、だって、全然違うじゃん! テレビじゃもっと愛想よくしてるじゃんっ。俺の知ってる『eXsite』の人たちはゴミとかナメクジとかトロールキングとか……『eXsite』はそんなこと言わないっ!」
「おいこら」
ほらそれ、渡祥子って童顔に似合わずちゃんとグループの年長として振舞うのが持ち味じゃん、「おいこらボケナスとか言う渡祥子とか解釈違いだ……」。
「言ってないっ。そこまでは言ってない!」
やっぱ三次元ってクソだ。俺はまた一つこの世の真理を悟り杉谷の肩に手を添える。
「あとはまかせた」
数歩下がって勝手に椅子を引く。人数分用意されてたからね。テーブルの上にはご丁寧にペットボトルの水まで用意していただいて。
机に肘ついて手を組んで溜息を吐き出しておいた。
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