第36話 決行前日のリリィ
マグナ・ハイランドで与えられた私室にて。
軟禁状態にあるリリィ・シトロエンは、特にやることもなく過ごしていた。
鏡の前にある椅子に座って、ボーッとしている。
この部屋は広いが、つい最近まで生活感のない物置のような状態だった。
理由はもちろん、リリィが戦場とマコトの部屋を往復するような暮らしをしていたからだ。
(おかげでこの部屋には、なんの思い入れもないんだよねー……)
毎日のようにここで寝泊りするようになったのは、アーサーとの政略結婚がハルトフォードによって一方的に決定されてからの話だ。
挙式の日まで出撃することなく、リリィは閉じ込められている。
散乱していた私物は整頓してもらったし、毎日シーツは新品に交換されるし、身の回りの世話は全てメイドがやってくれるし、豪華な食事が決まった時間に三食運ばれてくる。
何不自由なく暮らせているようで、ほとんど外に出ることができないため、リリィにとっては牢獄も同然の空間だった。
しかし、この退屈な日々もまもなく終わりを告げる。
「いよいよ明日かあ」
リリィはおもむろに、ポツリと呟く。
ちょうど近くにいたメイドが「おめでとうございます」などと純粋な笑顔で言ってきた。
彼女は最近マグナ・ハイランドで働くようになったらしく、リリィとマコトの関係など、諸々の事情に詳しくないらしい。
だから彼女は、明日に控えたアーサーとの挙式の話を指して、祝福しているのだろう。
リリィの頭の中には、別のことが思い浮かんでいた。
挙式に合わせてマコトがマグナ・ハイランドに襲撃を仕掛けるという話を、リリィは事前に聞かされている。
(思えば最近、マコトくんと毎晩話してたなあ……)
リリィが指輪を使ってマコトと話していた事実は、ハルトフォード側に露見していなかった。
そもそも、警戒されていないからという点が大きい。
指輪による通信など、誰にも想像できないからだ。
ハルトフォードの最先端魔法工学を持ってしても、通信技術は試験運用が始まったばかりの段階だ。
リリィの左薬指に嵌められている指輪のように小型な物ではなく、もっと巨大な装置を使って行うらしく、実用性の面でも難ありと聞いた。
(やっぱり、マコトくんってすごい人だよね)
毎晩の会話によると、マコトはたった一ヶ月でブラシュタットにいた敵を排除し、国内をほぼ掌握したらしい。
長年当主のジェラルドに仕えてきた執政官が、庶子の娘に殺されたという話はハイランドにも伝わっているが、マコトの手引きによって起きた出来事だとは認識されていない。
マコトが反乱の準備を着々と進めていることも、リリィの把握している限りでは誰も察知していない。
「早く会いたい……」
通信の映像によって顔を見ることはできているが、本音としては直接温もりを感じたい。
鏡台に突っ伏して横を見ると、壁際に飾られた純白のウェディングドレスが目に入った。
……次に会う時は、あれを着ている。
どうせ途中でぶち壊しになる式とはいえ、アーサーの好みに合わせるのは癪だったので、「マコトくんと式を挙げるならこれを着たい」と思ったデザインをリリィ自ら選んだ。
そのせいで、アーサーをはじめとしたハルトフォード側の人間も、リリィが婚姻に対して前向きだと勘違いしてくれた。
(明日はあのドレスを着て、式の途中でマコトくんに連れ攫われちゃうのかー……なんだかドキドキしてきたかも)
そこでふと、リリィは思う。
そう言えば、あのドレスってどこに剣を装備したらいいんだろう、と。
(さすがに、ウェディングドレスに帯剣するわけにはいかないよね)
今、リリィの剣はこの部屋に置いてある。
昔から使ってきた愛剣と、勇者の証である聖剣だ。
なんとか理由をつけて式に持っていきたいと言っても、さすがに断られるだろう。
「……今の内に、荷造りしておかないと」
必要な装備や服は、全部マコト特製の魔法鞄に詰め込んでしまおう。
鞄一つだけなら、かろうじて隠し持つことも可能……なはず。
「あと、他にやることはあったかな……?」
マグナ・ハイランドで、やり残したこと。
人生の半分以上を生活拠点としていたが、マコトがいないこの城にあまり価値はない。
「あ、そうだ」
今の内に、マコトとの思い出の場所へこっそり行ってみよう。
と言っても、マコトの部屋と、離宮にある東屋くらいしか思い浮かばないが。
近頃大人しくしていた甲斐あって、ハルトフォード側の警戒も薄れている。
(マコトくんの忘れ物があったら、代わりに回収しておいてあげよう)
まだ、外が明るい。
計画を実行に移すには、少し早いか。
夜になったら、行動開始しよう。
今夜は思い出に浸って、明日になったら大暴れしてここを去る。
リリィはその時が待ち遠しくて仕方がなかった。
◇◇◇◇
お待たせしてすみません。
次回は金曜(1/6)の夜に更新予定です。
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