第7話 勘違いと訂正と悪巧み
放課後になってもぎこちない清川は何か言いたげにして面倒くさい感じだったので、とっとと部活に逃げ、それも何ほどの事もなく終えた夕方。半ば以上は夜か。
21時までには、そのまま寝れるくらいの状態にしておかないと就寝が遅くなってしまうので、早めに帰宅しようと思っていた。
思っていたのであって、そうはならなかったけど。
「そういや、言ってたな、近くに住んでるって」
「言ったその日に会うとは思ってなかったけどね」
下海駅の改札前に、制服姿の神辺さんと顔を突き合わせる。
「だから、木村、ちょっと……見すぎなんだってば」
「わるい。……あー、わるい、なんだろ、癖、なんかな」
慌てて目を逸らす。申し訳なさとバツの悪さで頭を掻いてみたりした。
これでもう何度目だ。気になるものをじっと見詰める。そんな動物の習性じみたものが、もともと自分にあったのか、変化によって生じたのか。
「昔はこんなことなかったと思うんだけど……わるい、気持ち悪いよな、気を付ける」
「……ん」
「どこか出掛けるところなのか? いや! 別にどこ行くのかとか、そういうこと詮索してるわけじゃなくなっ」
訊ねてしまってから、気持ち悪さの重ね塗りだっただろうかと思い至った。陽も完全に沈んだ夜に、女子に行き先を問うのは、どうなんだ、セーフかアウトか。
「あはっ。急に気にしすぎ。あ、電車来るけど、木村こそ大丈夫?」
「あー、うん、逆方面だから。急いでるわけでもねぇし」
「そかそか。急いでないなら、ちょっと付き合ってよ」
急いではいない。が、遅くなる気もない。
そして、いつもみたいに笑おうとする女の子からの誘いを、断る道理もない。
「どこ行くんだ? 急いではないけど、そんなに遅くなる気もないからな?」
「んー……喫茶店とか? あたしもあんまり遅くまで木村と一緒にいる気はないし……長くても三十分くらいかな?」
「言い方よ。……んじゃ、おすすめの喫茶店でも案内してくれ」
「……やっぱり、乗ってくるんだ……ふーん」
「いやなに? なにその目」
体を揺らす神辺さんにいろんな角度から見られているわけだが、目はずっとあからさまに疑いの眼差しだ。あるいはちょっと蔑視も入っている……か?
「ま、男の子なんてそんなものか」
どんなものをご想像しておられるのでしょうか。
なにか神辺さんの中の男性観がよろしくない方に転んだことはわかるんだけど、それを確かめる言葉も覆す手段も俺如きでは見つけられない気がする。「ついて来て」で前を歩く背中に下手な疑問を投げかけたら面倒なことになりそうだなんて思ったわけじゃない、ほんとだよ。
お値段手頃でケーキが美味しい(らしい)喫茶店の一角に席を占めるわけだけど、コーヒーカップを傾けるだけなのになんかもう若干の疲労感あるよね。
というのも、先払いに注文を頼む際に、神辺さんが「奢ってあげる」なんて言い出したのだ。
「なんで? いいよ。わるいし」
「いいのいいの。可哀そうだからコーヒー代くらいは、ね」
「いやいや可哀そうってなんだよ」
急に哀れむじゃん。びっくりしたわ。とりあえずは頑なに拒否して自分の財布を軽くしておいた。
それはそれで神辺さんが不満そうなので「もう帰っていい?」というのもあながち冗談ではない。百分の一くらいは。
「なに言ってんの? いいわけないよね。はぁ、折角、慰めてあげようってことなんだから、大人しく慰められてればいいのに」
ほんとどういうこと?
