第8話 くだらないバカをやれ
自宅に帰った俺はいまいち集中できないままディスプレイと向き合い。
結果、多大な罵倒を浴びせられることとなった。
対面最弱、ゴミエイム、ぼっ立ちナメクジ、etcetc。
神辺さんとの歓談が随分と穏やかなものだったように思えるな。
「おまえらなぁ、それを親の前で言えんのか!?」
『言えますぅ。耳にタコ作るくらい聞かせ倒せますけどなにかぁ?』
『親前朗読おつおつ。てめぇが親に今のプレイ見せてみろ』
『関係なくない? あんたに言ってんだけど? ねぇ、なぁ、おい、なぁ!?』
「ほんっと、おまえら、容赦なしな!」
『なら今の場面、あんたなにしてた。言ってみてよ、ほら、ねぇ、早く、言ってみてよ!』
「警戒、外しました……」
『頭寝てますぅ?』
『トーロトーロトロ、トロ握り』
『はぁぁぁぁ~、つっかえな』
なんて素敵なチーム練習会。
ここまで荒っぽくなっているのは、チームのリーダーにして良心の平田が急遽、私用で欠席することとなったせいもある。
俺が休むと伝えるとチャットが見るに堪えなくなるのに、平田が休むと言ったら『大丈夫?』『こっちのことは気にしなくていいから』『連絡ありがとう』って。
もしかしてみんな二重人格かな?
『いいか? だいぶ早いが、今日のところはこのくらいにしておこうか。熱も入りすぎてきたようだし……キリもいいだろう』
杉谷は静観で、いつもとテンション変わらない。砂漠のオアシスともいう。
『そだね~』
『おけ』
『わかりました』
って、ほんと、こいつら……。
平田はリアルで面識あるとのことだけど、俺もいっぺん面を拝んでみたいものだ。
ポン、ポン、ポン、と立て続けに退室が通知され、杉谷と二人きりになったチャンネルで『お疲れ様』と聞こえてくる。杉谷も女だったら、間違いなく惚れてるね。
「おつかれさま。ガチるかどうかの前に喧嘩別れすんじゃないかこれ」
『その場合、木村が脱退だな』
オアシスはオアシスでも蜃気楼だったか。
「あいつら、俺をサンドバッグだと思ってるよな。ストレス発散なら余所でやれってんだ」
『なんだかんだと、付き合いがいいからな、木村は。打てば響くとでもいうか。サンドバッグはサンドバッグでも、殴っただけ殴り返してくるから、気兼ねがないのだろう。それがまたストレスであるのかもしれないが』
「うーん、悪夢みたいな循環だ」
申し訳程度に設けた衝立を畳み、閉め切っていた窓を開ける。防音は完璧には程遠いにも程遠いレベルだから、プレイ中も先程も、声量は抑えていた。隣人トラブル、ダメ絶対。
チーム内トラブルは……ほどほどに。平田からも、多少の(多少じゃなくなってる気しかしないが)口の悪さは、受け止めてやって欲しいとお願いされている。
チームの結成も平田ありきだし、立場や実力を鑑みても俺がそう大口叩けるわけではない。いつまでもこのままってわけにも、いくまいが。
ひとまず杉谷に個人レベルで安価な音響対策がないか相談したりして、日付が変わる前には通話を終えた。
飯も風呂も事前に済ませられなかったから、今夜は少しだけ夜更かしだ。
○
朝一に清々しい陽光を浴び、素晴らしき一日のはじまりに胸を躍らせる。
今日は何の日? そうだね、中間試験が返ってくる日だね。
「なんかキモいことしてるし、あはは」
開け放した窓の枠に肘をつき、斜に構えて片手に本を広げる俺を指してキモいとは、大野さんには見る目ってものがないようだった。
「なになに、木村、なにやってんの。カッコつけてるのかもしんないけど、ふつーにナルいよ」
「なるい、か」
ごめんちょっとわからない。なるい、ってなんだ……ナルいか!
