第21話 球技大会:午前① 存外めんどくせぇ

 教室に戻ってきてすぐ、進藤がこちらへ向かって手を上げた。俺も上げ返す。


 特に大きな意味合いはない、ただの互いの認知の証明。


 近くに寄れば「遅かったな」と。


「うんこか?」


「そりゃもうもりもりよ」


 三峰は「きたねぇ」で顔を顰めている。


「いまな、こいつ尋問してたとこ」


「おっかねぇ」


 進藤が指差すこいつ、は三峰のことで、尋問は、わからん。


「昨日、女子と話してたんだぜ? こいつ。おら、吐け、三峰おまえID交換してたろっ」


「したした。まぁ、それだけだし? 訊かれたから? 教えただけ? みたいな?」


「「うぜぇ」」


「あれれぇ? 進藤は訊かれなかったのかなぁ? んん? 共に準備作業に精を出していたというのに?」


「うぅんぜえぇ!」


 進藤が「スマホ貸せ!」と三峰に迫るけど、なにするつもりなんですかねぇ。


 昨日の放課後、俺がやらなければいけなかった設営、生徒会の手伝いを、二人に肩代わりしてもらった。


 審判員は運営サイドに取り込まれていて、そういう雑作業があった。ある。


 進藤と三峰には(予定通りだったなら)体育館の設営作業に参加してもらったはずで、そこでどうやらいま目の前で繰り広げられる悶着に至る一幕があったらしいのだ。


 出会いは突然にというが、実際のところどうなのだろうか。三峰の口角が上がり気味なことだけはわかっているけれど。



 まずは準備運動ということで全校生徒グラウンドに集まって、等間隔に広がっていく。


 校庭はやっぱ広々としてるのがいいよね。隣の高橋とそんな意見の一致をみる。


 開会は生徒会長さんが宣言した。


 簡単な説明だとかも生徒会の人たちが行ったし、教師陣は遠巻きに見ているだけだ。


 神辺さんは、大野さんや北見さんと楽し気に笑い合いながら体を動かしている。陰りはない。見えないだけ、というのが真相だろうが、表向きいつも通りではある。


 御堂さんは、知らない男子、別クラスの男子と歓談中で、こちらも至って普通、変わりない優等生の御堂さんといった感じだ。


 古賀さんは、やはり知らない、たぶん同じクラスの人と一緒にいる。大人しそうな見た目の割に誰より大きくストレッチしているのは、その内心が滲んでいるからだろうか。


「木村おまえ、女子見すぎ」


「いいよな、体操服女子」


「怒られるぞ」


 高橋と杉谷にサンドで忠告されたので流石にきょろきょろするのは控えよう。


 準備運動の最後、仮設の壇上で生徒会長さんが声を張る。


「ではみんな、怪我のないように! そして楽しもう!」


 『春の球技大会』がはじまる。



 そして俺は一人になった。


 審判なので。


 クラスのみんながチーム毎、個人戦である卓球だって集まり合って移動していくのに、俺はぼっちで野球グラウンドに向かうのだ。


 ソフトボールは三年男子からのスタート。今日最初のプレイボールを宣言するのって名誉だよね、ってことにしてもいいか?


 白熱の試合を捌いててか裁いて、体育館に一番近い教室に設けられた大会本部に報告に訪れるんだけど。


「男子ソフトボール第一試合、三年一組対三年二組は1対2で三年二組の勝利です」


 まず俺が試合結果を伝える。詳細は電子。去年購入されたはいいけど導入はされなかった(らしい)タブレットを、この大会から利用している。そして試用だから、こうして従来の口頭報告も併用というわけだ。


「間違いありませんか?」


「はい」


「間違いないです」


 テーブル向こうから確認をとる眼鏡女子生徒が三年生だからか、試合を終えたばかりの両チームの代表(三年生)二人とも敬語だった。まぁ、雰囲気あるもんなこの人、あとこの場も。


 地味にこれが、大変そう。


 この結果の報告が、思いの外、精神的負担になりそうだと、俺は思っている。


 そのうち白熱が過熱になった時、勝者も敗者も引き連れて歩くことを全く気にしない図太さは、俺にはない。ましてや自分の裁量で決着した場合なんか考えただけで……いやぁキツイッス。


「よっ木村。おつかれさん」


「お疲れ様です」


「おお? なんだ元気ないじゃん。さては理解したな? この仕事のめんどくさいところ」


「多々良先生が言ってたのってこういうことなんすね。審判だけやってりゃいいと思ってましたよ」


「まさに去年の俺! そのうち慣れっからま、がんばれ」


 同じ審判役の先輩に励まされつつ、次のお仕事を確認する。


 『本番』まで気力が続けばいいけど、と思い、続かせるんだよ、と考え直した。

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