第7話 一緒に復讐を



 いっそ笑うしかない感じだ。


「ご存じだったんですか?」

「予想はしてたよ。それに確信もね。でも、実際には何もわからないんだ。現実を知ろうとしてこない臆病が、そうさせてきたんだ。だから君が知ってることを教えてくれる?」

「ご存じなら、私が言わなくても」

「証拠があるわけじゃないんだ。でも婚約しちゃってるからね」


 言外にあるのは「婚約解消」の四文字。ただのカレカノと「婚約」の法的な関係の違いくらいは、理解しているよ。


 相手が信じられなくなった、で別れるのは恋人。

 別れるために不信の理由が具体的に必要なのが婚約だ。


 もちろん、信じる気持ちを持てない相手と結婚しても将来は真っ暗だけど、それであっても「結婚」の約束は、お互いの家族までも巻き込むのだから、重いんだよ。


 ふぅとため息をこぼした美羽ちゃん。美女は何をやっても絵になる。


「みっともないヤキモチだって思われちゃうかも、なんですけど」

「君がヤキモチを妬く必要なんてないでしょ?」


 だってモノが違いすぎる。


 成績はオールA。実家が代々の資産家で、親は某一流企業の取締役なんだろ? 就職だって関連企業が揉み手状態で待ってるって話だ。


 それに、外見が違い過ぎだ。美貌もスタイルも比べものにならない。「一緒に歩くと、ナンパしてくる男はみんなミューのことばっかり見るの」って紗絵が笑ってたっけ。


 ナンパを相手にするわけないから、聞く度にオレも笑い転げてたけど。


 紗絵みたいな平凡な女の子に、よくぞ美羽ちゃんみたいな美女が親友でいてくれるなって思ってた。


 性格だって、お金持ち特有のおっとりさを持った、優しくて明るい子だ。


「オレだから口に出せるけど、君は紗絵なんかとレベルが違うよ? 美人だしスタイルも良いし成績優秀だ。そんな君がヤキモチなんて焼く必要があるわけないじゃん」


 ウソを言っていた……


 紗絵にヤキモチを妬く理由はある。いつもオレに対する好意が見えていたのをオレは知ってる。


 でも、しょうがないじゃん。


 オレは紗絵を愛してんだ。親友がいくら超絶美女でも、いや美女であるからこそ「乗り換え」なんてダメだ。そんなに器用な生き方はできない。


 彼女は「婚約者の親友」ポジから絶対に動かせない。


「約束する。君が何を言っても絶対に変な風に思わない。知ってることを教えてくれないか?」


 その瞬間、涙をポロポロッと落として「ごめんなさい」って謝ってきたんだ。


「ちょ、ちょ、ちょー 君は全く悪くないでしょ?」

「ごめんなさい。先輩に言おうと思ったんです。でも、どうしても言えなくて…… ごめんなさい。だから、ずっと逃げてました」

「あぁ、大学でも避けてたのは、それかぁ」


 やっとわかったよ。


「ごめんなさい。告げ口するのはダメだし、かと言って、友達として止めようとしたんですけど」

「たぶん、君は精一杯忠告してくれたんだろ? 悪いのは聞かない方さ」


 ハンカチに顔を押しつけるようにして首を振る。これじゃ、美羽ちゃんを責めてるみたいじゃん。


「相手って、インターンシップのメンターだろ? 確か塩崎だっけ? ウチの人科のOBだ」


 メンターというのは「指導者」みたいな役割だ。偶然なのか、新歓コンパで追い出した、あの男がメンターに当たったって話は、最初に聞かされた。


 紗絵は「ビックリするほど優しい人だったよ」とメッセで書いていた。男にだまされる免疫がないからなぁ。よりにもよってあの男だっていうのは嫌な予感はしてたんだよね。


「はい。あの時の人です」

「今日もそいつと会ってるんだろ?」

「たぶん」

「いつからなのか知ってる?」

「インターンシップの後…… 11月の中旬だと思います」


 大きく呼吸をした。


「サーエは相談してくれたんです。最初はホントに嫌がってました。それはホントです。最初から、あんなんじゃなかったんです」

「そこを詳しく教えてくれる?」


 コクン


「最初はすごく親切だったそうです。それで裏情報を教えるって言われてアドを交換したらしいんです。実際、人事情報とかをいろいろと教えてくれたみたいです」

「はぁ~ 要するにヤツが立場を利用したわけね」

「たぶん、そういうことです。面接の練習してあげるって呼び出されたんです」

 

