第11話 ルールは人のためにある
近頃、体育の授業は球技大会の練習に充てられている。
ホイッスル(実物)は今日の放課後の審判員講習で配られるから、今はまだただ口頭で「バックパス」を告げる。
「いやしてないだろ今のはっ!」
「してたっての。俺の目は誤魔化せないぞ。あと口答えではい、イエローカード一枚な」
「この審判、厳しすぎるっ」
進藤の抗議に対して首を横に振るだけで跳ね返す。
「ぽいぽい。サッカーのレフェリー感あるわそれ!」
清川には認められるし、高橋にも「もう一枚出してやれイエローカード」と後押しをいただいた。サッカー部が言うなら仕方ないよね。
「おーいおまえら、二組の人たち待ってんぞ」
「はいすみません!」
急ぎ解散して試合を再開させる。遊び過ぎた。今日の体育は二組と合同ということで、各クラスでチームを作っての試合中なのだ。身内で集まっていてはいかにも感じが悪い。
クラスメイトにも注意されつつ、なんとか審判役をこなしていく。何事も練習あるのみ。
というか。
「サッカーの審判って運動量多くね?」
「ガチでやるとヤバいらしいな」
「らしいなって、おいサッカー部」
「練習試合なんかで審判やったりはすっけど、別にそこまでガチらんし。それにオレ選手よ? 審判で疲れてちゃおしまいだろ」
ということらしい。
試合後に高橋に「いいんじゃねぇのそんくらい出来れば」と評価いただいた後の雑談である。
「つかフットサルについてなら、たぶんもう木村の方が詳しいよな。バックパス禁止とか、オレも知ったの昨日だし」
そう言い残して体育館の様子を見に行くという高橋には同行せず、グラウンドの隅に設けられたベンチに一人残った。
サッカーのようで、フットサルのようで、どちらでもない。
サッカーサッカーとは言いつつ、人数やコートの広さはフットサルのそれで、基本的なルールもフットサルのそれに則っている。
でも、実のところバックパスもそうなのだが、厳密に反則を取り過ぎる必要はない。先程は余興でイエローカードを出すまでしたりはしたが、素人がやるレクリエーション、それも競技経験も実力もルールの理解すらピンキリな、ただの校内行事だから。
馴染みのないルールは、ただそれ一つで試合がつまらないものになりかねない。
「これは、思ってたより面倒だな……」
「どうした、こんなところで。一人か?」
「
死角から現れたのは強面の体育教師だった。どうせなら相田さんとかがよかったね。体育館でバレーやってるんだろうけど。
多々良先生は「わかっている」と苦笑する。入学直後のこと、サボりだと決めつけ叱責してしまった、と詫びられたことがあった。それは先生が気にすることでもなく、むしろこうして気安く話せる関係構築の切っ掛けだったと、俺としては思っている。
あの頃の俺なんてものはどの角度から見ても恥ずかしい手抜き野郎だったから、多々良先生が間違ったわけでもないのだ。全てはそう、伝達漏れの主犯たる姫岡先生が悪い。
体の調子が良くないから運動は大目に見るように、ってことになっているらしい。学校にでもなんでも、言ってみるもんだね。考慮お願いしますって。
「先生……俺も体育館に行くべきでは?」
相田さんがバレーやるところを見たいか見たくないかで言うと超見たい。
「行けばいいだろう」
「ですよね。じゃ、俺はこれで失礼します」
腰を上げて多々良先生の前を横切ろうとして。
「まぁ少し待て。審判の方はどうだ、やれそうか?」
軽く引き留められる。立ち話程度に済ませるつもりのようだから、教師の中での一番と一年生の中で(もしかして)一番(かもしれない)の強面同士が顔を突き合わせることになった。
俺だって身長は男子の平均値を多少とはいえ超えるが、上背も厚みも多々良先生にはまるで及ばない。まったくもって羨ましい体格だ。
「まぁあと……何日かありますし。当日はそれなりにやれそうです」
今日が木曜、本番が来週火曜。準備期間は短いが、なんとでもなるはずだ。