ナルシストっぽい、ね、なるほど。
「大野さんには、わからないか。この俺の醸し出すフインキが」
ふっ。
「えぇ、きっしょくない? ちょい、その、やば、バカみたいっ」
大野さんは言いながら鞄を自席に置く。教室内の近い位置でよかった。対角あたりとかまで離れられたら雰囲気ぶち壊しだった。壊れてダメな雰囲気じゃないてか壊すべきフインキだろっていうのは、それはそう。
そして俺の慧眼はたしかに捉えている。大野さんの肩が僅かに震えているのを、その口元がひくひくと痙攣しようとしているのを。
「朝日が眩しいな」
「ぁはははは! そりゃそうじゃん! そんなとこいるんだからそりゃ眩しいっしょ!」
特に意味はない。一番乗りで教室に来たので、拾われるも拾われないも覚悟で悪ふざけしてるだけ。
そういう意味じゃ、二番目が大野さんでよかった。お堅くないし遠慮もない。
「夜明けということか」
「意味がっわからないっぃひひひひ」
笑いを堪えようとするからそんな魔女みたいな声になるんだ。
「夜明けぜよ」
「ぶひゃっ」
女の子が出していい音じゃなかった。
いくらなんでも笑い(?)の沸点低すぎないか。
言っててなんだけど面白いとこ一個もないだろ。ほんと、マジで。
出来るだけ高らかに音をたてて本を閉じ、窓の外の青空を見上げ。
「間もなく、すべてがはじまる……ぜよ」
バンバンバン。とは、大野さんが手近な机を連打する音である。あれは三峰の机だったっけな。
龍馬好きなの? いや『ぜよ』キャラなんて他に知らないだけだし、そこがウケてんのかも定かじゃないんだけどね。
「あの……なにしてるの……?」
第三の刺客……じゃなかった三番目に登校してきた御堂さんが、あまりにも底冷えした声を出すものだから、俺はすべてが終わったことを察したのだった。
○
「以上、今朝の下らない話でした」
「バカじゃねーの」
「アホじゃねーの」
「おかしいんじゃねーの」
昼休みのこと。午前最後の授業時に中間試験の返却が完了したため、今日に限っては食堂に足を運ぶことなく、自席に留まっている。清川の席の周囲には実に八人(俺含む)もの人間が集まっている。
そう、つまるところ、決着の時は今、である。
清川、杉谷、進藤、三峰、俺。
御堂さん、大野さん、北見さん。
前座でしょうもない話を披露した俺に、杉谷以外の男子陣が手心なしのツッコミをいれてくれたわけだが。
「はいはいはい! わたしそこまで酷い声出してないから! うふふ、みたいな感じだったからっ!」
「それはそれでどうなのよ」
北見さんの言う通りで、魔女改めそんなどこぞのお嬢様みたいな笑い方は逆に引く。
「それ似合うのなんて相田さんくらいなもんだろ!」
進藤は相田さんをなんだと思ってるんだろ、深窓の令嬢かな。わかる。
「おまえなんでそんなアホなことやってんだよ」
「気分。大野さんにウケたからいいんだよ」
「御堂はドン引きだったみたいだがな」
三峰には二度目のアホを頂戴するし杉谷の追補は余計だし。
「なんだよなんだよ、いいだろたまには。男はいつまでだって少年の心を持ってるもんでしょうが」
遅れてきた中二的言動ってことで許してくれ。
やる分にはどうしてけっこう楽しいんだ。一部除いて見てる側は御堂さんの反応が当たり前なのだろうが……そして御堂さんはドン引きを否定しちゃくれないが……。
「木村の奇行はどうでもいいんだけどよ。大野がそんな朝早く登校してんの意外だな」
「わー、へんけーん。わたしって小中高とぜんぶ無遅刻無欠席の超いい子ちゃんなんですけど? ねー?」
「無遅刻無欠席ってのはそうだけど。寄り掛からないでよ。小学校の時とか私のおかげでしょ」
「感謝感謝~」
進藤にどうでもいい扱いされてしまったので、大野さんと北見さんの仲の良さに傷心を癒させてもらう。
「「そろそろ」」
と声が揃ったのは学級委員二人で、一瞬の沈黙の後に控えめな笑い声が八つ重なった。