「なぁ、さっきもだけどマジでどういうことなんだよ。可哀そうとか慰めるとか……そんな覚えないんだが」
神辺さんはクルクルと紅茶にミルクと砂糖をたっぷりかき混ぜてから答えた。
「今日の午後の休み時間に、御堂さんに振られてたじゃん。だから可哀そうだから、慰め代わりにコーヒーくらい奢ってあげようかなーってこと」
「わるい、やっぱりわかんねぇんだけど。御堂さんに振られたって……振られたって、つまり恋愛的な意味でってこと、だよな?」
他に、男(俺)を指して女(御堂さん)に『振られた』なんて表現をする場面が思いつかない。なにかしら断られたことを言うようなこともあるけど……それでこんな展開はさすがにないだろう。
「どんまい、木村。一応、ちょっとはチャンスが繋がったんだし……めげちゃダメだよ?」
はっきりとは答えなかったが、そういうことと考えて間違いなさそうだ。
俺は一旦、何も喋らず事態を理解することに努めたいと思う。神辺さんからすると傷心に黙しているようにも見える筈で、ゆっくりとコーヒーを味わうフリで誤魔化せるはず。
コーヒーの味はちゃんと味わわさせてもらうけどな。近頃、俺にも行きつけの喫茶店なんていうお洒落な馴染みの場所が出来たんだ。さぁ、どっちが美味い。うん、どっちも美味い。味の違いがわかるようになるのはまだ先のようだった。
今日の午後に、御堂さんと話したのは、あの勝負の約束をした時だけである。
解のようなものは、割とすぐに思い当たった。
そういえば、デートに誘うような文句だった、一日付き合ってくれ、なんて。
なるほど、であるならば、絶対に負けたくないとまで言い切ってくれた御堂さんは、俺の誘いをはっきりきっぱり断ったようなものか。
その上で、勝負は受ける、というから、チャンスは繋がった。
清川もそういう風に捉えて面食らったということなら、あの挙動不審も頷けないこともなくもない。
清川(推定)にしろ神辺さん(確定)にしろ、些か頭の中恋色すぎるのではなかろうか。
「申し訳ないんだけど、神辺さんの勘違いだ」
「あむっ」
フォークを動かす手は止めず、首を傾げるだけで疑問符を見せてくる神辺さんだった。
シフォンケーキ、美味しそうですね。
「期末試験で俺と御堂さんが勝負することになった時のこと言ってるんだろ?」
こくこくと、今度は首を縦に振るだけで、どうやら俺の恋愛事情はケーキの美味しさには打ち勝てないらしい。
「あの時のは、デートの約束とかそういうんじゃなく、ただ……」
「んくっ。ただ?」
あれ? 意外とデートでは?
「……デートかもしんねぇ」
「……バカなの?」
「まてまて。デートかもってのは傍から見た話で、あー……いやな、御堂さんに会わせたい人がいてな。その言い訳みたいなもんとして、こう、勝負ってことにしたってこと……なんだよ」
「意味わかんないし、言い訳にしか聞こえないんだけど」
おっしゃる通りでございます。
「ほら……デート=好きってことでもないだろ?」
「は? デートに誘っといて好きですらないとか、普通に引くんだけど」
「はい、すみません、今のは間違えました。デートに誘う=告白ではない、とか?」
「んー、一応、まぁ、うん」
繊細な思春期のニュアンスだよね。好きでもないのにデートに誘うのは不誠実だけど、デートに誘うことが好意の表明ではないこのバランス感覚。世の中に溢れる青春恋愛系創作物に感謝。
フィクションに履修してなかったら俺、詰んでたわ。
「でも、だから、デートの誘いすら断られたから、どんまい、ってことなんだけど」
「……一旦……一旦、俺の話を聞いてもらっていいか? さっきの、人と会わせるのが目的ってあれ。そういうはっきりとした目的があるから……あれはたしかに二人で遊びに行かないかって話っぽいけど、それがそもそも勘違いなんだよ」
兎にも角にも、そこに帰結する。
明確に清川も会話の中にいたのに、御堂さんだけに絞った提案は、二人だけでの交遊を目的として聞こえても仕方ない。ならそれは、デートってやつだ。
