第9話 どうしてこうなった!(2月)
内線を取った課長は「分かりました」とだけ答えると立ち上がった。
「塩崎君、印鑑を持って、一緒に来てくれ」
「はい」
課長に呼ばれた。珍しい。しかも印鑑付き? 何それ? 一体ナニが起きるんだ?
「あの、課長「黙りたまえ」はい。すいません」
無言でエレベーターに乗った。どっちかと言えば昼行灯のような課長の顔が、珍しく引き締まっている。
『何か重要なプロジェクトに選ばれて、守秘宣誓書に署名ってやつか?』
ありうる。
機密事項をエレベーターで喋るわけにもいかないもんな。黙るしかない。
『なんか2年目は来てるぜ! 見合いみたいになった宣伝部長の娘も良い感じだし、
11階。会議室フロアじゃん。課長の後ろを歩きながら、ゆっくりとセフレのことを考える。さもないと、この後にある栄光に、脚が震えそうだぜ。落ち着いている顔をしてないと、任せてもらえないかもだからな。
『顔が大したことが無くてもパイオツはデカいし、反応もいい。ボンヤリした顔のクセに案外とスケベな身体で、性格だって調教しやすい従順さがある。最初は写真で脅したけど、縄とオモチャと露出で徹底的にわからせてやったら自分からケツを振るようになったしな。ケケッ。あの男から寝取ってるってのが最高だぜ。こないだなんて自分から腕を組んでくるようになりやがった。次はケツ穴調教で記念写真を撮るか。で、結婚式の日にヤツへプレゼントしてやれば、おもしれーぞ』
まだ屈辱を忘れてない。ヤツさえいなければ、こんなぼやけた顔のオンじゃなくて、とびっきりの美女をセフレにできたはずのに。いや、あれだけの美人だ。セフレだけじゃもったいない。他の女と同じように、写真と動画で弱みを握れば、良い金づる担ったはずだ。
全部、ヤツのせいで無しになっちまった。
偏差値を鼻にかけたあのヤローがどんな顔をするのか、考えるでだけでも楽しい。
『待てよ? すぐに手放すのはもったいないか。顔は地味だけど身体だけは良いからな。もうちょっと楽しんで新婚生活になってからの方がヤローのショックもデカいだろ』
部長の娘は貧乳だが、実力者の娘婿になれれば出世街道まっしぐらだ。
『うっしし。セーヨクはセフレで発散して、娘とは誠実なお付き合いってことにしておくか。やっぱ、しばらくはキープしとかないとだな。人妻になってからヤルのも味なもんだろ』
課長は、迷いなく奥の会議室に進んだ。
お? ここは一番良い会議室じゃん! 決まりだな。下手すりゃ、社長肝いりのプロジェクトかも。
娘婿効果、ヤバッ。
「入りたまえ」
「失礼します」
頭を上げてビックリした。
人事部長? 横には書記役の男がPCを構えてる。それに人事課長のオバちゃん。確かやたらとセクハラに厳しいって評判だ。
そして、デブと痩せの二人? あの襟章って弁護士バッチじゃん!
「座りなさい」
ウチの課長はオレの斜め前に座った。
圧迫感がある。
「
え? なんで、その名前が出るんだよ?
