第32話 ノノの策とリリィの連絡

 マコトはノノの執務室で、彼女と話している。

 話題は、ニコラの正体だ。


「彼女のフルネームは、ニコラ・マクシマンと言います」

「マクシマン……執政官モーガンと同じ姓だな」

「はい。彼女はモーガンの庶子です。一応マクシマン家の一員ですが、姓を名乗ることを許されなかったようです」

「それで、家を出されてメイドをしていると?」

「メイドは表の顔ですね。彼女はハルトフォードの諜報員となるよう訓練され、裏では汚れ仕事や潜入活動を行っています」

「……なるほど」

 

 ニコラがマコトの周囲にいたのは、ハルトフォードから指示を受けてのことだったのだろう。

 彼女もまた、家やハルトフォードの都合で利用された者の一人なのだ。


「ニコラはモーガンやマクシマン家と確執があるのか?」

「さあ? そこまでは知りません。問題は、動機に見えるような背景があるか、です」


 ノノは含みのある言葉とともに、二つの透明な小瓶を差し出してきた。

 小瓶にはそれぞれ、違う色の液体が入っている。

 間違いなく、毒だろう。


「これを盛れと? なぜ君が自分でやらない」

「私が暗殺犯になりたくないから……という理由もありますが、ニコラさんは、マコトさんのメイドですからね」

「ああ……そういうことか」

「陰謀ではなく感情で殺したという筋書きでなければ、ハルトフォードの本国から警戒されてしまうでしょう?」


 その一言で、マコトはノノが意図していることを理解した。

 確かにこの方法なら、ハルトフォードに不審がられることなく、モーガンを処理することができる。



 夜。

 ノノとの会話を終えて、マコトは自室に戻っていた。

 アザレアがいる隣の部屋とは扉で繋がっているが、最初の夜以来、別々に過ごしている。


(また掴み所のない話をされるかと思っていたが、今回は有益だったな)


 ノノから聞いた、ニコラの正体と出自。この二つの情報があれば、執政官を違和感なく殺すことができる。

 策は用意できた。

 問題は、自分自身にも多少の危険があるくらいか。


「あ」


 マコトが考え込んでいると、左手の指輪が光った。

 もう片方を持っている相手……リリィから連絡が来た合図だ。


「あ、つながったのかな? やっほーマコトくん……ってあれ?」


 マコトが連絡に応じると、声が聞こえてきた。

 合わせて、指輪の宝石部分から、リリィの胸元あたりから上の部分が立体的な映像として表示された。


「やあ、リリィ」

「てっきり声だけだと思ってたのに、顔も見えるのこれ!?」


 映像が表示されたのは想定外だったらしく、リリィは慌てふためいている。


「僕が君と話すために作った指輪だぞ? 声しか聞こえない欠陥品のはずがないだろ」

「言われてみればそんな気はするけど……分かってたらもう少しちゃんとした格好をしたのに」


 不満げなリリィは寝巻き姿で、まさに今から寝る前といった装いだ。


「別に気にすることないだろ? そういう格好は見慣れてるし、取り繕わなくても君はかわいいと思う」

「き、きみ……もうわざとわたしが照れるようなこと言ってるでしょ」


 リリィの赤面する様子が、指輪の映像越しによく見えた。


「正直、悪いとは思ってないよ」

「悔しいけど……わたしもマコトくんの顔が見れて嬉しいから、許す」

「それは良かった」


 マコトとリリィは、お互いに笑い合う。


「マコトくん、調子はどう? きみのことだから、総督の仕事も独学で得た知識でなんとかしちゃいそうだけど」

「悪くはないかな。少し困っていたことがあったけど、解決しそうだ」

「それは何よりだね」

「リリィの方こそ、問題はないか?」

「うん、相変わらず軟禁されていて不自由ではあるけど、あの人が意外と接触してこないから、困ってはいないよ」

「そうか……」


 あの人、とはアーサーのことだろう。


「あ、でも一個問題があるんだった」

「なんだ」


 マコトは思わず少し身を乗り出す。

 

「きみと直接会えないこと!」

「はは、それは確かに問題だな……」


 すぐに、拍子抜けした。

 まあ、何事もないならそれが一番いい。


「マコトくん、次はどこにでも転移できる魔法か魔道具を作ってよ」 

「それはぜひ欲しいけど、なかなか難しいんだよな」

「うーん、じゃあわたしも手伝うから、今度一緒に作ろう?」

「リリィが手伝ってくれるなら、できそうだ」


 そんな調子で、マコトとリリィは夜更けまで話していた。

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