それと、俺と神辺さんだって今こうして二人だけで同じ席に腰を落ち着けているけれど、約束と成り行きは違う。
二人、そして約束。これが揃ってデートじゃないと言い張るなら、それはもう、目的に頼るしかない。打ち明けるしかない。
二人で楽しく遊ぶことが目的ではない、のだと。
とっくに口は滑ってしまっているから、下手に隠し立てするのもボロが出かねないし。
それにだ。いい機会、なのかもしれない、と考えよう。
「信じらんないけどなぁ」
「わかった。もう少し詳しく話す。御堂さん、陸上部だろ? 中学から。しかもかなり……都内じゃイイ線いくくらい。神辺さんたちほどじゃないにしろ」
全国にまでは進出していないから、そういう意味じゃ神辺さんは御堂さん以上だったのだ。バスケと陸上だから、単純に比較するものではないけれど。
御堂さんは高校でも陸上を続けている。それはおそらくは一年生全員が知っている程に知れ渡っていることで、ただ、中学時代の成績を神辺さんがどの程度知っているのかは、わからなかった。
そしていま窺う表情からは、知っていた、のだろうと思う。
「でだ。御堂さんと同じ学校の、同じ陸上部の、同じ100の選手に、すごい選手がいたってのは、知ってるか?」
「……うん。全国、というか国内どころか世界で戦える、勝てるって、そう期待されてた人、だよね?」
名前は知らないのか、出す気はないのか。『期待されてた人』と言うのなら、きっと後者なのだろうと思う。そこについては、俺も同じ気持ちだった。あるいは俺の意を汲んでくれたのだろうか。
ただ、そう……なぜ知っているのかと、どのくらいの細かさと規模で知られているのか、確認しておきたい気持ちは大きい。
「知ってたんだな。結構、みんな知ってるもんなのか?」
「さぁ? あたしなんかでも知ってる人は知ってるから、その人はもっと有名だとは思うけど……二年生の先輩の方が、詳しいと思うよ。同学年だから」
「そうか。そうだな」
学生の一年差は大きい。興味も情報も、学年が違うというだけで随分と隔たりがあるものだ。
「あと、木村みたいに高校でこっち来た人にはわかんないかもだけど、うちの学校って、近くの中学校から入ってきた人、多いんだよ。あたしも御堂さんも、清川とかもそうだし。でね、あたしたちがいた中学と御堂さんがいた中学、あともう一校あるんだけど、この三つの中学校って地区? みたいのが一緒でたまにイベントとかあったの。合同で。交流会っていうか……て今はいいよね。ごめん。それでその人が、どうしたの?」
紀字高校は相当に勉学も運動も力を入れている学校ではあるが、それでも生徒には神辺さんたちのような、近隣の中学校から進学した者が多い。それはたまに、クラスに、廊下に、授業なんかにも感じることではあるし、度々話に聞いてもいる。
俺としてはそこらへんもより詳しいところを聞かせて欲しいのだけれど……件の先輩の事もそうだが、そういうタイミングではないから諦めよう。
「ああ。実は、その人とちょっと、知り合いなんだよ、縁あって。それで少し話なんかも聞いてて……あー……その人と御堂さんが少しギクシャクしてるっていうから、仲直りってほどじゃなくても、上手いこと会って話す機会でも作れればな、てな。それでああして御堂さんを誘ったってわけだ。やり方は、下手くそだったけど」
そのせいでこうして思いがけず神辺さんと顔を突き合わせているわけだし、俺の取った方法が下の下だったとは認める。
でも仕方ないんですよ。渡りに船らしきものを見つけて飛び乗っただけの見切り発車だから。じゃあそんな思い付きで突発的に行動するなって話ですね、すみません。
ひとまずは以上、というように温くなったコーヒーに喉を潤す。
神辺さんも一区切りと理解したのだろう、ミルクティーを飲んで、僅かに時間を置いてから口を開いた。
「それが嘘だったら、木村を軽蔑する」
「当然だな」
「だから嘘じゃないと思う。そう信じたい」
