第34話 魔王の誘い

 執政官の死から二週間後、夜。

 マコトはミュールパントの自室で酒を飲んでいた。


「やはり、茶よりは酒の方が性に合ってるな」


 当たり前だが、どんな安酒でも毒の入った茶よりは美味い。

 執政官を殺した時。

 毒はカップではなく茶葉に仕込まれていた。

 つまりあの時、マコトも毒を摂取していたのだ。

 ノノから渡された、二つの小瓶。

 片方は即効性の毒で、もう片方は事前に飲むことで効果を発揮する解毒剤だった。


「我ながら強引なやり方だったが……まあ、問題ないだろう」


 詳しく調べれば真犯人や毒の出どころなども露見するだろうが、構うことはない。

 この件が見直されることがあったとしても、マコトは既にリリィを奪還している頃だ。

 自分とリリィのためなら、それ以外の全てを切り捨てる。

 その決意に揺らぎはない。

 だが、「それ以外の全て」が、どうでも良いわけではない。

 今まで犠牲にしてきた人々の中には、友人や、仲間や、世話になった人、長年関わりのあった人も多くいた。

 躊躇も後悔もないが、哀愁はあった。


(……自分で殺しておいて、振り返る資格なんてないか)


 今日も、ハルトフォードの軍団長とフェルナンを死地に追いやったばかりだ。

 執政官の死後、マコトはブラシュタットでの発言力を強めている。

 アザレアはハルトフォードに復讐するためならと協力的な姿勢で、彼女に忠義を尽くす諸侯も徐々に味方に引き入れることができている。

 邪魔だったのは、フェルナンと軍団長、そしてハルトフォードから派兵された二千の兵だ。彼らには、まとめて退場してもらうことにした。

 大森林のエルフと手を結び、エルフたちが武装蜂起の準備をしている、という情報を流した。

 その鎮圧に、軍団長とフェルナンを向かわせたのだ。

 マコトとエルフは、ノノを通じて手を結んでいる。鎮圧軍の兵力や行動計画は、全てエルフ側に漏れていた。

 数で言えばエルフは少数だが、入り組んだ地形の大森林に鎮圧軍を迷い込ませ、各個撃破に持ち込めば対処は容易だ。動きを網羅している相手なら、尚更に。


(後は、大森林の自治権ををどうやってアザレアに認めさせるかだな)


 今回のエルフとの協力は、独立という餌を与えてのことだ。

 ノノを制御するという意味でも、エルフによる大森林の自治権については話を通す必要がある。

 あそこはブラシュタットとしても活用できていない土地だ。

 昔に起きたエルフ迫害の影響で、大森林はエルフではなくブラシュタットの土地だと主張しているに過ぎない。その話を持ち出した上で利益を説明すれば、理解は得られるだろう。


「うん……?」


 マコトが考え込んでいると、指輪が光った。

 リリィからの連絡だろう。

 最近はよく、この時間帯に話している。

 いつも通り談笑するつもりで連絡に応じると、見慣れた幼馴染の顔が映し出される。

 しかしいつもの彼女とは、雰囲気が異なっていた。

 魔王だ。 


「久しぶりじゃな。おぬしのブラシュタットでの手腕、見事じゃ」

「ハイランドの方にも、僕の動きが伝わっているのか?」


 ハルトフォード側に警戒されないよう、情報の操作には気を使っていたつもりだったが。


「安心せよ、知っておるのはわらわだけじゃ」

「なぜお前だけが知っていて、まるで直接見てきたかのような言い方なんだ」

「おぬしが寄越した、指輪のおかげじゃ。今のように通信しておらずとも、漏れ伝わる魔力から、ある程度の情報を取得できる。もっとも、それができるのはわらわだけじゃろうが」


 したり顔で、魔王は言う。


「で? わざわざ連絡をよこして、何の用だ」

「ふん。この依り代とは用がなくとも話し込んでおるだろうに」

「用がないなら切る」

「まあ待て。ブラシュタットを掌握して、そろそろもう一つの問題に行き詰まる頃だろうと思っての」


 リリィを取り戻し、ハルトフォードと渡り合っていく上での、もう一つの問題。


「制約魔法のことか」


 ハルトフォードがリリィを縛り付けるために付与した制約魔法を解除しなければ、彼女をハルトフォードの人質という立場から助け出すことはできない。

 ブラシュタットに来てから方法を模索していたが、いまだ見つかっていなかった。


「わらわなら、解除する方法を知っておる」

「魔王の話を信じろと?」

「聞くだけならタダじゃろう」

「怖いのは、その後だ」


 マコトの言葉に対し、魔王は含み笑いを浮かべるのみだった。


「まあ、聞け。この制約魔法は非常に強力な上に複雑じゃ。我が依り代を縛るだけのことはある。おぬしの得意な小細工で解除できる代物ではない」

「では、どうしろと」

「力技じゃ。理屈を超えた力で、強引に解除する。そのためには膨大な魔力が必要じゃ」

「その魔力を、誰が用意する」

「わらわじゃ。それほどの魔力を持つのは、わらわ以外にはおらぬ」

 リリィの姿形をした魔法は、自らを指して言う。


「自分の肉体すら持たずにリリィに寄生しているお前に何ができる」

「寄生とは心外じゃが……わらわには、この肉体を手に入れるために蓄えてきた、膨大な力があるではないか」


 魔王はリリィの肉体を乗っ取って復活を遂げるため、魔軍と人間の戦争によって多大な犠牲を払い、死者の魂を自らの力に変えて蓄えている。


「確かに、お前は十分な力を蓄えているのかもな」

「このほとんどを使えば、どんな厄介な呪いであろうと解除することが可能じゃ」


 制約魔法が解除できる、だけではない。

 復活のために蓄えた力のほとんどを別の目的のために消費させることができれば、リリィの死が飛躍的に遠のく。

 マコトとリリィにとって、都合が良すぎる。

 そんな話を、魔王が提案している。


「お前は何の見返りもなく、自分が損してまでリリィを助けるような奴じゃないだろう」

「まあ、そうかもしれんの」

「魔王。お前はリリィの制約魔法を解除する代わりに、何を求める」

「無論、おぬし自身じゃ。マコト・ハルトフォード、我が僕となれ」


 リリィの姿をした魔王は、不敵な笑みを見せていた。

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