第21話 夜、少女たちとの会話

 祝勝パーティーの夜。

 マコトはミュールパントの城で、あてがわれた客室にいた。

 リリィたち勇者一行はもちろんのこと、アザレアと共にブラシュタット軍の陣営に駆け込んで保護されたメイドのニコラまで、それぞれ個室を与えられたらしい。


(広すぎて慣れないな……)


 客室のベッドで仰向けに寝転びながら、マコトは思う。

 かつて自分が暮らしていた、マグナ・ハイランドにある屋敷とは比べ物にならないほど、豪華で清潔感がある空間だ。

 城のメイドが一通り寝支度を整えてくれたので、あとはもう寝るだけという状態で、マコトは一人、部屋にいた。

 コンコン、と扉をノックする音が聞こえてくる。

 ……こんな時間に誰だろう。

 マコトはベッドから体を起こして、扉の方を見る。


「どうぞ」

「よう」


 扉を開けて入ってきたのは、黒色の寝巻きに身を包んだ、マコトのよく知る少女……リリィの外見をしている。

 しかし、先ほどパーティーの会場で話した時とは、大きく雰囲気が異なっていた。


「……何の用だ、魔王」

「ふん、そう身構えるでない」


 今、マコトと話しているのは、リリィの中に宿るもう一つの人格、魔王だ。

 同じ容姿でも、人格が違うと表情も全く異なる印象を受ける。

 魔王は我が物顔で部屋を闊歩すると、ソファに腰を下ろした。


「先日の手腕、見事であったな。魔軍の意図を見抜き、わらわが力を蓄えることを阻止するために、自ら前線に出てきてレグルガを撃破するとは……どんな手を使ったかは知らんが、わらわも驚いたぞ」


 なぜ魔王の邪魔をしたというのに、称賛されているのだろうか。

 

「意味がわからないな。お前からしてみたら僕に邪魔されたんだ、そこは文句を言うべきだろう」

「あの結果は、わが部下どもが不甲斐ない故じゃ。四天王と言っても所詮名ばかり。ああも簡単に討ち取られるとは、やはり我が軍がかつての精強さを取り戻すのは難しいな」

「それは何よりだ。リリィの旅が安全になるし、ついでに人類にとっても朗報だ」


 マコトが軽口を言うと、魔王は不敵に微笑んだ。


「やはりお主にとっては、人類はついでなのだな」

「……何が言いたい」

「お主がわらわの右腕となる余地は残っていそうだと思っての」

「そんなことは、あり得ない」

「そうかの? この世にあり得ぬことなど、それこそあり得ぬよ」 


 相変わらず、魔王は楽しげだ。


「わらわから見れば、お主やこの依り代が人類のために戦ったところで、望む未来は得られんと思うがな。人類には、くだらないしがらみが多すぎる」


 くだらないしがらみ。

 耳の痛い言葉だと、マコトは思う。


「お主の望みを叶えるためには、しがらみを全て破壊するより他あるまい。その時必ず、お主はわらわの力を求めることになる。わらわはいつでもお主を歓迎するぞ」

 

 魔王は言いたいことは言い終えたとばかりに立ち上がると、部屋を出ていった。


(……相変わらず、勝手な奴だ)


 確かに、マコトがリリィの隣にいるという目的を達成するために、障害となる要素は多い。

 それらの障害を全て取り払うためには、大きな力が必要となるのは事実だ。

 今のマコトには、力が不足している。

 魔王はそうしたマコトの事情を全て理解した上で、甘言を口にしているのだろう。


(かと言って……魔王の手も借りたい状況なんて、そうそうないか)


 もし、仮に。そんな状況があったとしたら。

 僕は魔王すら利用して、最後には切り捨ててしまうのだろうなと、マコトは思う。



 魔王が出ていってから、少しして。 

 マコトの客室に、別の人物がやってきた。

 ノックに返事をしても入ってこないのでマコトの方から扉を開けにいくと、そこにいたのはブラシュタット家当主の一人娘、アザレアだった。


「パーティーの時はなかなか話す機会がなかったので、直接来てしまいました」 

「どうしましたか、こんな時間に」

「あの……わたくしとしては、今まで通りの口調で接していただけると嬉しいのですが、だめでしょうか」

「まあ……公的な場じゃなければ、構わないよ」


 アザレアに請われ、マコトは口調を戻した。

 