「ありがとな。……とまぁ、ぐだぐだ話したけど、とにかく俺がやりたいのは、その先輩と御堂さんを会わせて……あとは知らん」
「急に無責任っ。そこまでやるなら最後までちゃんとやりなよっ」
「いやでも二人の事情は二人の事だからな。あとは本人たち次第っていうか……詳しいことなんも知らないし」
「あんた……なにがしたいの」
呆れた、と幻聴が聞こえてきそう。神辺さんは肩の力を抜いて背凭れを存分に使い始めた。
「はぁ、なんか……つかれちゃった。あぁ~~~」
「呻くな呻くな」
「んあぁ~あ~ぁ~~」
「抑揚をつけるな抑揚を」
「だってさぁ、こっちは木村が御堂さんに告った! 振られた! 大変だぁ! って思ってたわけじゃん? それがそんなわけわかんないお節介だったんだもん。あたしの純情と労力とお金返して」
「返せるもんでも……金はちゃんと俺が払っただろ! どさまぎでなに言ってんだビビったわ!」
「んじゃ純情と労力の浪費を慰めて。そうだよ、木村こそ、頑張ったあたしを労わって労って慰めるべきじゃない? じゃないとこの疲労感に納得がいかない」
「知らねぇよ、自分で勝手にやったことだろ……俺と一緒だな」
「……しかも侮辱された」
「俺がね? 俺がだよね?」
気が抜けたのだか気恥ずかしさからか知らないが、好き勝手言ってくれるものだ。
「お節介焼いてんのはお互い様だろうが」
本当に。
「木村も……空回っちゃうんじゃないの? それ。乙女心とかマジでぜんっぜん、わかってないじゃん、木村。あたし、御堂さんと先輩が心配なんだけど」
それはかなり痛いところで、言った通り事情の詳細を知らない俺の手出しは、裏目に出ることも充分にあり得る。いや、公算としてはそちらの方が大きいのだろう。
「乙女心は、関係ないだろ」
じっとりとした視線に焼かれる。見つめ返すのは違うと思って、もう大して残っちゃいないカップの中身を空っぽにしておいた。
神辺さんは「はぁ」と一つ小さくない溜息を吐き出してから、頬杖をついた。
そしてまた見詰めてくるわけだが。
「……いや、なんだよ」
射抜くようなものではなくなっていた目線は、俺が問えば瞼に閉ざされて、次に開いた時には焦点は10cmも20cmも下がっていた。
「今までの仕返し。恥ずかしいでしょ、ジーって見られるの」
「わるかったって。それは、俺がわるかったです、すみません」
このタイミングで? というのは大いにあるが、俺が悪いのは事実なので平謝りである。
「ほんと、純情だけでも返して欲しい」
「勘違いだったとはいえ、他人の色恋に首突っ込んでくのが純情かね」
「はい乙女心傷つけたー。あたしの乙女心は木村に傷物にされましたぁ」
「……おまえなぁ」
「おまえじゃなぁい」
「はいはい。神辺さんな」
「……そういえばあたしのフルネームって知ってる?」
「
「そ、即答……え、木村、あたしのこと好きすぎ?」
「
「ス、ストップストップ。ストォップ! うわ、えーと……合ってる……」
しみじみと呟かれる「……きも……」は中々大ダメージだった。
そう何度も「はぁ」と溜息つくのはやめないか。
なにはともあれ、ひとまず誤解は解けたようでよかった。代償もそれなりな気はするが。
あと今回の件について話しておかなければいけないのは、清川と、念のため御堂さんと。
「そういや神辺さんの他に勘違いしてる人、あの時、話聞いてた人っているのか? そっちも誤解、してるかは知らないけど、もしなんか早とちりしてるなら言っておかないと……」
「どうだろ、あたしと……清川くらいじゃない? そんな周り気にしてる、わけでもなかったから、知らないけど」
「そりゃそうか」
神辺さんは空になった皿をテーブルの端に寄せる。
「あたしだってさっきの話、まだ信じ切ってはないし」
「めんどくさ」
トントントン、と三拍子だ。硬質な木目調を指の先で叩いてみせた神辺さんは、笑顔が攻撃的とまでは言わないまでも威圧的であることは証明していた。
