第25話 球技大会:午後② 変わらないもの
「よ、朝ぶり」
「嘘だろ、二年くらい会ってない気分なんだが」
清川は「大袈裟すぎんだろ」って大口開けて笑い飛ばすんだけど、俺としては本当にかなり久し振りに見た気分だ。この爽やかイケメンフェイスを。二年は言いすぎにしても、二週間ぶりくらいには。
体育館のステージ横の用具庫は男バレの部室も兼ねているらしく、清川は勝手知ったるといった様子でパイプ椅子に腰掛けている。
「用がない生徒は教室待機なはずだぞ」
「やめとこうぜ、そのくだり。こっちは一応、やることやった。そっちは?」
「これからって知ってんだろ」
「てことでどうなってるか伝えとこうと思うんだけど……暇か?」
「ぶっ飛ばすぞ」
俺はさっきからちょこまかと作業をしている。卓球の球を選定したり、バスケボール磨いたり、ビブス棚卸したり。
こういう細かい作業がスムーズな試合進行に繋がるんですよ。嘘です。いや嘘ではないんだけど、そんなに重要じゃないし動かないで出来る作業を割り振られていた。「ご友人が待ってるみたいだよ」と朗らかに教えてくれた生徒会長さんに賜った配慮である。
体育館のコートでいえば、モップ掛けとかを行っている。俺が暇してちゃ罰が当たるというものだ。とっくに当たる状況なんだけど多少はね。
作業に勤しむ人たちの声が聞こえる。放送の声が聞こえる。
「いつ呼ばれるかわかんないから先に結論頼む」
「いい感じなんじゃないか、と思ってる」
具体性の欠片もない感想だ。主観で感じていることをしかも抽象的に表現しただけの、園児でももうちょいマシな分析してみせるってくらいの。
それが限界だと、理解している。
「そうか。ならまぁ、予定通りにやるだけやりますよ」
「神辺さ、やっぱすげー美紀ちゃんのこと気にしてる。親のせい、って俺が言うのは違うかもだけど、だからほんとに、俺じゃ……俺たちじゃ想像できないくらい、自分の価値というか、存在意義ってやつに悩んでる」
「思春期だもんな」
正直こんな話、まともな神経ではやってられない。それは神辺さんの置かれている状況に対する同情であり俺たち自身の下劣さ故に。
この場に、こんな踏み込んだ話には古賀さんはやはり、巻き込めない。巻き込まなくて良かった。そう改めて思う。
彼女こそが、その熱こそが、唯一にして最大の切り札なのだから。
「色々話した。どう思ってるか。なぁ、俺たちは、振られちまったぞ」
「舐め合うか、傷」
「吐くぞ」
神辺さんはもちろんのこと、俺もそうだし、清川もそうだし。
じゅくじゅくと膿むような傷を負ってしまった。
だからか、会話くらいは時にバカみたいなノリでないと、どこまでも沈んでしまいそうなのだ。
「話せたのか? 妹さんとも」
「ああ。そんな簡単に思ってること全部ぶちまけられたりはしないけど、あの二人なら大丈夫だ。神辺も美紀ちゃんも、どのくらいなのか正確なとこはわかんねぇけど、ちゃんと話し合えた」
それを知れる。知れる、なんてもんじゃないか。
きっとその場に居たのだろう清川は、つまりそれほど信頼され心寄せられ、そしてどうしてかその先から目を逸らし続けている。
というのは、いつか彼らが取り組むべき問題だな。今は、逸らしたままでいい。
俺もそうする。
「一応訊くけど、神辺さんとこの親子関係の方は、特に何も変わってないんだろ?」
「わかる範囲じゃな。昨日話してから一晩でどうこうとも思えないし、変わってないだろな」
根本のところは結局、なにも解決していない、爪の先程の変化すらない。
神辺さんはこの先も苦しみ続ける。
バスケを続けようが続けまいが。
「バスケをやるのがこわいっていうのは、やっぱ、嫌いになるのが、てことか? バスケをやることで、続けることでバスケを嫌いになってしまうことがこわいって、そういう『こわい』なのか」
「はは。合ってる。そう言ってたよ。たまにおまえのことエスパーとか、心を読む能力者だとか、そんな風に思っちまうよ」
「他にないだろ、好きなことやるこわさなんて」
「それもどこまで本気なんだか」
負けることがこわい、上手くなれないことがこわい、怪我をするのがこわい。
勝つことがこわい、つまらなくなるのがこわい、傾倒しすぎるのがこわい。
そういった恐怖とは別種の、嫌いになることへの恐れ。
どんな絡み合い方をしてそうなってしまったのかはわからない。
家庭環境に起因する存在意義への疑念。出来過ぎる妹への劣等感、親愛。承認欲求。打ち棄てられた恋心。喪失感。他にもたくさんあるのだろう。
そういったものが混然一体となった今、神辺さんにとって『バスケットボールを嫌いになる』ということが、何を嫌いになってしまうことなのか。
自分か。妹か。妹を含めた家族をか。全てか。それとも世界をなんて飛躍をするのか。
「ままならねぇなぁ」
好きなこと一つ好きにやれないなんて、許されていいものか。
声が届く。体育館から、大きな声、ざわめきが届いた。
疑問の声や賞賛、大声で「バカだっ! バカがいた!」というのは随分ひどい言い草だ。
「なんだ? なにかあったのか?」
「聞いてなかったのかよ。いま、インタビューされてた決勝進出者の一人がとんでもない告白紛いしたんだよ。「決勝で勝ったら、いつものところで待ってる」ってな。名指しで。こんなん恥ずかしすぎんだろ大丈夫なのか」
清川も気持ちいつもより早口だった。
「あぁ……あの人か」
「なんか……いろいろあるんだな。俺たちがこんなことしてるみたいに、知らないところで色々……やってる人が、いるんだな」
感慨の籠った声音だった。清川はどこか晴れやかさを感じさせる顔で言う。
「負けてらんねぇな」
俺は。俺たちは。
「……そうだな。あっちが上手くいくかは知らねぇけど……こっちは上手くいかせてやる」
勝ち負けじゃないなんて百も承知だ。ただ少し、あてられた清川にあてられた、そんな安直な充溢。
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