第6話 ギルティ(4年冬)

 商社系の就活は、内定が出てからが本番だってことを知ってる?


 おかげで11月になっても、やたらと忙しい。


 海外研修が終わっても、まだまだ研修は続く。


 建前上は「」だよ? でも、そんなおためごかしを信じるお人好しは、もとから入社できないんだよ。


 朝から晩まで、セミナー、セミナー、セミナー。インターンシップの名の下に、あっちこっちで現場に引っ張り回される。商談に必要な資料作りだって、山ほど作らされる。もちろん、お客様に提示するモノではないんだけど、先輩が、その資料を「使って」くれると手柄になるわけ。もちろん、先輩からの評価レポートは人事に提出されるのを考えれば、その手柄をどれだけ集められるのかが、未来の分かれ道になる。


 そう考えれば、夜の9時、10時まで、先輩社員と並んで資料作りを手伝うなんて当たり前だったんだ。


 そして、商社マンの基本は語学だ。英会話、そして中国語のレッスンまで入っていた。結果を出し続けないと未来がない。英語はまだしも、中国語なんてイチからだ。


 マジで辛かった。


 そして紗絵も、だんだん忙しくなったんだ。


「もう12月の半ばだよ?」


 この時期に就活が絡まないのは常識だ。


「食品系はクリスマスと年末年始が一番盛り上がるから」


 そう言われると、そういうものなのかなって気もした。婚約者フィアンセの言葉を疑う必要も無いしね。


 けれども、それを信じたとしても紗絵の様子が明らかに変だった。


 ひどくふさぎ込んだり甘えて見せたり、ツンケンしたかと思うとデレデレになってみたり。エッチもなんとなく遠ざかってしまったなぁ。最後にしたのは11月だったね。


 しなくなったきっかけは偶然だった。就活から帰ってすぐシャワーしに行った時の下着姿が見えたこと。


「え? そんなエロい下着?」


 似合うかどうかは別として、ハーフカップの深紅のブラはまだわかる。でも、フリルをよけたらビーチク丸見えじゃん。おまけに下は同色で極小の三角の布がペラりと張り付くようなものだ。


 それって、ビキニラインよりもさらに際どくヘアをしてないと着られないだろ?


 一瞬、身体を隠したそうにしてから、むしろ、大胆に見せつけるポーズを取ったのが、後にも先にも不思議だった。


 長らく、見ていない身体を見せつけるようにして「食品系って言うか、社会人は普通だって言われてるよ?」と真面目な顔。煽情的な下着に、煽情的な身体、そのくせ、ひどく平凡な真面目顔が釣り合わないって感じたのは、なんだったんだろうね。

 

 あの時「まだ大学生じゃん」って言葉は飲み込んだ。記憶にある身体よりも、ぜんぜんエッチな身体に見えたんだ。


 あんまり驚いたから、エッチな下着を見てもヤル気と結びつかなかったくらいだ。


 そこで疑えば違ってたのかな? いや、もう、遅かったんだろう。


 あの時、オレは「見たくない」と思った。目を背ける瞬間に見えた君の表情は、哀しげにも、ホッとしたようにも見えたのを忘れられない。


 ともかく、それから、君の外出が圧倒的に増えた。飲み会、食事会が次々と入って、一緒に生活していてもスレ違いが多くなってきた。


「食品系は食べてみないとなの。だから、いろんなお店に行かなきゃ」


 食べ歩きも仕事の一部なんだって説明してた。でも、ホントに食べていたのは違うだったねって言ったら、お下劣か。


 インターンシップで知り合った人や業界の人。いろいろとマメに連絡を取らなくちゃいけないって、シャワーする時にもスマホを持ちこむようになっていたんだよ。 


 しまいには、お泊まりしてくるようになったんだ。普通なら疑って当たり前。


 疑わなかったのは、ただ怖かっただけさ。疑った瞬間に幸せが壊れるのがわかっていたから。


 でも、ホントは、現実を見ない幸せなんて無いのもわかってたんだ。


 ……わかっていても、怖かったんだよ。


 だから「紗絵に限って浮気なんてしない」って自分を偽ってた。


 そしてクリスマス・イブのこと。


 とても美しいサンタさんがという名のプレゼントを持ってきたんだ。



・・・・・・・・・・・


 

