第43話 電車で来た

「今更だけど、二人は部活大丈夫だったのか?」


 本当に今更で、大丈夫以外の回答が返ってくるとも思っていないようなことを、電車内に俺は零した。


 esportsチーム『トップオウス』初の全員での顔合わせの、その約束の場所である新宿に向かっている途中のことだ。


「水曜には今日休む事は伝えてあるから」


 平田が言うにはあの練習会の次の日には部には連絡済みだったらしい。今日という日、金曜放課後が日時としてチャットに指定されたのは昨日の朝だが、平田にはその前から目途がついていたということか。


 『トップオウス』の今時点の互いの認知は、そう難しいことはない。俺と平田と杉谷が学友。『Num』『ピータ』『あめんだら』が何かしらの知り合い同士。


 大体この二分割で、それはそのまま性別ごとの固まりでもある。そしてその両者を繋ぐのが平田、というだけ。あとは全員が高校生ということくらいしか情報はない。


 はっきり言って直接会うことに対し楽しみという感覚はなく、今もってして気の重い気分だった。会うのが嫌なのではないけれど。


「木村君、ずっと憂鬱そうだね」


「まーなー。だってやっぱ……緊張するだろ。平田だけなんだからな? あっちの三人知ってるの」


「あはは。そうだね。緊張しないでとは言えないか」


 平田が苦笑いに誤魔化すのは『あっち』のことを何も教えてくれないことだ。「どういう人たちなんだ?」なんて数度訊ねても「悪い人たちじゃないんだけど」くらいしか語らない。口止めでもされているのかね。


「杉谷もいつもより静かだし」


「そういえばそうだね」


「あぁ、すまない。おれも緊張していてな」


 それだけ言ってまたドアの外の景色に目線を戻す杉谷が、組んだ腕に指を叩いている。下手しなくても俺以上に考え込んでいそうだ。


「先に言っとくわ。俺はチームが、チームメンバーが揃ってれば……みんな残ってればそれでいいとかは、思ってないからな」


「うん。おれも……なあなあで済ますつもりはないよ。ちゃんとする」


 こんなタイミングに、ではあるが、こんなタイミングでもなければ言えなかったことを、俺も平田も話しておく。平田と杉谷にだから、俺と杉谷にだから。


 杉谷は外を見たまま、口を開くことはなかった。



 電車を降りて駅を出て、平田に先導してもらって通りを歩く。


「大都会に一人の気分だ」


「バスケに感化されてるし」


 スマホを見つつも突っ込んでくれる平田が、とあるビルの前に立ち止まった。


「ここ、っぽいんだけど……」


「ここ、ですか……」


「ここ、なのか……」


 平田に続いて俺も杉谷も訝しむ。なにせ目の前のコンクリートビルは、看板の一つもない灰色ばかりなのだ。ガラスドアから見える一階エントランス内にも装飾の類はなく、奥にエレベーターがどっしりと構えている。


「三階だっていうんだけど、これほんとに入っていいのかな」


 ごくり、と平田が喉を鳴らした。


「とりあえず行くしかないよな」


 迷っていても仕方ないのでドアを開け。


「どちら様でしょうか」


 外からじゃ死角になっていた横合いから声を掛けられてちょっとビビった。やばいけっこう、ダサい仰け反り具合を晒してしまった。


「驚かせてしまったようで申し訳ありません。それで、どういったご用向きでしょうか」


 壮年の男性で、服装からして警備員といったところだろうか。エントランス内を見渡せる一角に設けられたスペースで笑顔を浮かべていた。俺に続いて中に入った平田と杉谷にも視線を向けている。


「あー、えと、すみません。人と約束しててその、ここ、このビルの三階に来るようにって、そういう連絡を貰って来たんです。えーと、見ての通りただの学生三人、なんですけど」


 それから平田に「なんか聞いてないのかよ」って小声で補足を促す。


「学生……高校生ですかね? どなたと約束を?」


 そりゃそうだ。頼む平田、起動してくれ。隣で固まっている平田に祈る。


「はい、高校一年生です、三人とも。あ、俺は木村で、こっちが平田、で杉谷です」


「杉谷と申します」


「おい平田、おい。ちょ、頼むって」


 警備員さんが笑顔を崩す前に、と肩を揺らして「あ、あ、う、うん」となんとか平田再起動計画に成功した。


「すみませんおれ、あの、ひ、平田ひらたゆうっていいます。今日は、ここには、呼ばれて来ました」


「平田、なまえなまえ。誰に呼ばれたのかってとこ」


「あ、うん。桐生きりゅうみどりさんから、ここに来るようにって言われて、来たんですけど、すみません……」


 どんどんと語尾の弱くなっていく平田だった。そして『きりゅうみどり』なるはじめて聞く名前。『あっち』の誰かだろうか。


「桐生さんからですね、わかりました。少々お待ちください」


 名簿か何かを確認する警備員さんを待つ間、平田に耳打ちする。「桐生っての、誰なんだ?」「マネージャーの人」。


 ?


 なんのやねん。


 疑問符に思考が鈍っている間に、警備員さんはどこかに電話(内線かな?)をかけ、許可証みたいなカードを、というか『立ち入り許可証』というまんまの許可証だったけど、を差し出してきた。管理名簿に氏名を記入して受け取る。


「どうぞエレベーターで三階までお上がりください。降りましたら右手に真っ直ぐ行き、突き当りを左に曲がれば『第二会議室』がありますので、そちらで待っているとのことです」


 終始人当たりのよかった警備員さんにお礼を言って、指示通りにエレベーターに乗り込む。


「それでここはどんなビルなんだよ……」


「どこか会社のビルか……貸しビルなのかもしれないが……」


 許可証は警備会社のものらしいから後者が有力、なのだろうか。


「平田は知ってるのか?」


「ううん。おれも知らない」


 それと、「マネ」ージャーってどういうことなんだ、というのはエレベーターのドアが開いて飲み込んだ。飲み込まされたというか。


「ご足労いただきましてありがとうございます。私、桐生碧と申します」


「はぁ、どうも……木村っていいます」


「杉谷です」


「うわうっわ、ほんとに男子だぁ」


「こら愛生あおい。失礼しました。どうぞこちらへ。付いて来てください」


 スーツ姿の妙齢の女性と、制服だろうブレザー姿の、たぶん同年代の女子。


 が、エレベーターの到着を待っていたらしい。いやありがたいんだけど、面食らった感は否めない。


 そのまますぐ、たぶん『第二会議室』に向かう二人と、特に戸惑うことなく後を追う平田。


「お久しぶりです桐生さん。って、愛生ちゃん、あんま引っ付いてこないでよ」


「だって二か月ぶり。ちょっと背ぇ伸びた?」


 あぁすごい、置いてけぼりだ。杉谷と顔を見合わせる。


「……おれたちも行こうか」


「……だな」


 とてつもない、なにかとてつもない予感に一瞬、体が震えた。良いのか悪いのかも定かじゃないが、想像の斜め上をブッチギッテいく何かがこのあとに待ち構えている気がする。


 こちらを振り返った『あおい』さんに社交辞令な微笑みを頂戴したとて、ちゃんと笑顔を返せたかもわからなかった。

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