第22話 ミュールパントにて、束の間の休息

 翌日、昼頃。

 マコトはリリィと共に、ミュールパントの街に出かけていた。

 ミュールパントは街の外周を巨大な灰色の城壁に囲まれた、大陸でも屈指の城塞都市だ。外周以外にも、当主の居城と、中心街を囲む城壁を備えており、三重の守りを構成している。三百年前に都市が創設されて以来、敵国や遊牧民族などから人々を守り続けており、一度も陥落したことがない。

 

「街を歩いていて、どっちを見ても遠くに城壁が見えるっていうのは、圧巻だねえ」

「ハイランドにも城壁はあるけど、せいぜい八メートルくらいの高さだからな。ここのは、五倍はあるだろう」

「空が見えないくらい高い城壁って、どうやって建てたんだろ」

「間違いなく、魔法の類だろうな。しかもあの高さを、この街を覆えるほどの規模となると、リリィの魔力量でも足りないんじゃないか?」

「うーん……魔法でお城を建てたいと思ったことはないけど、わたしでもできないって言われると、急に興味が湧いてくるなあ」


 遥か遠方にそびえる城壁を、リリィは興味深そうに眺めている。

 マコトとリリィは現在、ミュールパントの外区街を歩いていた。

 巨大都市であるミュールパントは中心に当主の居城があり、そこから放射線状に市街が建設されている。街は城壁を隔てて中心街と外区街と呼ばれるエリアに分かれており、中心街には国の重要な施設や、身分の高い者たちが暮らす屋敷がある。外区街には庶民や商人、都市外からの来訪者など様々な立場や身分の人が生活しており、ブラシュタットの物流の中心地として栄えている。都市の総人口は実に五十万人と言われており、ブラシュタットの総人口の四割がこの都市に密集しているそうだ。


「それにしても……つい最近まで籠城戦をしてた割には、街の人たちは元気だね」

「ミュールパントは大陸屈指の城塞都市だからな。籠城の備えも万全だったんだろう」

「だからこそ、日常に戻るのも早いってこと?」

「そういうことだ。まだ、完全に元通りってわけにはいかないみたいだけど」


 ミュールパントの街は戦争を終えてから数日しか経っていないというのに、既に商売を再開している店も多く、活気付いている。

 一見すると日常に戻りつつあるように見えるが、城壁を越えて飛来したと思しき投石が直撃して崩壊した家が見受けられる他、包帯を巻いていたり杖を突いた負傷兵などが多く往来していた。

 商売や帰宅のため、ミュールパントに入っていく者が多い一方で、出ていく者も多い。

 

「休む間もなく帰るなんて大変だねえ」

「ああ……あれは、ミュールパントに出向いて参戦していた諸侯たちだな」


 諸侯とその兵たちは、慌てて帰り支度を整えている。いまだブラシュタット国内では魔軍の残党が散見されていると報告が上がっており、領地防衛のため一刻も早く帰りたいのだろう。


「まあ、彼らを相手に食糧や物資を売り捌けるからこそ、逃げていた商人は戻ってくるし、この街の人たちも活気付いているんだろう……って聞いてないな」

「え……あ、ごめん」


 マコトが語っている間、リリィは別のものに興味を奪われていた。

 視線の先には、煙が立ち込める一軒の露店。

 肉が焼ける、香ばしい匂いが漂ってくる。串焼きでも売っているのだろう。


「……あれが食べたいのか?」

「あはは、流石にわかっちゃうか」

「よし、ちょっと待っててくれ」


 照れ臭そうにするリリィを待たせて、マコトは串焼きを二本買ってきた。

 リリィに手渡してから、二人並んで歩き始める。


「ありがと! おお、意外とおいしいね」

「そう言えば、ハイランドは上品な店が多いから、あまりこうやって食べ歩いたりはしなかったな」

「うん。戦場を転々としてたから、外で食べること自体は多かったけど……街で食べ歩きっていうのは新鮮だね」


 そう言って、リリィは満足そうに笑顔を見せた。


「わたしたちって昔からいつも一緒だったけど、ハイランド以外の場所でデートするのは初めてだよね」

「他の国に行く時は大体、敵の国に攻める時だったからな……こうやってゆっくりする機会は、確かになかった」

「んふふ」


 抑えきれないといった様子で、リリィが声を漏らす。


「どうしたんだ、急に笑い出して」

「ふふ……マコトくんとデートできて嬉しいなあってだけだよ」

「リリィが喜んでくれるなら何よりだ」

「……もう。マコトくんって、わたしが照れるようなことをすぐ真顔で言うよね」

「そうなのか……?」

「そうなの!」


 マコトとしてはそんな自覚はなかったが、照れるということは悪い気分ではないのだろう。

 ……それなら別に、改める必要はないか。


「なんだかあまり反省してなさそうだね?」

「反省するようなことだとは思ってないからな」

「むー、そんなマコトくんには……こうだっ!」


 不服そうにしていたリリィは、勢いよくマコトの腕に抱きついてきた。

 リリィの温もりと、柔らかい感触が腕に伝わってきて、マコトは思う。

 リリィの方が、すぐ僕の照れるようなことをしてくる気がする、と。

 

(まあ……リリィが楽しそうだから、このままでいいか)


 そう考えるマコトの隣で、リリィは上機嫌そうに歩いていた。

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