第20話 祝勝会にて、リリィとの約束
ブラシュタットの当主、ローランと謁見した日の夜。
マコトはミュールパントの城内にて、戦勝を祝うパーティーに参加していた。
会場のホールは照明魔法を使ったシャンデリアで明るく照らされ、楽器隊がバイオリンの音を奏で、食事と酒が提供されている。
(戦争が終わったばかりの割には、力が入ってるな)
ブラシュタットは領内の広い範囲で魔軍と戦闘を展開していたため、豪華なパーティーを開催する余力はないものと思っていた。
マコトやリリィなど、ハルトフォードに属する人間たちがこの場にいる故の計らいだろうか。今は協力関係にあるにせよ、つい十数年前までは敵対関係にあった両国だ。ブラシュタットがハルトフォードに対して弱みを見せないために、多少無理をしている可能性はある。
パーティーの参加者は、防衛戦に参陣していた諸侯や軍人、ミュールパントに暮らす貴族が中心だ。
比率としては男性の方が多く、女性もいるが、ミュールパントが直近まで戦場だった事情もあり、まだ疎開先から戻ってきていない者も多いとの話だ。
(……まいったな)
そんな会場で、マコトはブラシュタット家臣の令嬢たちに囲まれていた。
直系ではない三男であり、家中で冷遇されている立場の上、魔力を失っているだけでなく現在逃亡中の身だったりするのだが、隣国まで来るとそれらの事情は些細なこととして扱われるらしい。
「マコト様、お飲み物はいかがですか?」
「ぜひ四天王を倒した時のお話を聞かせてくださいな」
「それより私と一曲踊っていただけませんか!」
大陸最大の名家であるハルトフォードの名前と、四天王を倒したという功績が、彼女たちを引き寄せているようだ。
マコトはハルトフォードの人間ではあるが、あまり公的なパーティーには参加したことがなかった。
稀に顔を出した時も、壁際で大人しくやり過ごすことが多かったので、今回も同じ手を使おうと思っていたのだが、誤算だった。
パーティーだからと、ブラシュタット側が用意してくれた正装を着てきたのが間違いだったか。
(こういう時、どうしたらいいんだ……)
マコトが周囲に集まる女性たちの扱いに困りながら、遠くに視線を向ける。
すぐに、豪奢な黒のドレスに身を包んだリリィの姿を発見した。
……あのドレス、よく似合っているけど、どこから調達したんだろう。
(まさか、魔王討伐の旅に持ち歩いているわけじゃないよな……?)
リリィは他の令嬢やブラシュタットの一人娘であるアザレアを差し置いて、会場で一際輝きを放っている。
マコトと同様に、リリィもまた若い男性たちに囲まれていた。
いつも元気なのに、ドレスを着ると途端にお淑やかな雰囲気に切り替わるあたりは、さすがだと思う。
会場の雰囲気に不慣れで困惑するマコトとは対照的に、リリィは笑顔を浮かべながら、群がる男たちを慣れた様子であしらって、すぐに囲みを抜け出していた。
きょろきょろと、何かを探すように視線を動かしている……と思ったら、目が合った。
リリィの表情が途端に明るくなって、マコトの方に向かってくる。
これはチャンスだ。
「ごめん、ちょっと向こうに知り合いがいるから」
周囲の女性たちに一言断ってから、マコトはリリィの方へと向かった。
○
マコトはリリィと合流し、ホールを出てバルコニーに向かった。
「マコトくん、今日はモテモテみたいだねえ」
二人並んでバルコニーの手すりにもたれかかる中、リリィが開口一番からかってきた。
「茶化すなよ。皆事情も知らずにハルトフォードの名前に釣られてるだけだよ」
「ふーん? つまり、マコトくんのお眼鏡に叶うような女の子はいなかったわけだ」
そう言うリリィは、どこか満足そうだ。
「リリィこそ、今日もきれいだな。そのドレス、よく似合ってる」
「ふぇっ!? あ、うん……ありがと」
マコトが褒めると、リリィは面食らった様子を見せた。
リリィは人をからかう割に、同じことをされるとすぐ照れるのがかわいいところだ。
「君のそういうところ、ほんとズルいよね……」
「そういうところって、どういうところだ」
