第33話 血塗られた茶番劇

 執政官モーガンを毒殺する。

 問題はどうやって警戒心の強いあの男を、ふさわしい舞台に引きずり出すか。

 狙い目は、ミュールパントに着任して以来日常となった、お飾りの総督として参加する会議の後だ。 


「執政官、少しいいかな」

「……何用ですかな」


 会議が終わり、各々が退室していく中、マコトは執政官を呼び止めた。

 これまで、互いにほとんど会話を交わしたことはない。加えて、執政官モーガンはハルトフォードの内情をよく理解しているため、マコトを軽んじる側の人間だった。


「僕は総督としてまだ未熟だ。少しでも早く一人前になるため、政治の道に精通した執政官に教えを乞いたい」


 マコトは自分が侮られていることを承知の上で、下手に出た。

 ハルトフォードの家中で、マコトは教養のない戦ばかりに出ていた人物として認識されている。

 その認識を逆手に取るため、会議の場でも口を出さず、執政官やハルトフォードから送られてきた連中が好きに振る舞うのをあえて見過ごしていた。


「……」


 執政官は無言のまま、マコトを見ている。

 執政官としては、マコトが他の誰か変な入れ知恵をされて扱いにくい人間に育つよりは、自分にとって都合の良い知識だけを与えた上で恩を売った方が、マコトを傀儡として操りやすくなる。


「良いでしょう」


 執政官は、小さく首肯した。

 この男はジェラルドより、マコトを制御する役割を厳命されているはずだ。

 餌を与えれば必ず食い付くと分かっていた。


「では、茶でも飲みながらさっそく話を聞かせてくれ」

「それは、今からという意味ですかな」

「もちろんだ」


 何食わぬ調子で言うマコトに対し、執政官の眉が不服そうに動いた。

 隠す努力もしない辺り、マコトに上から物を言われている状況が余程気に食わないらしい。

 自分は多忙の身なのに、無能な傀儡が上から目線で時間を奪うとはけしからんとでも言いたげだ。


(これから死ぬ男に何を思われようが、どうでも良いけどな)


 マコトは本心を表に出すことなく、無能でお飾りの総督らしく振る舞うことにした。


「せっかく良い天気なんだ、庭の方に行こうじゃないか」


 邪魔な男を、死地へと案内する。


 

 マコトは執政官を連れて、ミュールパント城の中庭にやってきた。

 中庭は城内のどこへ向かうにも近道となるような場所で、往来が多い。

 騎士やらメイドが、途切れることなく行き交っている。

 つまり、とても静かに茶を飲むような空間ではない。


「よし、ここで良いだろう」

「この場所……ですか」


 中庭にもテーブルや椅子が設置されているが、適当な木で造られた品だ。

 マコトが率先して座る一方で、執政官は顔をしかめていた。


「どうした、座れ」

「……は」


 逡巡の後、執政官はマコトの向かいに座った。


「ニコラ、例の茶を用意してくれ」 

「かしこまりました」


 あらかじめ控えさせていたメイドのニコラに、マコトは指示を出す。

 ニコラ・マクシマン。

 マコト付きのメイドであり、執政官モーガンにとっては曲がりなりにも娘にあたる存在だ。

 ニコラの名前に反応を示すかと思ったが、執政官の興味は別のところに向いていた。


「例の茶とはなんですかな」

「最近手に入れたお気に入りの茶でね。まあ、飲めば分かるさ」


 そんな言葉を交わした後、程なくしてニコラがティーセットを運んできた。

 執政官の視線が一瞬だけニコラの方に動くのを、マコトは見逃さない。

 どうやら、気づいてはいるらしい。 

 茶が注がれたが、執政官は自分から口をつけようとしない。


(僕に対する礼儀を見せている……というのは建前だな)


