第31話 補佐官ノノ・ノイエンタール
翌日。
マコトはミュールパント城内で、会議の場に参加していた。
新たなブラシュタットの体制を担う面々が、長机を囲んでいる。
話題は魔軍の残党狩りや、度重なる戦争によって主がいなくなった城塞都市の処遇などが中心だ。
マコトは一応話に耳を傾けていたが、内容よりもこの場にいる人間の力関係に注視している。
「空きができた城塞都市の新たな城主についてだが……候補出しは完了しているか」
この場を中心的に取り仕切っているのは、執政官のモーガン・マクシマンだ。
形式上はマコトやアザレアがトップだが「十分な経験を積むまで補佐する」との名目で実権を握っている。
「ええ。魔軍によって侵攻を受けて半壊状態となった都市については、昔からブラシュタットに仕える諸侯を転封し、復興作業を担ってもらおうかと思います」
元々は勇者リリィの仲間であったはずなのに、総督の補佐官という立場でミュールパントの中枢に何故か紛れ込んだ魔法使いノノ・ノイエンタールもまた、積極的な姿勢を見せている。
「では、その者たちが移動した後に空いた都市はどうする?」
「健在な城塞都市については、ミュールパント攻略戦に協力したブラシュタットの諸侯や、ハルトフォード所属で功績を上げた者に与えたらいいかと」
「さすがはノノ様、ご名案ですなあ!」
ハルトフォードと内通し、ミュールパント攻略の立役者となったブラシュタットの諸侯フェルナンが、時折媚を売るような態度で、会話に参加している。
その他にもブラシュタット派の筆頭であるジルベールなど一部の諸侯や、ハルトフォードから派遣された文官などが列席しているが、発言する機会は少ない。
総督であるマコト、ブラシュタットの後継者であるアザレアは、上座にはいるが基本的には静観しており、時折形ばかりの承認を求められるだけだ。
(やはり、執政官のモーガンを排除しないことには動けないな……)
何か弱みや隙がないか探ってはいるものの、現状その気配はない。
モーガンは文官一筋の男なので正面から切り捨ててしまうことは容易だし、暗殺という手段もあるが、あまり派手なやり方をすればハイランドにいる当主に不穏な気配を勘付かれてしまう。
○
結局いい手が思い付かないまま、会議の時間が終わった。
会議室を出ようとしたところを、ある人物が呼び止めてきた。
「どうも、マコトさん。いえ、総督殿とお呼びした方がいいですか?」
エルフの魔法使い、ノノだ。
誰の味方で何を考えているのか分からない少女は、見た目だけは人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
「何の用だ」
「つれない態度ですねえ……私はただ、耳よりな情報を持ってきただけなのに」
「悪いな、僕は忙しいんだ。君が呼んだように「総督」だからな」
「またまた、名ばかりの役職なのは私が一番知ってますよ。なんたって私は、総督の補佐官ですからね」
時に研究所の天才魔法使いであり、勇者の仲間であり、ミュールパントの門を陥落させた襲撃者でもあるノノは、去ろうとするマコトの腕を掴んできた。
マコトは振り解くか逡巡する。
ノノが軽く腕を引っ張って、耳打ちしてきた。
「執政官のモーガンを排除する方法をお教えします」
表情を窺うと、ノノはしたり顔を浮かべていた。
○
マコトはノノの部屋にやってきた。
本来は執務室であるはずだが、謎の瓶や薬草、液体などが雑多に置かれており、どちらかと言えば研究室のような空間だ。
応接用のソファで、向き合って座る。
「さて、では改めて執政官を排除する方法についてお話ししましょうか」
「その前に、目的を聞かせてもらおうか。何故君はモーガンを排除したいんだ」
「まあ、当然そこは気になりますよね」
ノノはやれやれとばかりに肩を竦める。
「マコトさんは、エルフが暮らす大森林がブラシュタットの領内にあることはご存知ですか?」
「ああ。エルフのほとんどは、大森林の出身だって聞いたことがある」
「私ももれなくその一人なんですが……私は、大森林をブラシュタットから独立させたいと思っています」
なるほど、話が読めてきた。
「……エルフによる大森林の自治権を餌にミュールパント陥落の手助けをしたが、反故にされたってところだな」
「お察しの通りです。ブラシュタットの前当主がいる限りは叶わない夢なので、ハルトフォードと取引する形で彼らの奇襲に協力したのですが……報酬は、私の補佐官という立場だけでした」
ハルトフォードは大陸全土を我が物にしようと目論んでいる。彼らの下での当地ならともかく、そう簡単に独立を認めるはずがない。
「だから執政官を排除して代わり奴に実権を握らせ、独立を認める書類に版を押してもらう……ってわけか」
「いやー、マコトさんは話が早くて助かります」
ノノは満足そうにうなずいている。
「私自ら補佐官としてミュールパントに乗り込めば上手くやれるかと思ったんですが、あの執政官が想像以上に厄介でして。あの人さえいなくなれば、後は御しやすい人物しか残りませんから」
「僕もその御しやすい一人ってことか?」
「ええ、まあ。マコトさんは、ご自分とリリィさんにとって得な交渉だったら、迷わず引き受けてくれるでしょう?」
「……なるほど」
マコトは思わず、苦笑してしまう。
確かに、守るものと切り捨てるものが明確であるという意味では、自分は扱いやすいのかもしれない。
「別に私がブラシュタット全体の実権を握ろうってわけじゃありません。そこはマコトさんにお譲りしますから、大森林だけ分けて欲しいってだけです」
「今更君の言葉を信用しきることはできないが……僕にとっても、悪い条件じゃない」
「では、交渉成立ということで?」
ノノが笑顔で握手を求めてくる
マコトはすぐには応じなかった。
「まだ、肝心の方法を聞いてない。どうやって執政官を排除する?」
「あの男を排除するには、とある情報を利用します」
「……情報?」
「はい。ニコラさんの正体です」
ずっとマコトに付いて回って、ついには総督として赴任したミュールパントにも同行した、あのメイド。
ニコラの正体を、何故ノノが知っているのか。
相変わらず、掴み所のない少女だ。
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