《ごめん。今日はみんなと飲むから遅くなるかも》


 そんなメッセが入っていたのは2時間前。


  《わかった。帰りが遅くなるなら迎えに行くよ》


 オレの送ったメッセに既読も付かなかった。


 はぁ~ 何やってるんだよ。さすがにイブに飲み会はないだろ。こっちだって昼間は研修があったけど、夜は空けるだろ、普通は。


 美羽ちゃん達と飲むんだろ? いくら親友でも、あんなに美人ちゃんだ。彼氏の一人もいるだろ? デートの邪魔しちゃダメじゃん。


『そろそろ注意した方が良いかなぁ』


 就活が大変なのはわかるけど、だからと言って、婚約者がイヴに一人だとか、おかしーだろ。


 さすがに、ちょっと頭にきたんだよね。電話しようかどうか考えながらアパートの階段を上ろうとした時だった。気配って言うのか「何か」を感じたんだ。


 思わず立ち止まって見つめたら暗闇から人影。


「お久し振りです」


 !!!!!


 ビックリした~ 


「わぁ~ 誰かと思ったよ。町田さんじゃん」

「はい」


 暗がりにいたのは美羽みうちゃんだった。研修の時、空港まで見送りに来てくれて、それ以来かな?


 お礼の土産を渡したかったけど予定が合わないとかで、紗絵を通じて渡しただけ。


 っていうか、大学で見かけても目だけで挨拶してサササッと逃げるようにいなくなってしまう。避けられてる雰囲気があった。思い当たるような何かがあるわけでもなく、オレとしては哀しかったんだけどさ。


「ごめんなさい、突然来ちゃって」

「いえいえ。今、紗絵は出かけてるよって…… あれ? みんなで飲み会だって言ってたのに。一緒じゃなかったんですか?」

「そのことなんですけど。お話ししたいことがあるんです」

「えっと、それならメッセくらいくれれば……」


 オレは言葉を途中で切った。つまりは「直接じゃ無いとダメな話」だってコト。


 街灯に照らされた顔は何かを思い詰めているのがわかって、ため息を一つ。


 これは絶対にヤバい話だよね?


「わかった。部屋にどうぞって言いたいところだけど、今、紗絵がいないから」


 誤解を受けるようなことは禁物だよ。友情にヒビを入れかねないもんね。


「ごめんなさい。サーエがいると話せないので」

「おやおや、なんか深刻そうだねぇ。って言うか、オレのために来てくれたんだろ?それなら、むしろ、ごめんはこっちの方だよ。町田さんの彼氏さんが泣いてないと良いけど」

「そんな! 私、彼氏なんていないし。まだ他の人なんて…… あっ、そ、それは違って!」


 わざと茶化した返事をしたけど、なんかヘンなボタンを押しちゃった? 


 っていうか、彼氏いないんだ? って部分にツッコミを入れる余裕があるほど、オレも大人じゃない。


『現実を見なくちゃいけないときが来たってコトか』


 美羽ちゃんは真面目な子だ。きっと、もしもだったら紗絵を許せないよね。もちろんオレだって許せないけどさ。


 駅前のカフェまでは、お互いに無言だった。


 二人の雰囲気が場違いないほどに明るいカフェの席。目の前には蒼白な表情で苦悩する美羽ちゃん。


「まるで自分の浮気を告白しているみたいじゃん」

「私じゃなくて!」

「そうだよね、町田さんよね」


 苦笑を期待したら、むしろ追い詰めちゃった? 


 ごめん。


「最低の女だって思われちゃうかも知れないんですけど」


 心配はわかる。


 美羽ちゃんはオレのコトを今でも好きだし、おそらくのも知ってる。


 だから、親友の浮気を喋って「片思いしてる男の気を惹くために親友を売る」って誤解されるのが怖いんだ。 


「大丈夫だよ。誤解なんてしないから」


 オレよりも数段、苦しそうな顔を見れば、そのくらいはわかるよ。


「そんなに悩まないでよ。どうせ時間の問題だったから」


 ハッと目が合った。


「あの、ホントに?」

「うん。見ないように逃げてただけだと思う」


 それが本音だ。「騙されたままで良いか?」って葛藤もあったけど、KONの時の傷がオレを迷わせたてた。


 浮気だけはしないはずの婚約者が、浮気してるなんて、地獄だからね。


 そして、オレ達の婚約はお終いになる。


 雨の降る日は天気が悪い。限り無く真っ黒なには理由があるのくらい、わかってるんだ。ホントはね。


 ギルティ……

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