 この男がマコトに対して敬意を持ち合わせているとは思えない。

 長年ジェラルドの側近を務めてきただけあって、警戒心もかなりの物だ。


「そちらが飲まないなら、僕の方から」


 カップを手に取ると、マコトは一気に茶を飲み干す。

 毒など入っていないと、まるで自ら示すように。


「さあ、執政官もどうぞ」

「では、いただきましょう」


 執政官はマコトに異変がないのをしっかりと確かめてから、カップを手に取り口をつけた。


「なるほど、これは中々に美味ですな」

「ああ、天にも昇る味だろう?」

「は? それはどういう……がハッ!?」


 茶を飲んでから少しして、執政官は吐血した。

 息苦しそうに喉元を押さえたかと思ったら、椅子から崩れ落ち、仰向けの状態で地面に倒れる。

 歪なまでに大きく見開き、涙のように血が溢れる両目は、一点に向けられていた。


「ま、さか……おまえ……」

  

 視線の先に立っていた人物は、執政官モーガンが虐げてきた娘、ニコラだ。

 目の前で起きた出来事に困惑していた様子のニコラは、名指しされても咄嗟に反応できなかった。

 彼女が何かを言い返す前に、苦しんでいたモーガンは事切れた。

 マコトが望んでいたのは、この状況だ。 


「ニコラ、お前がこの男に毒を盛ったのか……!?」


 マコトは声を張り上げながらテーブルをひっくり返すと、ニコラに掴みかかり、取り押さえた。


「そんな……マコト様、私は違います!」


 まだ、自分の正体が露見していないと思っているのだろう。

 あくまで純真なメイドのようなそぶりで、ニコラは否定する。

 彼女が偽っているのは、あくまでも正体だけだ。

 毒殺した犯人でないことは、マコトが一番知っている。


「おやおや、何事ですかこれは」


 いかにも、たまたま通りかかったら騒ぎを聞きつけた、という顔でノノがやってきた。


「執政官が毒殺された。犯人はニコラだ」

「へえ、それは怖い話ですねえ」


 口ぶりだけは怯えるような態度のノノだが、平然とした顔で執政官の無残な死体と、先ほどマコトがテーブルをひっくり返した際に散乱したカップの破片を見下ろしている。


「ですから、私は毒を盛っていません……!」

「君の用意した茶を飲んで、この男は死んだ。ここは中庭だ、目撃者も多い。言い逃れはできないぞ」

「そんな……」


 ニコラは拘束された状態から脱するためにもがくが、単純な力ではマコトの方が上回る。


「ニコラさんなら、毒を用意することも可能でしょう。彼女はただのメイドに見えますが、実はハルトフォードの諜報員。加えて執政官の庶子であり、その出自のせいで汚れ仕事を押し付けられる羽目になったのです」

「なるほど、毒殺の動機は怨恨か」


 ノノの言葉はマコトにとって既知の情報だ。

 周囲の目撃者に聞かせるために、あえて再び語っている。

 ニコラはその境遇ゆえに親である執政官を殺したのだという筋書きを、知らしめている。


「ですから、私では……!」

「もういい」


 否定しようとするニコラの言葉を、マコトは実力行使で遮った。

 ニコラの腹に一撃入れて、昏倒させる。


「誰か彼女を拘束し、牢に連れて行け。猿轡も嵌めろ、舌を噛まれては困るからな」


 マコトは周囲の兵に向かって、指示を出す。

 傀儡ではあるが、マコトは総督だ。

 戸惑いながらも、兵たちは指示に従ってニコラを連れて行った。

 その様子を眺めながら、マコトは考える。

 これで、執政官とメイドの顔をした諜報員を処理することができた。

 全て、計画通りに事が運んでいる。

 ニコラは牢に連行された後、口封じのために殺される手筈だ。


(思えば、ニコラとの関わりは長かったな)


 諜報員としての正体を知ったのは最近だが、彼女はマコトが勇者になる一年ほど前から、メイドとして仕えていた。

 ハルトフォード家において、ニコラはマコトを侮蔑しない数少ない存在の一人だった。

 もちろん彼女の態度は、諜報員としてマコトを監視する上で都合がいいからそうしただけの可能性はある。

 だとしても。

 何年も付き合いのある人間を殺して、何の感慨も湧かないわけではない。


「悪いな、ニコラ。君には何度も助けられたが……」


 それでも、マコトは目的を達成するためなら、必要な犠牲を払うことに躊躇いはない。

 リリィに再会する日が、また一つ近づいた。

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