「そろそろはっきりさせとこうか。誰が勝って、誰が負けなのか」
「やりますか」
「いきますか」
清川が改めて周囲を見渡し、俺と進藤の同意が続き、それで場が停滞する。
そういえば誰からを決めていなかった。
そうなると自然、勝敗がはっきりしているだろうし、勝ち組でもあろう御堂さんに視線が集まる。
「それじゃあ私から」
御堂さんが言い、みんなで首肯する。先陣は任せた。
「489点だったよ」
「「「たっ……かっっっ!!!」」」
先制一撃で消し炭じゃねーか。
五教科合わせて失点僅かに11って、平均98点近いって、俺たちの代の代表殿はちょっと想像以上に高いところにおわすったようだった。
ど、どうする? 次、誰いく? おまえいけよ。
みたいな会話(念話)をたぶん交わし、杉谷が提案をした。御堂に次の発表者を選んでもらおう、と。
「それいいね。はい、木村君、どうぞ。何点だったのかな? ん?」
にっこりと笑みを浮かべる御堂さんは、心からこの勝負を楽しんでいるみたいだ。……はい、俺にマウント取るのをですね、はい。
「……464っす」
「はぁん!? 木村おまえっ、おまえそんな頭よかったのかよ!?」
三峰を筆頭に全員に少なくない驚愕が見て取れて、それは御堂さんも同じなので一矢くらいは報いれたのかなと思います。
ちなみに、御堂さんと清川への誤解も解消済みで、また面倒なことになるのを避けるため、俺と御堂さんの勝負(といっても期末の話だが)は内密にということで承知してもらっている。当然、神辺さんにも。
しかし、20点以上の差、容易く詰めさせてはくれないのだろう。やばい、ゲームしてる場合じゃないかもしれん。
「次は進藤で」
「ふざけんなっ! おまえらの後とか無理なんですけど!?」
嫌だ嫌だと駄々をこねる進藤だったが、北見さんに冷淡に促されるという可哀そうな目に遭って渋々、点数を開示した。401点。全然全く、悪くはない。むしろ良い方だ。今この集団内にでなければだけど。
順々に機会が巡り、最終的に。
勝ち組が、御堂さん、俺、杉谷、北見さん。
負け組が、清川、三峰、大野さん、進藤。
という結果になった。
北見さんから大野さんまでは僅か7点差内に5人が犇めく混戦だった。
驚いたのは三峰が勝負になる点数だったことだが「あぁ、数学? 普通に80ちょい取れてたわ、はははっ」というのには思わず手が出るかと思ったね。軽く出したし。清川と共にコンビネーション二連打。
「はぁ、結局、御堂さんと木村が頭抜けてたな。御堂さんは確実として、木村も『成績優秀者』に載るんじゃないか? 学年で10位までだろ? あれって」
最後の最後に北見さんに上回れられた清川は、少し消沈気味に言う。
中間と期末の各試験の度に成績上位10名が公表されるという『成績優秀者』。
載っていてくれなければ困るというものだ。
「清川くん、落ち込んでるね。ごめんね私、勝っちゃって」
「ちくしょう。顔が笑ってんだよ顔が」
表情の薄い北見さんだが、僅差の勝利にさすがに口元が弧を描いている。
「にしても、穂香ちゃん迫真だったー。『私の……点数は……よんひゃく……』って」
「そうだな。自分は勝敗がわかっていたはずなのに、一切表情に出さずに勿体ぶるものだから、おれもだいぶ、ハラハラとしてしまったな」
「演技派だったよな。おもろかったわ。さんきゅ北見。よ、名女優」
三峰に合わせてみんなで拍手を送る。
頬に微かな朱色を覗かせて「やめてよ」なんて小声の北見さんは、なんとも可愛らしい。
こうして勝負は幕を閉じ、食堂には明日、行くことになった。今日は少し、楽しみ過ぎたから。
またなにか、勝負でも遊ぶのでも、みんなでやろうとそう約束もして。
それが果たされない可能性などというものは、俺たちの中には1%だって存在しなかった。
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