第41話 臨む者たち

 一つ週末を超えてまた月曜日。衝撃的な事実にショックを受ける。


「知ってるか、期末試験までもうあと一か月ないんだぜ……」


「うそやん……こないだ中間やったばっかやん……」


 杉谷と三峰と、いつものように雑談していたところ、さきほどの数学の授業から話題が転がって三峰が明かした事実に俺も項垂れる。


「そういえば勉強会だったか、やろうという話があったと思うが……誰か動くのか?」


 疑問を呈したのは杉谷で。


「さぁ、誰かやんじゃね?」


 無責任なのが三峰。


「三峰、よろしく」


 加えて他力本願なのが俺。


「んでオレだよ。木村がやりゃいいだろ」


「いいのか? 超過密勉強漬けスケジュール組むぞ。二泊三日、血反吐必至の雑念無用試験対策合宿in京都」


「京都とか中学の修学旅行で行ったわ。別のところにしろ」


「inUSA」


「ずいぶんスケールが大きくなったな」


 そう言って杉谷が紙パックを持ち上げる。アセロラジュースって俺、微妙に苦手なんだよな。


 三峰が「お」とスマホを取り出して笑みを浮かべる。てかニヤける。


「あー出た出た。お熱いことでー」


「バッカ、まだそんなんじゃねーって! まだ!」


「うっぜ」


 着々と仲を深めているらしいどこぞの女子とのやり取りに集中するらしい三峰が、自分の机へと戻っていく。


 教室内の井戸端会議には俺と杉谷だけが残される。


「修学旅行か……おれは鹿児島だったな」


「へぇ。行ったことないなぁ鹿児島。京都もだけど」


「木村は」


「お、っと、ちょいトイレ」


 次の授業前に行っておいた方がいい予感に「わり」と杉谷に断って席を立つ。授業中に催しちゃっても中々言い出し難いからね、教卓前なんて位置取りじゃ。



 六月の中旬に差し掛かると、いろんな部活で結果が出始める。もっと早くにというところもあるし、もう少し先なんてこともあるけれど。


 夏の結果が、決まりだす。


 バレー部、男子バレー部なんかは今週末だ。


「だってのに、こんなところでこんなことしてていいのかね? どう思うよ清川さんや」


「うるせぇなわかってるっての」


 はぁ? そんなこと言うなら止めてもいいんですけどぉ? というのは一割くらい冗談だが。


 放課後にグラウンドの隅でバレーボールをポンポンとラリーしている。「ちょっと付き合ってくれよ」を言うべき相手は俺ではないと思うんですけど。


 清川が強打したボールを伸ばした両腕で捉える。俺ってば天才だね。


「ふぃーいい汗かいたー。そして腕いてー。赤くなってるし!」


 痛々しいというほどじゃないけれど薄っすら赤らんだ自分の腕を労わるように交互に摩る。君たちはよく頑張った。


「もう一回やっとくか?」


 清川がバレーボールを指先に回している。


「個人的には満腹だけど? どうしてもっていうならやってやらないこともなくもない」


「メシでも食い行くか」


「清川の奢りな」


「二百円までな」


「やすぅい」


 そんじゃ定番ジャンクバーガー行きますか、ということで上土の駅前にレッツゴーである。ただし清川は自転車通学なので一旦は別行動。


 そして遭遇する知り合い。


「お疲れ様。精が出るな」


「はぁ、それはなんだか少し違う気もしますけど」


 古賀さんが「お疲れ様です」というほど俺の方はお疲れでもないのは、伝えなくってもいいだろう。


 また後で、でさっさと清川が行ってしまってからのんびり下駄箱に向かっていると、体育館横で段差に腰かける古賀さんを見つけた次第だ。


「練習どう? てか神辺さんどう?」


「どう、ですか……毎日楽しそうに、一所懸命に練習していますよ」


「そりゃそうなんだろうけど。本人にも聞いてるし」


 休憩中なのだろう古賀さんの隣に、座ることはせず立ったまま、共通の友人について話題にする。


 神辺さん、神辺美玖という少女に対して各々に思うところのあった俺や古賀さん、清川なんかが下手くそな計画を立てて実行した、そんな球技大会以降、神辺さんは部活に励む日々を送っている。そのくらいのことは見ててわかっているし、神辺さん自身の口からも何度も聞いた。


「古賀さんにとって、今の神辺さんはどう? ってこと」


「まだまだです。キレがない、体力がない、勘が鈍い。まったく全然、物足りません」


 さすがに一年生唯一のロースターははっきり仰る。


「そうか……そうなるよな」


 神辺さんが中学の引退試合を最後にバスケから離れていたとしても、一年は経っていないはずだ。それでもこうして、かつてを知る人にとっては不満しかないような状態になっている。


 育ち盛りの俺たちは、つまり育つことを放棄しているということの意味が、とてつもなく大きい。


「ですが、日々確実に上達しています。いえ、戻っているというべきでしょうか。とにかく……そう遠くない内に、美玖さんは上手くなる。絶対に」


 きっとその先の「だから私も……」は、俺が触れるべき熱ではないのだと思う。


「試合に、この夏の大会じゃ試合に出るかはわからないだろうけど、応援に行くよ。たぶんそうだな、御堂さんと一緒に」


「……えーと、ありがとうございます。……美玖さんは出られませんよ?」


「知ってるって。古賀さんを応援しに行くんだよ」


「木村君に応援されるほど仲良くなった覚えもないのですけど」


「辛辣ぅ! ギリギリ友達ラインは超えたろ。いいんだよ、俺が観に行きたいんだから」


「でしたら猶更。美玖さんもおそらくは冬には」


「神辺さんじゃなくてな」


 実は、という話になるけれど。


「古賀さんの試合を観たいんだよ、俺は。中学の試合映像、古賀さんからもらったあの動画観てさ……素人目線だけど、一番楽しそうだと思ったのは神辺さんで、一番上手いと思ったのは神辺さんの妹さんだった。そんで、一番綺麗だと、華があるって、一番ちゃんと、自分の目で観たいと思ったのはさ、古賀さんなんだ。古賀さんなんだよ」


 順位付けするならば、ではある。そして本心でも。


 白いシャツ、グレーのハーフパンツ、赤いリストバンド、赤いシューズ。古賀さんは首にかけたタオルで頬、顎を拭う。見れば見るほど、線の細い女の子だ。


「わかりました。お好きにどうぞ」


 立ち上がった古賀さんが体育館の方へ歩く。俺には背を向ける格好になる。


「機会があるかはわかりませんが……失望はさせません」


 やっぱり古賀さんは、赤い少女ひとだな、と思う。

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