外伝4 後編 湖ではなく沼w
美人JKモデルとしてトップに立ち、W大学に入学した頃が人気のピークだった。入学式の日は一目KONを見ようとパニックが起きた。
当然「頭も良いトップモデル」としてCM契約は引きも切らなかった。だが、半年と経たずに二股スキャンダルで降板。事務所が負担した違約金も億はくだらない。度重なるスキャンダルが、CMに使いたいという奇特な企業をゼロにさせた。
性格が良ければまだしも、売れっ子だったときにチヤホヤされた記憶のせいで誰の意見も聞かないようになったKONは、事務所としても持て余す。
ネームバリューがあるから
そんな爆弾を使いたがるプロデューサーがいるわけがない。
今までは、何とか事務所の力でねじ込んできたが、それも限界に達してしまった。
だから、今回の
一度はトップを取った「女優」の初ヌードが、湖に浮かぶ死体役というのは前代未聞である。主演の峰岸に嫌われてのチョイ役でも、これなら話題にはなるはずだと社長とプロデューサーの密談が今回だった。
普通なら、そんな役を引き受けるはずがない。だからこそ「契約解除」で脅したし、さすがに、KONも契約解除がヤバいと理解した。
『ヤルしかないか』
しかし、今さら素直になれるはずもなく、ふくれっ面は変わらない。
「で? 何? 脱げばいいわけ?」
モデル出身者はショーの楽屋を素っ裸で飛び回るのが普通だし、バストトップが丸見えになる服だって平気で着る。しかもスタイル維持に関してはプロだけあって身体には自信がある。
だから、正直言えば、脱ぐこと自体にちっとも抵抗などなかった。もしもヒロイン扱いだったら、笑顔で脱いでいただろう。もちろん、それを知っている社長としては、洗礼の儀式という意味合いが強い。
一度、脱ぎ始めると手は早い。
目の前で平気で裸になっていくKONだ。
マネージャーは長い付き合いだけにKONが自分を男扱いしてないのは知っているから、平然としつつも目を向けない。
「いま、メークさんが来るから、そしたら、これ着て出てきて。ADが迎えに来るから」
差し出したガウンは、いかにも安っぽい。それが今のKONの値段だと言わんばかりだった。
「わかった。とにかく、東京に帰ってから、あの
メイクはメイクでも「特殊メイク」さんのお世話になってから、ロケ車を出たKONは、自分の考えが甘かったことに直面する。
エスコートがあるどころか、汚いトレーナーを着た若いADが「そこにガウンを置いて、こっち来てください」という雑な指示を出しただけ。
湖に裸で歩いて入っていけという指示だ。さすがに救助要員は用意されているらしいが、好奇の目が集中しているのは屈辱だ。
「あの、トップモデルだったKONが死体役のヌードだぜ」
そんな声が聞こえるみたいだ。
オマケにいつもよりも現場にいる男達が多い。収録に関係なさそうなスーツ姿の男達はスポンサー関係だろう。
1人だけヌードは、さすがに惨めだ。
だが湖に足を入れた瞬間……
「ぎゃ、なに、これ! 冷たい! 冷たすぎるぅう!」
当たり前である。夏でも冷たい湖に3月の朝の気温で入るのだ。
地獄である。
だが、それよりも、さっきのスーツの男達が近寄ってきて、もっと地獄な事実に気付いてしまった。
『スポンサーの横にいるあの男、覚えてる。W大に入れたことに浮かれて作った男じゃん。ブランドモノの彼氏がほしかったから付き合ったけど、もっとカッコイイ男がいっぱい寄ってきたから、捨てたんだよね』
あの時は「こんな良いオンナ、アンタみたいな普通の男にはもったいないの」とむしろ得意になって二股したことをバラしたが、こんな惨めな姿を見られてしまった……
最後に残ったプライドがズタズタになったのである。
・・・・・・・・・・・
カメラのすぐ後ろで土橋が「KONのヌード」に目を蘭々と輝かせている。何しろ前張りだけのオールヌードを手が届く距離で拝めるのである。スケベ親父にとって、これ以上のチャンスはない。
冷たい湖水にためらって、入るに入れない時間が長い分だけ、じっくりと見られると言うものだ。
ニヤニヤが自然と浮かんでしまう。
だから、KONが覚悟を決めて湖水に向かっていくと、残念そうな表情すら浮かべたのだ。
一方、拓哉は、かつて自分が抱いた女性が衆人環視の裸というシーンには困惑する。 さすがに見ていられない。目を逸らしてしまったが、かと言って土橋の目を考えれば、ここで立ち去るわけにもいかない。
そこに、可愛らしい声が挨拶をしてきた。
「おはようございます。お義兄さん」
美桃ちゃんだ。
「おぉ。久しぶり。活躍してますね」
「ん? なんか、可愛い声が」