 美羽ちゃんは「やめておいた方が」と言ったらしい。紗絵も「気を付けるね」と答えた。


 そして、その日、夜遅くになってからのことだった。


・・・・・・・・・・・

【美羽の回想】


 サーエが突然やってきた。今まで無かったことだ。それだけでも嫌な予感しかしないのに、来るなり「シャワーを貸して」と頼まれた。


 お手伝いさんに頼んで、すぐお風呂を用意してもらった。買ったばかりのパジャマも出してもらって用意した。


 それから2時間。


 泣いてたんだって一目でわかる顔で出てきた。パジャマの間から覗いた肌が真っ赤になってるのは、きっと、強く肌をこすってたからに違いない。


 確定だ。


 私から聞くわけにもいかないから、布団を二枚敷いてもらって並んで寝た。


 電気を消した後もすすり泣いていた。そして、しばらくしてから「どうしよ、たっくんの顔が見れない」と泣き声まじりの声がした。


 一応は止めたけど、相手はサーエの第一希望にしてる会社の人だ。面接の練習をしてもらえるなら、悪い話じゃない。本当に、面接の練習ならばだけど。


 危惧していたことが起きてしまったらしい。あ~ 先輩になんて謝ろう。私がついていながら。


 でも、どうする? 警察? それともお父さんに言って弁護士さんを使う? ともかく話を聞かなきゃか。


 辛いとは思うけど、まず、話を聞かないと。場合によっては病院よね。


「面接の練習だったはずでしょ?」

「雰囲気が大事だからって。ちゃんとしたシティホテルだったし。そういうこともあるのかなって部屋に入ったの」


 馬鹿! って思っちゃったけど責めても仕方がない。襲う男が悪いんだもん。そう思いつつも、あんな男を信じるからだと言う苛立ちが「騒がなかったの?」と聞いてしまった。ごめん。優しくなりきれないよ。


 でも、シティホテルなら一流ホテルでも少し騒げば誰かが気付くハズよ?


「あのね、暴力っていうか、言うことを聞かないと就職ができなくなるようにするぞって。それにね」

「それに?」

「ホテルに着いてきたのはお前だろって。婚約者に、ホテルに着いてきた写真を見せるって言われて」


 記念だ、と言われて部屋に入ってから写真を撮ったらしい。ベッドが後ろに写り込んでいるから、確かに、そんなのを見せられたらビックリするだろうけど……


 先輩なら、信じてくれるに決まってるのに。なんで、そんなレベルの低い脅しに?


 さすがに、イラッとしてしまう。でも、悪いのはあの男だ。落ち着け、私。


「そこから、少しだけって言うから……」


 触られることを許し、一枚ずつ脱がされ、とうとう身体を許してしまったらしい。男の、そんな口車に乗せられるなんて。決して愚かな子じゃないのに、サーエは人を信じやすいというか、本当に、悪意に弱いのだ。


 今までは私と一緒だったし、なんていっても大野先輩が付きっきりだったから、悪意に晒されることに慣れてない弱点が出てしまった。


 ずっと泣いているサーエを一晩かけて説得はしてみたけど、結局、できたのはお医者様に行ってモーニングアフターピルをもらうことだけだった。


 あぁ、絶対、このままじゃ終わらないよね? お父さんに弁護士さんを紹介してもらうのが一番だってわかってるのに納得してくれない。


 どうしよ?


 先輩に、言わなきゃ。でも、本人が言わないのに、私が横から言えないよ。


 あぁあ! どうしたらいいの!  


【回想終了】

・・・・・・・・・・・


 アドバイスを受け入れて、せめてオレに話してくれれば、こうならなかったんだろうな。


 でも、もう遅い。


「私、何もできなかったのが悔しいんです」

「ありがとう。でも、君は全く悪くないから。悪いのは……」

「復讐しましょう。サーエは、先輩だけじゃなくて、私の気持ちも裏切ったんです。なんのために、こんなに我慢していたのか……」


 美羽ちゃんの後半は悪いけど流させてもらった。でも復讐か。それはアリだよね。


「実は、もう父に相談しているんです」

「え? マジ?」

「はい。後は先輩次第です。念のために言いますけど、これは先輩のためだけじゃないんです。私の復讐です。友情を裏切られた女と一緒に復讐をしませんか?」


 ふうっと息を吐いた。


『なんて優しい子なんだよ』


 美羽ちゃんがオレのために「らしくない」物言いをしているのはわかってる。でも、その気持ちが嬉しかった。


「ありがとう。わかった。君のプランを教えてくれる?」

「はい。申し訳ないのですけど、先輩にはしばらく我慢していただきます」

「我慢?」

「まずは徹底的に証拠集めからです。その間に、これを」


 お父さんからの紹介だという名刺を2枚出してきた。


「わかった。頼りにするよ。法律の許す限り、徹底的に追い込んでやる」


 今回はインターンシップがきっかけなのは間違いない。紗絵が希望している会社はインスタント食品のトップメーカーだ。コンシューマ相手の会社だから、コンプライアンスには厳しいということになっている。


 会社が用意したメンターがインターンシップの学生に手を出したというのは、それだけでも重大なコンプライアンス違反だ。たとえ合意でも問題化しやすいのに、今回は、美羽ちゃんが聞いた範囲でも「就活をエサにしたレイプ」としか思えない行為だ。


 こうなってくると法律云々というよりも、これは「スキャンダル」となるレベルだ。週刊誌にリークすれば面白おかしく書き立てるのは目に見えていた。


 美羽ちゃんは「当然、この塩崎って言う人にも……」と硬い表情だ。


「そりゃそうだよね。こういう一流企業は、メンター役の社員に対して、それなりに事前教育はしているはずだから。それなのに、こんな不祥事を起こしてしまえば、会社が塩崎を訴えるレベルになるんじゃないかな。いや、絶対、そこまで会社を追い詰めてやる」


 テーブルの上の手を、思わず握ってしまって、あまりも華奢な感触に『あ、ヤベッ』と思ったけど、もう遅い。


 手を離すよりも言葉の方が先だ。


「美羽ちゃん」

「は、はい!」

「頼む、そのためには君の協力が必要なんだが。改めて、応援をしてくれ。頼む」 


 美羽ちゃんは、美しい唇をキリリと引き締めて1回頷くと、小さく「はい」と返事をすると、スルッとオレの手を抜け出した。


 今度は向こうからオレ手を包み込んできたんだ。 






 

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