第23話 二人の関係
マコトとリリィはミュールパントの外区街を見て回った末に、城壁にある見張り塔の上にやってきた。
重要な防衛施設に余所者が入るなど、本来ならあってはならないことのはずだが、見張りの兵士はリリィの姿を見ると、快く通してくれた。
「この街を救った勇者、っていう立場も悪くないねえ。あっさり入れちゃった」
「ハルトフォードとブラシュタットがつい最近まで敵国だったことを考えると、無用心すぎると思うけどな」
実際、この位置からなら都市内の構造が丸わかりだ。
難攻不落の城塞都市であるミュールパントだが、案外こうした個人レベルの気の緩みから、陥落する可能性だってあり得る。
「でも、思った通り。ここからだと、夕日がよく見えて綺麗だね」
「ああ、そうだな」
リリィは見張り塔の塀に身を乗り出して、地平線に沈みつつあるオレンジ色の太陽を眺めている。
マコトはその隣で、西日に照らされて輝くリリィの銀髪に目を奪われていた。
「マコトくん、今日は楽しかったね」
「ほとんど食べ歩きしてばかりだったけどな」
「いっぱい戦うと、その分お腹が空くんだからしょうがないでしょ!」
リリィが怒ったように言い返してくるが、すぐにおどけて笑ってみせた。
「まあ、リリィが満足したなら何よりだ」
「あ。それでいうと、まだ一つやり残したことがあるかな」
「なんだ?」
「えっとね。わたしたちの関係について、確認してなかったと思って」
リリィは塀から降りて、マコトと向き合う。
「僕たちの関係って……幼馴染とか?」
「それも間違いじゃないけど、もっと恋愛的な意味で。わたしとマコトくんって、どういう関係なのかな」
リリィは真剣な眼差しでマコトを見つめてくる。
僕とリリィの関係はなんだろう、とマコトは考える。
お互いに、好きだと言い合ったことはある。
両想いだ。
でも、二人の関係性にはっきりとした名前をつけたことは、これまでなかった。
「つまり、恋人になろうってことか」
俺の出した答えに対し、リリィは悩ましげな表情を浮かべる。
「そうだけど、まだちょっと足りないかな」
「足りない、って?」
「子供の頃の約束、忘れたとは言わせないんだからね」
リリィが一歩、にじり寄ってくる。
子供の頃の約束。
「初めて会った日に言ってた、お嫁さんになるみたいな話のことか?」
「そう! だからわたしは、ただの恋人じゃなくて、結婚を前提としたお付き合いがしたいの!」
うんうんと大きくうなずいて、リリィが目の前まで迫ってきた。
マコトの答えを、求めているようだ。
「僕としても、それは望むところだ」
「へへ、やった」
リリィの頬は、喜びを抑え切れずに緩み切っていた。
勢いよくマコトの背中に手を回して、抱きついてくる。
「恋人になったらやってみたいことがあったんだけど、してもいい?」
リリィは抱きついたままマコトを見上げてくる。
ちょうど頭一つ分くらいの身長差だ。
「ああ、いいよ」
「じゃあ、するね」
答えを聞くと、リリィは少し背伸びをして、マコトに口づけをした。
お互いの唇が触れ合う程度の、優しいキスだ。
「えへへ、しちゃったね」
「あ、ああ、うん」
はにかむリリィに対し、マコトはまともに返事ができずにいた。
今、リリィとキスしたのか。
まだ、唇に余韻が残っている気がする。
子供の頃、遊び半分でした記憶はあるけど、こんな風にちゃんとしたことは初めてだ。
「それともう一つ。恋人として、マコトくんにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「あー、なんだ?」
マコトはようやく我に返る。
「マコトくんには、これ以上無茶して欲しくないんだ」
「……具体的には、どうしてほしいんだ?」
「わたしが魔王を倒すまで、安全な場所で待っていてほしい。今度は、わたしが頑張る番だから」
抱きつく腕に力を込めながら、リリィは頼み込んでくる。
恋人であり、幼馴染でもあるリリィの願いなら、聞き届けたいのは山々だけど。
「それとこれとは、話が別だ」
「もう、マコトくんは頑固だなあ。結婚の約束とキスまでしたのに」
リリィは深くため息をついて、抱きつく腕を放した。
「まさか、さっきのは僕を置いていくための方便だったのか?」
「ううん、結婚したいのも、恋人になりたいのも、本気だよ。だからそのことは、嬉しかった」
「そうか……それなら安心した」
「ふふっ。マコトくん、全部なかったことになると思って不安になったんだ?」
リリィは楽しそうに、マコトの顔を覗き込んでくる。
「からかうなよ」
リリィの眩しさに耐えられなくなって、マコトは背を向ける。
西日がちょうど、沈み切ったところだった。
◇◇◇◇◇
あとがき
どうもりんどーです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回までは割とゆっくりした展開の第三章でしたが、次回からは一気に展開が動き始めますのでお楽しみに!
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