さすが
「わっ、美桃ちゃんだ! えっと、大野君ってご兄姉なの?」
「いいえ。妻の従姉妹です。結婚式に来てくれて」
「やだ、お義兄さん。そんな他人行儀なこと言って。先週も、熱々のお家にお邪魔したばかりじゃないですか! お義兄さんが来るっていうから、頑張って早起きして来たのに」
あっさりと関係をバラされた。
美羽と仲が良いのは元からだが、なぜか拓哉にまで懐いて、たまに休みが入ると必ず遊びに来るのである。
「え? なんだよ、それ早く教えてよ。ね、ね、ね? オジさん、今回のスポンサーの人で、オレ、土橋って言うんだけどさ」
「あ! ○×ラーメンの方ですね!」
業界人としてスポンサーを覚えておくのは基本である。キッチリとマルバツ食品の主力商品は押さえてある美桃だ。
業界では「天使」と囁かれる笑顔を浮かべた。
「ありがとうございまぁす。いつも食べてます。美味しいですよね、あれ。美桃も大好きなんです。義兄がお世話になっているそうで。土橋さん…… ああ! そういえばマルバツ食品ですごいオジさまがいらっしゃるってうかがってまーす。わぁ~ 話にはうかがってましたけど、実物は、お話以上にダンディーな方なんですね」
如才ない挨拶だ。
「え? 大野君、オレのコト、美桃ちゃんに話してくれてたの?」
「あ、えぇ、まあ。いつもお世話になってる土橋専務ですから、当然ですよ」
内心苦笑い。仕事の話なんてするはずが無い。美桃が気を利かせているだけだ。しかし、そんな風にトップアイドルに言われたら、喜ばないスケベ親父などいないのである。
デレデレである。
「やっぱり、義兄がやっていけるのは土橋専務さんのお力なんでしょうね」
「いやあ、うん、まあ、そうかなぁ」
「さすがですね。専務さんにまで出世された方が現場に足を運ばれるなんて。いろいろなスポンサーさんがいらっしゃいますけど、こんなに熱心な方、美桃、初めてです。さすがぁ」
スケベ親父として、夜の女たちにおだてられ慣れている土橋も、トップアイドルの
「そ、そうなんだよ。いや、ほら、現場百回って言うでしょ? 任せっぱなしじゃなくて、上の者も現場の苦労をだね」
「すごぉ~い。やっぱり優秀な方は、お考えが違うんですね。ところで、
スーツの袖に優しいボディタッチまでしてみせるサービスぶりに、土橋の声は上ずる一方だ。
「あ、いや、大野君は優秀だからね。ウチの新工場も、全面的に任せることになっていて。そうだったね? うん。あの見積もりは実に良くできてた」
「わぁ、じゃあ、義兄の仕事が認められたんですね! 良かったぁ! お義兄さん、良かったですね!」
わざとなのかどうか。土橋の肩口に掴まってピョンピョンする美桃だ。それを拒める親父などいるわけがない。
「ありがとうございます。では、あの見積もりのままでよろしいのですか?」
「もちろんだとも、うん、うん。君のお義兄さんは、すごく優秀だよ。もちろん、私はもっと優秀だがね」
ガッハハと笑う土橋のニヤけ顔が止まらなかった。
スポンサーのオジさまを喜ばせるセールストークはお手の物。美桃の澄んだ声はよく響く。
当然、撮影は止まってしまった。けれども、ヒロインを務める人気絶頂のアイドルがスポンサー様を喜ばせているのだ。
番組の「神」とはスポンサーであり、ヒロインは、そこに仕える巫女である。
神と巫女が上機嫌で談笑する姿を止められる人間など現場にはいない。すくなくとも汚れ役の女優がどれほど困ろうと路傍の石以下にしか思わない。
半ば湖に浸かったKONのことなど誰も気遣っていなかった。
しかし、拓哉が見るに、ちょっとこの美桃の態度は異常だ。いくら仕事のためでも、ここまで媚びを売るなんて考えられない。
『見積もりの件は助かったけど。何か企んでる?』
義兄を売り込んで、楽しくおしゃべりしてみせる姿は、まるで何かへの当てつけのようであった。
そう、その通り。当てつけなのだ。
姉のように慕う大好きな
『そんな
3人の楽しげな話は、カメラスタートなどそっちのけで盛り上がった。
つまりは、湖に入った「落ち目女優」はいつまでも「氷地獄」から出られなくなった。しかし、凍えた身体よりもショックだったのは、ヌードになっても注目されなかったということ。
トップアイドルが、ただニコニコとしているだけで、たとえ裸でも
KONが唯一すがれる「プライド」はズタズタにされたのである。
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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