第40話 ほぼ天使互換です

 テーブルトーク部ほど名称と活動実態の乖離が大きい部もそうそうないと思う。


 テーブルトークRPGに端を発する部活であるが紆余曲折の末、今は慈善活動や奉仕活動のようなことを月に数度実施するのがメインとなっている。というのが、俺の聞いた話であって、二年前に部長や副部長が部室のドアを叩いた時にはもう、現状の在り様であったらしい。


「来週末、日曜日だが、日南にちなんケアでレクリエーションの支援を行いたいと思う」


 どこまで手広くやっているのか、いまだに全容がわからないくらいだ。


 部長がホワイトボードに『日南ケア』とまずは長方形の白地の左上を埋める。俺はひとまず話を聞くに徹する。


 日南ケア、老人ホームだが、そこで大学生たちがボランティアを実施するのを、微力ながらサポートしようというのが今回の活動要旨だった。


 生徒会を介して学校側から降りてきた話とのことで、俺が経験した中では最大の規模である。他校(それも大学)と共同なんていうのがはじめてだし。


「発表会と交流会の二部構成とのことで、我々にも一枠、10分ほどの発表時間を依頼されている。これは今のところであって明日、僕と生徒会長とで大学、ケアセンター関係者と話し合いをする中で調整予定だ」


 顧問でも他でも教員というか大人は参加しないのだろうかと疑問に思いつつ、口出しすることでもないので黙っておく。


「まず依頼されている10分の発表だが……引き受けようと思っている。そしてもし更に時間を延長するような話があれば、30分まではやはり引き受けようと考えている」


 けっこう長い。30分もあったらアニメ一話視聴可能だ。なにか手があるのだろうから文句はないけど。


 ケアセンターの場所とか大学側のおおよその人数とか、とりあえず頂戴したばかりの概要を共有して今日のところは解散なのだが、俺は鮫島と共に校門まで歩きながら考えていた。つまり、日曜日はゲームするか部活するかどちらにすべきか。


「くそぉ、部長と副部長を二人きりで残すとかやっぱ絶対よくないぃ」


 鮫島は今日も元気だ。


「本気で言ってんなら大したもんだよ」


 自分で足を踏み入れた茨道だからか、鮫島はしっかりと諦めが悪い。それなりに言動にはっきり出しても伝わらないのは、少し同情する。少しだけ。


「そういえば球技大会の日、俺が休んでる時に部室来たか?」


「部室? ああ、あの時のか。んや、鍵開けた時に中見ただけで入ってもないし、その時以外は行ってない」


 鮫島には「そうか。ならいいや」と返しておけばまたぞろ、用がある、とのことで残った部長副部長への心配を口にしだす。ちょっと二人になったくらいでどうこうなるなら、この一年間でとっくにどうとでもなっていただろうに。


 しかし鮫島も違うとなると、誰も部室には来なかったということで、俺の勘違いだったということだろうか。今になっては記憶にも曖昧な感触でしかないし、球技大会の午前中、俺以外にテーブルトーク部の部室を訪れた人はいなかった、ということか。どのみち、いたという根拠を見つけられそうにはないし、考えるだけ無駄なのかもしれない。


 鮫島と別れた後は、食料品なんかを自宅最寄りのスーパーで調達して帰宅した。


 宿題を片付けているとスマホにメッセージがあり、見れば母から『届いたよ』と、『渡したよ』とも。


 和香が嬉しそうにピンクのクマのぬいぐるみを抱える写真付きだ。


 そうなればもう、俺としては宿題なんてどうでもよくなってしまうから、小一時間も幼い笑顔を眺め続け、気付いて大野さんに感謝のメッセージを送っておいた。


 妹にプレゼントを贈る、なんていう当たり前のことに気付かせてくれたのが大野さんで、俺が和香の写る画像を共有してもいいと思える数少ない相手の一人でもある。


 送ったメッセージを確認の意を込めて自分で読み直す数秒の間に既読がついたかと思えば、着信の通知がスマホの画面を乗っ取る。


「は」『えー木村なにこれ! 和香ちゃんめちゃかわじゃーん!』


 こちらの応答を待たずして大野さんがテンション高く褒め言葉を並べた。『かわいいね』『ほっぺたぷにりたーい』『これマジで木村の妹なん? サギってる?』後半は少々、違うかもしれないが。


 まったくなにをそんなにはしゃいでいるのか。


「だろっ! なー、もう、なー、天使なんだよ、和香は! 見たかあの可憐な笑み! ぬいぐるみを抱きしめる小さなお手手! しかもなんだあの、あれ、あの……髪型も!」


 和香がこの世に舞い降りた天の使いなのはただの事実だというのに。


 そしてこう、頭の左側だけに小さくお団子作った髪型をなんて呼べばいいかわからない。和香:天使スタイルヘアーとかでいいか。いやでもいつも天使だからなぁ。


『戻ってこーい木村―』


「あぁ、おう、わるいわるい。ほんとありがとな大野さん。あんな風に、和香を笑顔にさせてやれたの、大野さんのおかげだ。ほんとに……ほんとうにありがとう。ありがとう」


『お、お、げさー。んでもよかったー、和香ちゃんが喜んでくれたみたいで。あははほんとすごいかわいいねー。これは木村も溺愛するわけだなー』


「いや待て、その結論は遅くね? 最初に見せた写真から和香は至高の可愛さだったろうが」


『あ、うん。……はい』


 今日も和香はかわいい。が、和香は常にかわいい。毎日がエブリデイ1000点かわいいのが和香という存在なのだから。


『木村はー……なにしてたん?』


「和香の写真見てた」


『はいはい、その前は?』


「宿題やってた」


『はっ! 宿題! …………わたしもやろうと思ってたとこー』


「そうか。がんばれ」


 絶対にいま思い出したのだろうが、まだ全然間に合うよたぶん。


『はくじょー! ねね、教えてよ宿題。ね、ね、いいでしょ? いい? いいよーやったー。ありがとー木村―! あいしてるー』


「なんっも言ってないんすけどね。あと安い愛をありがとう、俺もあいしてるよ」


『さっこんの愛はセール品ばっかだよねー』


「アニメ、かドラマの見過ぎだな。身近にはそんな値崩れしてないんじゃないか?」


『へー、ほー、そういう風に思う機会があったってことー? んん?』


「周りでな。宿題やるなら、用があるからあと一時間だけどどうする?」


『いますぐ準備しまっすー。ちょお待ってて―』


 そのあと結局、二時間ほど大野さんに電話越しの助力をしたりなんかしつつ自分の宿題も終わらせておいた。

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