「ありがとうございます……!」


 嬉しそうにお礼を言う声が抑え気味なのは、夜更けだからか、それともお忍びでここに来ているからか。

 関係性の薄い男の部屋を、当主の一人娘が夜中に訪ねてくること自体違和感があるが、アザレアが薄手のルームドレスを着ているというのも気になった。 

 ……まさか、白紙になった婚約を再度纏めようという話、本気じゃないよな。


「とりあえず、そんな格好で廊下にいたら風邪を引くだろうから……中に入ってくれ」

「はい……!」


 マコトはアザレアを部屋に招き入れた。

 テーブルを挟み、ソファに向かい合って座る。


「まずは……正体を隠していたことをお詫びさせてください。あの時は、助けていただいたのに無礼だったと承知しています」

「気にすることはない。実は僕も、なんとなく正体を察した上で君に道案内を頼んだんだ」


 頭を下げるアザレアに対し、マコトはそう告げる。

 アザレアは驚いた様子で目を丸くした。


「そうなのですか……!? ちなみにどうして分かったのでしょうか?」

「君がブラシュタットの方角から来たっていうのもあるけど、一番は口調とか振舞いだ。商人の娘を演じるには、少し上品すぎた」

「なるほど……そうでしたか」


 マコトの話に納得した様子のアザレアは、どこか恥ずかしそうだ。


「ですが、昔マコト様に命を助けられたというのは、本当なんですよ? その時、マコト様と直接お会いすることはありませんでしたが……」

「ああ、そんなことを言っていたな……正直、心当たりがなかったんだけど」

「二年前、ブラシュタットやハルトフォードをはじめとした、多くの国や名家の首脳が集まる会談の場があったことは覚えていますか?」

「ああ……もしかして、あの時の誘拐事件か」


 二年前。

 大陸で勢いを増していた魔軍へ対応するために団結を図る目的で、各国の首脳が集まって会談を開いた。

 大陸の主だった人物が一堂に介する中、突如として小国の王が兵を率いて会場を襲撃するという出来事があり、その際に各国首脳の子息や令嬢が人質として複数名連れ去られるという事件があった。

 事件を解決したのが、勇者として会談に参加していたマコトだった。


「確かに一度は誘拐されましたが……マコト様のおかげで、事件は数時間で解決し、人質も皆無事で済みました」

「まあ……あの事件は、小国の王が大それたことをやった割に計画性がなかったからな。鎮圧するのも、難しくなかった」


 確か、王がマコトによって直接捕らえられた後、件の小国は襲撃事件を口実にハルトフォードによって攻め滅ぼされたと記憶している。

 思えばあれは、裏でハルトフォードが手を引いていたのだろう。

 会談の場で決起すれば支援するなどと吹き込んで小国の王を唆した後、あっさり見限る。証拠は小国を滅ぼしてしまえば、諸共に葬り去られる……なんてやり方は、ハルトフォードの御家芸だ。

 覚醒者の戦略的価値にいち早く目を付けて寡占し、他国を百年分上回る水準の魔法技術を持つことで、大陸最大の軍事力を誇るハルトフォードだが、真に恐ろしいのは権謀術数を貪欲に用いる点だ。

 冷静に当時を思い返すマコトとは対照的に、アザレアは熱っぽい雰囲気で語っていた。


「わたくしはその時のマコト様の英雄的な活躍を見て以来、ずっと貴方に憧れていたのです。ですから、最初に婚約の話が浮上した時は……正直、嬉しく思っていました。今日、謁見の際にお父様が言っていたことも……あながち冗談ではないのですよ?」

「婚約が解消されたのは、ハルトフォードが僕に利用価値がないと判断したからだ。つまり、僕は君に相応しくないってことだ」

「わたくしは、そのようには思いません……!」


 アザレアの気持ちは、関係ない。

 マコトは彼女に応えるつもりはなかった。


「政略結婚は、当人たちの思いとは関係なく話が進むものだから、これは君の意思の問題じゃない。もし、両家の発展のためにハルトフォードと婚姻関係を結びたいというなら、僕ではない君にふさわしい誰かが、婿として送られてくるだろう」


 淡々と、マコトは語る。

 アザレアに対してマコトの気持ちが向いていないことは口にせず、あくまでも理屈で語るのは、先の可能性を見据えてのことだ。

 ブラシュタットの一人娘である彼女には、利用価値がある。

 だから、利用する余地を残しておきたい。

 感情論できっぱりと振ってしまえば、それは叶わないだろう。


「だから、悪いね」

「マコト様が、謝るようなことではありません……わたくしが勝手に、舞い上がってしまったのが悪いのです」


 アザレアは俯きながら、首を横に振る。


「今日はもう、自分の部屋に戻った方がいい」

「はい……そうさせていただきます」


 アザレアはなるべくマコトに表情を見せないようにしながら、部屋を去っていった。

 窓から月明かりだけが差し込む、暗い部屋の中。

 一人残されたマコトは、思う。


(……利用する余地を残しておきたい、か)


 相手の感情や意思を理解した上で、自分の目的のために利用する。

 どこかで聞いた話だ、とマコトは思う。


「ああ……そうか」


 そのやり口は、ハルトフォード家が、力を得るために繰り返してきた手法だ。

 そして、その家名は、マコトが最も嫌う家であり、マコトが生まれた家でもある。


「血は争えない……ってことか」


 ソファの背もたれに身を預けながら、マコトは自嘲気味に呟いて、笑った。 

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