二章 平田優 編

第39話 日常的に変わっていく日常

『初夏の候、みなさん如何お過ごしでしょうか。

 六月に入ると途端に日差しを暑く感じるものですね。

 さて私事ですが、わたくし日幟ひのぼりレイラにおきましては。


 一週間休みまーす』



 そんな告知がなされたのが、三日前。


 ガチのマジでそれだけ。理由とか一切なし。それからまったく動かないレイラちゃんのアカウントを、今日も今日とて俺は眺めている。


「一週間って長いと思う? 短いと思う?」


「長いんじゃねーの?」


 自席で、清川に。しょうもない質問して答えてくれるのだからありがたい。


「なにやるかっつうか、なんのための一週間かに因るだろうけどよ」


「そりゃそうだ。じゃ、一週間学校休むとかは?」


「長いなんてもんじゃねぇだろ。それこそサボりじゃ済まないくらい。夏休み待てよ」


 夏休みか。まだ六月に入ったばかりの俺たちにとっては少しばかり気の早い話だ。


「夏休みと言えば、お祭り行きたいな。有名なデカいやつもいいけど、地元っぽいのとかも」


「なら上土の商店街祭、行くか。例年通りなら八月頭にあんだけど」


「行く!」


 規模感はわからないけど、そういう地域性を求めてたんですよ。清川は「大したもんじゃないけどな」とたぶん俺の返事の良さに苦笑いしている。


「八月頭ね。おけおけ、覚えとく。絶対行こう」


 八月の初週、か遅くても第二週の早くあたりということだろう。


 上土であればみんなアクセスはそう悪くないはずで。


 あとは予定が合うかどうかだから、ちょくちょく声掛けていってみようか。大人数すぎても動きにくいから四人か五人くらい。


「お。俺の番だな」


 清川が席を立つのに「俺もクジ引きたかった―」と愚痴を零す。


「なんなら俺の代わりに引いてくるか?」


「え、やだ。どこ当てても文句言われそう」


「当たり前だよなぁ」


 席替え、の籤引きをしている。


 六月上旬とは思えないような暑さの中、クラスメイト達が順々に席を立ち、教卓で待ち構えるボックス『爆裂御籤ちゃんセカンドV』から小さな紙片を一枚、引いていく。


 昨今のあれこれが云々に配慮してどうこう、で男女の別もなく席が、それを記した黒板の表が埋まっていくわけだけど。


 俺がなんで嘆いているかというとそこに、いの一番に姫岡先生手ずから名前を書かれた唯一が『木村』だからである。力強い筆跡が強固な意思を感じさせるよね。


 中央最前教卓前。


「なんでですか!?」


「胸に手を当てて考えろ」


 そんな短すぎるやり取りで済まされた、俺の新しい座席だ。


 教員がそういうことやっていいんですか? いいんです。十中八九は、俺が約束破って一人で『整備計画』に付箋張りまくってやったせいだから。


 バレたよね、普通に。罰則に罰則が重なってどういう意図の下、座席指定なのかはわからないけど。


 清川も神辺さんも当たり前に「言ってくれればやったのに」と言うけどさ、あのタイミングで俺たち三人が共同作業するのってちょっと不確定要素多すぎだったじゃん。一手一言一回で天国にも地獄にもなりそうな空間で花壇がどうだの考えるのは難しいと思うんだ。


 清川の番というわけだが、なんで引く順番が五十音の逆順なのかと問われれば姫岡先生お得意の気分次第なんとなくなのである。


「先生! 後に引く人の方が不利じゃないっすか!?」


 という進藤の抗議も「じゃあ話し合う?」と訊かれると「や、それはいいです」てなわけだ。引くタイミング次第でそもそもの空席状況が違うとしても、クラスの席順程度のことはクジで決めるくらいが丁度いいのだろう。


 それにしても清川が『爆裂御籤ちゃんセカンドV』に手を突っ込むってことは、そろそろ九割方は席が決まったということだ。いつからか目を離していた座席表を改めて確認する。