「そうか。……わかった。行っていいぞ。また放課後にな」
多々良先生は体育教師であるから、球技大会には多大に関与している。
気に掛けてくれることにぺこりと頭を下げて歩き出す。体育館の入り口付近で「おぉ!」と盛り上がる男子たちの背中に、なにがあったんだと少しだけ足を速める。
「なにがあったんだ?」
「ん? ああ、今な、神辺がすげープレーしたんだよ」
チームメイトとハイタッチする神辺さんに「へぇ」と感心するものの、そのすげープレーとやらを見逃したことが残念でもある。
「どんな感じだったんだ?」
「ドリブルで三人抜いた。あっという間。そんでシュート、なんだっけ、あの後ろに跳ぶやつ、それやって、しかもシュートは打たないで味方にパスして、そいつが決めた。いい感じに何人も抜いて、お、シュート! って思ったらパスだから、パスするとか全然わかんなかったかんな。絶対シュートするって思ったもん」
クラスメイトの熱の入った説明に「へぇ」と返して、再開した試合の様子を窺う。が、そのあとにそれほど特筆すべきシーンはなく、試合終了の合図後に神辺さんを称える輪には微妙に参加しにくい気分である。
体育館の、奥のコートでバレーボール、手前でバスケットボール。男女の試合を交互に行っている。
バレーの方も女子の試合が終わったところのようだから、野次馬男子たちの半分くらいは各々にコートに入っていく。
丁度いいからバレーの主審でも練習させてもらおうかと動きかけ、ちょいちょいと手招きに誘われて体育館の隅まで足を運んだ。
「おつかれさま」
「あ、見てた?」
「いや、見てはなかった」
タオルに汗を拭う様子から判断しただけで、御堂さんの試合、バレーの方の試合は全く見ていなかった。だから当然「勝ったのか?」というところもだ。
「勝ったよ。ほんとに全然、見てなかったんだね。ショックだなぁ」
「次は見とくよ。相田さんを」
「うんうん。木村君はそういう人だよね」
壁に背を預けるあたり、場所を移す気はないらしい。
「それで、なにか用か?」
「うん。木村君と神辺さんって、付き合いだしたの?」
折角の練習の機会をふいにしたのだし……おぉ???
「……いま俺が考えてること、わかる?」
「そうだなぁ……なんでバレたんだ、とか?」
「外れ」
正解は、一昨日には神辺さんに『御堂さんに告白(紛い)をした』と勘違いされ今日は御堂さんに『神辺さんと付き合っている』などと誤解されてるとかどんな偶然だよ、でした。言わないけど。
「正解は?」
「だから言わないって」
「なにが、だから、なのかわからないんだけど……」
でしょうね。
「俺はもしかしたら勘違い系か擦れ違い系ラブコメの主人公なのかもしれない」
「妄想に生きるにはまだ若いよ。それで? じゃあ勘違いってことなのかな?」
「そのとおりなんだけど、それって御堂さんの? それとも御堂さんたちの?」
「私以外の、だね。そういうことならどんまいだけど、女子の中だとけっこう回っちゃってる噂だよ」
「どうしよ……」
ぶっちゃけそりゃ身に覚えはある。下海駅なんていう学校からそう遠くない場所で二日連続で喫茶店に二人きりで会っているのだから、どなたか知り合いないし勝手に知られてる人に目撃されることもあるだろう。
自分で思ったことだし、言ったことだ、デートみたいだ、などと。
「ちなみにこうして私と二人で話してるのも、だからすっごい見られてる」
「……いいよもう。御堂さんが質の悪いイイ性格してるってのはよぉくわかったから」
ちょっと人を紹介して欲しい程度のお願いに対して、七面倒な見返りを要求するような人間だ。昨日の朝に果たされてしまった約束の代償を思うと、心底気が重い。
「それで、誤解を解いてくれる代わりに何をすればいいんだ?」
「話が早くて助かるよ」
今日一、人形めいて綺麗な笑みを浮かべた御堂さんが、天井を見上げながら言う。
「本当に、神辺さんと付き合って」
「……ふざけてんならもう行くぞ」