「知っているかと尋ねている」
「あ、は、はい。前回のインターンシップで来た方かと……」
隣のオバちゃん課長が身を乗り出した。
「小仏さんの婚約者から、正確に言えばその方の弁護士さんから連絡が入ったの」
痩せた方の弁護士が、座ったまま会釈してきた。こいつか。
「提示された証拠を見るとウチにとってかなり不利な状況よ。あなたが就活の利益誘導をした上でコトに及んだことが明白です。これはセクハラだとか、そう言ったレベルのコプライアンス違反なんてものじゃすまないわ」
「い、いや、あの、それは何かの誤解が「おだまりなさい!」はい」
全員の視線が非難一色だ。ヤベッ、何とか言い逃れないと。
「これが表沙汰になれば、あなた個人の問題ではすまないの。よりによってインターンシップでのメンターであるあなたの悪行よ。ウチの会社が世間から袋叩きにされるのは目に見えているわ。そうなれば、お客様がどう動くか…… 最悪は不買運動が起きる可能性も考えて対策を取らざるを得ません。だから、この聞き取りで、あなたが何かを隠すと、会社としての心証がどんどん悪くなるから正直に全部話しなさい」
「いや、しかし「これを見なさい」」
机に滑らせるように写真が突きつけられた。ラブホに入るところを十数枚。メッセアプリの画面を写した写真は、今までのやりとりが全部載っている。いくつかのオレのメッセに赤い矢印の付箋が付いてた。
《騙される方が悪いんだろ。お前の婚約者にこの写真を見せたらどうなるかわかってるな?》
《10回、ヤらせたら写真は消してやる》
《バレたら、お前はウチに就職できないからな》
クソッ。あの女、裏切りやがったな!
ロビーで腕を組んでるホテルの写真まであった。これはこの間のホテル。
まさか、ぼんくら女に仕組まれたのか?
人事部長が口を開いた。
「インターンシップの学生にウソを並べてレイプし、脅したということになると犯罪だな」
「そんな! オレは、あ、いや、私は、そんなことは誓って(最初以外は)してません」
「だが、証拠は揃っているぞ? 小仏さんからも書面が提出されるそうだ」
そこに痩せてる弁護士が口を挟んだ。
「小仏氏は所轄の警察に告訴するとの意向だそうです」
「え? そ、そんな!」
ドンッ!
人事部長が不機嫌な顔で机を叩いた。
「インターンシップに伴う社員のレイプ事件だ。ウチの大スキャンダルになるのはわかるね? なんとかして、世間の非難を最小限にしなければ。まあ、すでに、私を含めて上まで責任連座は避けられん。それを理解しろよ?」
言葉は丁寧だが、既に「切り捨て決定」の冷たい響きだ。
観念して、出された証拠の範囲で正直に話すことにした。
2時間以上もかけて同じことを何度も聞かれ「さっきとここが違う」とやり直しを何度もさせられた。結局、洗いざらい喋らされた。
「では、最後に今後のことだ」
人事部長がダメを押すように冷たい表情で切り出してきた。
「はい」
「君は逮捕されるかもしれない」
「マジっすか! あ、いや、えっと、ホントでしょうか?」
「警察に訴えられるということ聞いたね? そうなれば逮捕はあり得るそうだよ。おそらく実刑だろう」
弁護士達が頷いてる。
「もちろん我が社も無傷ではすまない。そこで告発を取り下げてもらえるように全力を尽くすんだ」
「でも、どうしたら?」
「誠意を持って対応するしかない。今回、こちらが会社にいらっしゃったのはインターンシップといういきさつがあるからだ。お待たせしました。どうぞ」
痩せてる方の弁護士が立ち上がった。
「改めまして。大野拓弥様の代理人として依頼された山田
立ち上がるとA4の封筒が差し出された。
「中には大野様への和解についてご提案内容が書いてあります」
「え? 一千万?」
中の書類にいろいろと書いてあるが合計が一千万円だと? 馬鹿か! あのぼやけた顔の女に手を出したくらいで、そんな大金が払えるかよ!
「こういう案件としては、少々高額ですが、そちらが解決をお急ぎになると言うことなので、その分を条件として組み入れています」
「でも、これ、高すぎ「塩崎君!」は、はい!」
人事部長が
「この場で和解できないなら即座に懲戒解雇にするしかない。私は恩情をかけたいと思っているんだがね」
「おん、じょー、ですか?」
「インターンシップのメンターをした社員が学生に手を出したんだ。しかもレイプの証拠付き。即刻懲戒解雇が妥当だ。マスコミに流れれば君だってタダじゃ済まないだろう」
「でも!」
「今なら自主退職扱いにしてやるんだぞ? それが温情だ。多少とも退職金が出た方が君にとってはいいんじゃないか? 逮捕されれば、まともな再就職もなくなるどころか街を歩けなくなるぞ? ネットの炎上は容易に予想できるからな。となれば、和解を誰よりも急ぐのは君自身じゃないかね?」
マジで逮捕? 馬鹿な。だって、あの女は悦んでたじゃん! 腰振ってたじゃん!