 清川の席はどうでもいいとして。


 とりあえずはやはり自席周辺が気になるところだ。


 見れば後ろは御堂さんで、左右はまだ空席だった。いまだに未定なのはもうあと数人だけなんだけど。


 神辺さんがくじを引く。右隣。


 それから左隣は埋まることなく、最後に立ち上がった相田さんが少し動きを止めて腰を落とし、でも結局は席を立って黒板に名前を書く。


「……なん、だと」


 左に相田さん、右に神辺さん、そして後ろに御堂さん。


 俺は、俺の席は、クラスの全男子が羨むようなポジションと化してしまった。


 あ、すごい、早速、三峰あたりとかから熱い視線感じちゃう。


 いやおまえはおまえで球技大会の設営で仲良くなった女子がいんだろがおい。



 こうして俺の新しい席での学校生活が、はじまらなかった。


 一旦、くじ引きで席が決まった後に、視力だとかのやむを得ない事情が勘案され、神辺さんと御堂さんは進藤と杉谷に置き換えられたのだ。


 グッバイ神辺さん、御堂さん。


 ようこそ進藤、杉谷。


「よろしくな!」


 溌溂な進藤と。


「よろしく頼む」


 泰然とした杉谷。


「二人ともよろしく」


 だいぶ気楽な席になってくれてよかった。


 こうして俺の新しい席での学校生活がはじまった。



「へぇ、そんなゲームもやるんだな」


 休み時間に進藤のゲーム事情を聞いている。いままでもちょっとした雑談には上がったことがあったけど、今日はいつもより深めに突っ込んでみた。


 ローグライクは、俺はやんないんだよな。ハマるとやばそうで。


「まぁな。杉谷みたいなe-スポはよくわかんねぇけど、普通にはな」


「ちなみにソシャゲなんかは?」


「そっちはやってねてかやったこともねぇ。やる気もねぇわ」


 そすか。それはうちの隣人と気が合いそうだ。


 進藤がそのまま杉谷にパスし「おれは少しだけだがやる」というのは知っている。有名どころだけ時折っていうのも。時折てかリセマラだが。


 俺と杉谷がオタクサイドの人間だから、会話はそこそこサブカル寄りだ。進藤は至って普通に男子高校生な程度に漫画やらも嗜んでいるようなので、話題に窮するということもない。


 某週刊少年誌の某有名漫画の最新話がどうのと言い合いながら、考える。


 あとは、左隣の方とどう接したものか。



 相田あいだ恵子けいこと聞いて、相田さんの容貌と結び付けるのは、実際に本人から「相田恵子です」と言われてさえ難しい。名実の釣り合いというよりはベクトルが違いすぎる。


 金髪。


 碧眼。


 加えて。


 長髪。高身長。スタイル良し。顔良し。


 御堂さんが容姿学力運動能力、それと新入生代表という肩書き込みで得た知名度に、容姿それのみで並ぶ、あるいは上回るのが相田さんだ。

 入学当初、他クラスどころか他学年からもそれとなく一目見に来る人がいたほどに。


 性格面にしても、物静かで自分から話し掛けるタイプでもなく。


 結果、孤立になりかけ、それを阻止したのが御堂さんであり、加速させたのも御堂さんだった。御堂さん自身も特出した存在であるが故の不幸だったのだろう。


 今でこそそう遠巻きにされることはなくなったが、それでも完全に気後れなしなのは女子の数人くらいのもので、男子は特に、やはりそのルックスによって近づき難さを覚えている者は未だ多いらしい。


 ぜんぜん話す、が、話すだけでも緊張はする。雑談を出来ても、一対一で振りに行くのは腰が引ける。


 大多数にとって相田さんはそういう存在であるらしい。



 変わるものがあれば変わらないものもあって、食堂における俺と平田と杉谷の着席は定位置のまま。


「おれたちも席替えする?」


 平田の提案というか思い付きも「めんどいしこのままで」「わざわざ変えるものでもないだろう」で棄却済みだ。


 平田もまったく本気ではなかったから、いつものテーブル、いつもの位置で箸を進めている。


 三人ともただ黙って食事をする。


 もちろん仲が悪いんじゃない。この『食べる時は食べる』という感覚の一致が、俺たちを二か月も同じ卓に着かせているのだと思う。


「ごちそうさまでした」


 を俺が最後に唱えるのが定番で、先に話をはじめていた二人に合流となる。


「じゃあ来週は、火水金、それといけそうなら日曜日もだね」


「おれの方はそれで問題ない。もし時間帯を変えたいなら、それは早めに教えてくれ。調整しよう。あぁいや、お互いにな」


 平田が「ん」と承諾したので俺も杉谷に続く。


「俺は水曜は無理。他は大丈夫だけど」


「レイラちゃん?」


「notレイラちゃん。他の予定だ。変更不可、絶対無理」


「りょーかい」


 そう言って平田がスマホを操作する。平田含め六人のスケジュールを管理するのは、中々どうして骨が折れそうだ。


 俺と平田と杉谷。


 『Num』と『ピータ』と『あめんだら』。


 メンバーの半数は顔も本名も知らないのにチームとは、きっとesports以外にありえない。


 平田をリーダーとして結成されたチーム『トップオウス』。


 その練習会は、明確に頻度が上がりつつあった。


 以前は、明日明後日の都合くらいしか考えていなかったのが、今じゃ週単位でスケジュール管理をはじめている。週に一度か二度は、最低でも週三の約束事になった。


 集まればきっちり練習する。遊びの時間はもうほとんどない。


 少しだけ、高垣先輩の言っていたことがわかるような気がする。


 俺だって、平田には言っていたはずなのに。


 人それぞれ、やりたいレベルは違うのだと。


 口先だけ、他人事で言っていたのだと気付かされ、自分で自分に腹が立つような気分だった。

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