ついつい見遣った先の神辺さんは、今は清川と話し込んでいる。スポーツマン(ウーマン)同士、気が合うのだろう、身振りから察するにバスケのシュートフォームを……神辺さんが説明している感じだろうか。
「冗談……でもないけど、さすがにそんなこと言わないよ。木村君にその気があるなら、全然それで、付き合ってくれちゃっていいけどね」
「俺の気より神辺さんの気次第だろ」
フェミニストを名乗る気はないが、俺個人の恋愛観として、女性の心情の方を優先すべきと思っている。
そうであらねばならない。
「なら結局、木村君の気次第だと思うけどな」
「言ってろ。で?」
「私に会わせたい人って、誰?」
もう一度、我ながら全く周囲の目も気にせず、とにかく最速で神辺さんがいた方へ振り向く。表現するなら、バッと。
相変わらず談笑する神辺さんと清川がいて、それだけだ。
「神辺さんじゃないよ」
「……他校か」
「ちゃんと察しがいいね」
近隣に中学校が幾つかあるように、行動圏の被る高校だって幾つかある。そうでなくとも、高校生ともなると通学の距離も人それぞれのはずだ。
目を瞑って思い出すに、あの日の喫茶店内には幾人か知らない制服がいた。その誰かか、違うのか、いや、それは今重要ではない。
「どこまで聞いてるんだ?」
「さぁ。どこまでなのか知りたいのは、私もかな」
人伝に聞いただろうことが、全容の何割なのか、それは御堂さんにもわからないことだ。だからといって、こう聞いてる、で知り得た情報を開示してくれればそれでいいのだが。そんな俺にばかり都合のいい確認は、してくれないよな。
「ま、想像はつくけどね」
御堂さんは体育館の無骨な天井を見上げたまま、視線だけをこちらへ寄越す。
「それに、答え合わせは、出来ると思うし」
「そうかよ。……今日の放課後、時間あるか?」
「部活の後なら。でも軽薄な女たらしの木村君の誘いに乗るのはこわいな~」
「たらしてはないだろ」
日替わりで違う女子生徒と二人きりの放課後を過ごすのはいかにも軽薄な真似だが、御堂さんにしろ神辺さんにしろ、たらされてはいないわけだから、女たらしは当て嵌まらない。
誑してはいるけれど、それはお互い様なので文句を言われる筋合いじゃないだろう。
「上土の、駅から少し歩いたところに図書館あるだろ、あそこでどうだ」
「いいけど……それじゃあ、何時頃に行けばいい? 部活終わってすぐに向かえばいい?」
「いや、待ってるよ、御堂さんの部活が終わるの。そのあと一緒に行こう」
「そんなことしたら、また面倒な噂になりかねないのは、わかってるよね?」
「中間試験の復習をしようか。俺はもっと良い点数を取りたくて、ぶっちぎりの学年一位に頼む。勉強法でもヤマの張り方でも、ほとんど満点を取れる方法ってやつを、教えてくれ、ってな」
「へぇ……ちゃっかり実利まで得ようっていうんだ」
「カモフラージュは本気でやらないと意味ないからな。勉強を教えてもらう、教える、そういう建前が、建前には見えないくらいには、よろしく頼むよ」
「ちなみに、純粋に私がとっても頭いいだけだった場合は? 勉強なんて授業聞いてれば全部わかっちゃうよって」
「とっても頭のいい人がとっても綺麗にとってるノートでも見せてもらおうかな」
「……木村君は、死ぬほど嫌われるか殺したいほど愛されるかのどっちかだよね」
「死ぬなよ? 御堂さん」
「木村君こそ、殺されちゃわないように気を付けてね」
バレーボールがコートの外に大きく弾かれる。それは集まって笑い声を交わし合っていた女子の集団の一人にぶつかり、かわいそうなことにその子は「いたっ!?」と蹲ってしまった。
そう遠くない位置での出来事だ。だから、御堂さんが駈け寄らないなどということはあり得ない。
「大丈夫?」
屈んで女子生徒を心配する御堂さんを後追うのもなんなので、俺はバスケの応援でもしようかね。
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