その時、太った方の弁護士が口を開いたんだ。
「当社の顧問弁護士をしております。鈴木草太と申します。山田弁護士からの和解提案は、そこにありますとおり婚約の破綻に関わる諸費用、調査経費などが概算で500万、不貞行為の当事者への慰謝料として500万となっています。相場の倍以上ではありますが不法とまでは言えない内容です」
こんなの、マジで払えって言うのかよ。無理だよ……
「それと、老婆心ながら申し上げます」
まだあるのか?
「小仏氏の代理人からも後ほど接触があると思いますが、不法行為に基づく婚姻破綻がありますので、告訴を取り下げてもらうには、この倍額は必要かと。あるいは、被害感情次第では告発の取り下げが不可能な場合もありますが、その後の量刑の基準として『被害者との和解』は重要な判断材料となります。ですから、あなたも早急に弁護士を雇うことをお勧めします」
え? 弁護士も雇えと? そんなの知らねぇぞ。
「今後、当社への監督責任に関わる損害や今後の風評被害が発生した場合は、別途、賠償請求をさせていただきます。利害関係があるため、私から別の弁護士を紹介することは控えさせていただきます」
別の弁護士を自分で探せって? ……ちょっと待て! 会社がオレに損害賠償だ?
「算定方法は、別途話し合いになると思いますが億単位もありうることをご理解ください。お支払いが難しいようでしたら、入社に際しての保証人となった方ともご相談いただくことになります」
保証人って、それって親父だ。埼玉で高校教師をやってる親に連絡しろと?
ヤバい。親子の縁を切られるかも。いや、それ以前に、ぜったいぶん殴られる。
頭の中で、柔道部顧問を20年以上やってきた父親の激怒する顔が浮かんでいた。
人事部長が身を乗り出した。
「まず、こちらと和解した上でなら退職願はこの場で受け取ってあげよう。温情だよ。和解できないなら、この場で懲戒解雇だ。その後で逮捕されようとどうしようと知らない。もちろん、損害賠償請求は、また別の話となるがな。どうするかね?」
その圧が「ノー」を許してない。
「忠告するよ。誠心誠意を尽くして和解にしてもらいなさい。重ねて言うが、それができないなら君は逮捕されてもおかしくないそうだ」
二人の弁護士がウンウンと頷いてる。
オレは、もう、頭の中が真っ白になって、言われるがまま、何枚もある自分の死刑執行命令書にサインをするしかなかった。
全てのサインが終わった後、人事部長が冷たい顔で話しかけてきた。
「私的な話だが」
「はい」
「宣伝部の東クンは友人なんだがね『二度と娘に近づくな』だそうだ。事件を起こした男に娘はヤレないのはわかるだろう?」
「そんな……」
「念のため、電話番号から何から何まで全て変える。寄りによってレイプ魔に紹介してしまったということで、私は、相当に恨まれておかしくないのでね。人事部の人間としての怒りはともかく、個人的に、君に対する怒りは消すことはできんな」
そこで課長が「事務連絡です」と言葉を繋げた。
「私物を今すぐ片付けて会社から出ること。社員寮も今日中に出て行きなさい。今回の話を会社の誰かに話すのも、SNSに載せることも禁止です。万が一、情報が漏れた場合や逮捕となったら、即座に懲戒解雇を発令し、賠償請求手続きに移りますので」
「わかりました……」
オレの味方は一人もいないのかよ。
クソッ! どうしてこうなった?
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