「ちなみに神辺さんが他の人に言っちゃってたりは、しない?」
「怒るよ? し、て、な、い」
信じましょう。ただし謝ってはやらん。俺だってたまには投げやりに「そうかよ」と言いたいこともある。
「むっ……まぁいいや。……ちょっと思ったんだけど、それ勝負必要ある?」
「あるかもしれないしないかもしれない」
「なにそれ。てかどこで知り合ったの? その先輩と」
「それは秘密だ」
「でた。って、もしかしてほんとに、その……あんま言えない感じ?」
「あー、そうだなぁ……」
それはまだ考え中で、決めかねていた。どこまで言ってしまうか。
とはいえ「クラスの男子はみんな知ってることだしな」程度の事だから、この機に伝えておくのも悪くはないかもしれない。
「病院で会ったことがあるんだ。俺も……昔、体壊したことあってな、それからあんま激しい運動はできなくなってて、その治療のあれこれで」
「……は?」
「びっくりだろー」
「びっくりって……えぁ、んー……今は大丈夫なんだよね?」
「見ての通り」
軽く手を広げて見せたりもしちゃうよ。神辺さんが「そっか。うん。よ……うん」なんて思わぬ事実を飲み込む間に、俺はコーヒーに口をつける、つもりで、空のカップを傾けただけで終わった。
あぁくそ、俺にも緊張はあるってことか。
「まぁだから、あんま詳しいことは言えないけど、とにかくそういう事情ってことだ。嘘じゃないからな?」
「さすがに信じるよ。もう疑ってないって」
「ほんとかぁ? ほんとに心から信じ切ってるかぁ?」
「はー、うっざ。し、ん、じ、て、る。信じてます。これでいい?」
「良しとしといてやろう」
「えらそうにぃ。そうだ。そういうことなら、ごめん。サボってるとか、ちゃんとやってないとか言っちゃって」
「あぁ、それな、別にいいんじゃないか? 知らなかったわけだし。それにさっきも言ったけど、クラスの男子どもなんて全員知ってるのに普通に弄ってくるからな。俺も、変に気を遣われるよりそっちの方が楽だよ」
入学当初、俺が対人関係のリハビリ状態で、下手に隠し立てしたせいだから、というのもある。
身から出た錆というか、おかげでクラスメイト達(男子限定)と打ち解ける一助にもなったわけだし、そう悪いばかりでもない。キャラ立ちみたいな? 昔、鳩尾に毒矢を受けてしまってな……。
「木村がいいって言うなら、いいけど……」
そういうこと。
「ああ。いいんだよ。俺の事だから、嫌だと思ったら、俺がちゃんと言う。だから神辺さんとか、他の人が気にしすぎることはないってことだな」
「あ……うん。そう、だね。……そうだね……うん、そうだ」
クラスメイトの女子と二人で喫茶店に時間を過ごす。そんな日常が問題なく送れているのだから、なにも悲観することはない道理だ。
俺の人生は、最低ではない。
それからもうしばらくは雑談、俺の芸術センスがいかに(下方向に)突き抜けているかとか、桜の木がどうのとか、授業がああだこうだ、ここ最近の共通の話題なんかを取り留めもなく話し、時計の針が程よい位置に進んだのを見計らって店を出た。
「思ってたより、ゆっくりしちゃったね」
「そうだな。送っていこうか?」
「いいよいいよ。うち、ほんとにすぐ近くだし。それに木村は、電車なんでしょ?」
駅構内の喫茶店だったから、送るとなれば、わざわざ、が否応なく強調されることになる。ついさっき、意見ははっきりと伝えるべき、みたいなことを言ったばかりでもあるし、ここは「ああ。そうか、わかった」と引き下がるしかないだろう。
「じゃあまた明日、学校で」
「うん。また明日。ありがとね、付き合ってくれて」
「そういうことなら、こちらこそだ。色々話せて、いい機会だった。ありがとう」
誤解は解け、知らなかったことは知れ、伝えておきたかったことは伝えられた。
満足にとはいかないまでも、親交が深まる切っ掛けにはなるはずだ。
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