「すました顔で『ただ思ったことを口にしてるだけですよ』みたいな雰囲気出しながら私をベタ褒めするところ」
「……まあ、実際思ったことを口にしてるだけだからな」
「だから、そういうところがズルいのっ」
リリィが呆れたような表情を浮かべる。
すぐにその表情が、柔らかくなった。
リリィは触れ合うほどの距離まで近寄ってきて、マコトの肩に頭を乗せてきた。
「ふふ……マコトくんが、隣にいる」
「ああ、いるな」
「しばらく会わない予定だったのに、なんで来ちゃったかなあ……」
「悪いな。僕はしつこいから、君に一度振られたくらいじゃ大人しくならないってことだ」
「別に振ってないし……ただ心配だから待ってて欲しかったのに、敵陣に乗り込んで四天王と戦うとか、無茶しすぎだよ?」
穏やかな口調のリリィだが、少し怒っているようにも聞こえる。
マコトとしても、心配させてしまったのは申し訳なく思う。
「でもね、正直わたしも、我慢の限界が来てたから。ある意味、ちょうどよかったのかもね」
リリィは更にくっついてきた。
マコトの腕を取って、抱き寄せてくる。
(……今日はやけに甘えてくるな)
リリィは元々明け透けな性格ではあるが、ここまで積極的に触れ合おうとする性格ではなかった気がする。
「んふふ、やっぱりわたし、マコトくんが隣にいないとだめみたい」
「……僕も、リリィが隣にいないと駄目みたいだ」
びくり、とリリィの全身が跳ねる気配を感じた。
「きみ、よくそんな恥ずかしいことを真顔で言えるね……!?」
「リリィが言ったことをそのまま返しただけだろ」
リリィを見ると、顔を真っ赤にしている。
「うーん……きみの隣にいるのは、居心地がいいのにいつになっても慣れないなあ」
「それは……どういう意味だ」
「幸せって意味だよ」
悪戯っぽく笑ってそう言うと、リリィは腕を離した。
「それで、マコトくんはこの先どうするつもりなの? わたしとしては、やっぱりこれ以上無茶はしてほしくないっていうのが、正直な気持ちなんだけど」
「それは……約束できないな」
マコトはここに至るまでに、既にいくつもの無茶を重ねている。
現在のマコトは、ハルトフォードでは罪人扱いだろう。
一方、リリィはハルトフォードに属する人間だ。
このままだと、公式な立場でリリィの隣にいることは叶わない。
多分、リリィの隣に居続けようと思ったら、今後も無茶を重ね続ける必要がある。
「既にたくさん悪いことして言い出せないって感じの顔してるね、きみ」
「……まあ、そんなところだ」
マコトの口ぶりに、リリィは何かを察したような表情を浮かべた。
ため息まじりに、夜空を見上げる。
「勇者の役目とか、立場とか。全部忘れて、このまま二人でどこかに逃げ出せたらいいのにね。そんなこと、できるわけないけど」
「僕としては、望むところだけどね」
「もうっ……マコトくんがそんなだから、困るんだよ? わたしはきみに無茶してほしくないはずなのに……本当はやっぱり、マコトくんと一緒にいたい。でも、そのために何をするべきか、自分でも分からなくなってきちゃった」
リリィは拗ねたような声でそう言って、不服そうにマコトのことを指で小突いてくる。
マコトもまた、リリィと同じ問題を抱えていた。
リリィの隣にいるためには、しがらみが多すぎる。
勇者の役目、リリィの中に宿る魔王の存在。リリィがハルトフォードの人質であると同時に、最大の戦力として軍事的な価値を持っていること。
全てを解決しなければ、マコトの目的は達成されない。
「……難しいことは置いといて、一旦ここでのんびりするってのはどうだ?」
何気なく放った、マコトの一言。
対するリリィは、意外そうな表情を浮かべていた。
「それって、デートのお誘い?」
期待に満ちた眼差しで、リリィが見つめてくる。
「あー……そういうことになる、のか?」
「うん! そういうことだから、明日ミュールパントの街でデートしよう!」
最後は半ば強引に、リリィが約束を取り付けてきた。
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